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天鵞絨の絨毯が敷かれた廊下を茶器ののったワゴンを押しながら進む。
私がメイドとしてお仕えしている主様は、王をいただく歴史あるこの大国で一二を争う権勢を誇る上級貴族様。
このお屋敷は建国以来優に数百年を経ており、石造りの堅固さと木製装飾の優美さが調和した様式美にあふれ、そこに伝統の厚さが加わって貴族の格式にふさわしい佇まいをしている。
「おはようございます。お茶をお持ち致しました」
草花の華麗な彫刻が施された重厚な扉を開けて入った先にいらっしゃるのは、このお屋敷の主様。
室内には柔らかな朝の光が差し込み、厳格で硬質な執務室の雰囲気と相まって、清浄で静謐な空気に満たされている。
そんな中で主様は執務机に向かわれ黙々と書類を片付けていらっしゃる。
真剣に仕事をされるお姿は凛々しいの一言。
私はワゴンを押して執務机に近づき、お茶のご用意をする。
室内には主様が書類に淀みなくペンを走らせる音と、茶器の密やかな音だけ。
白磁に繊細な花たちが描かれた茶器に紅茶を注ぎ、主様の執務机にそっと置く。
紅茶からゆらりと立ち上る湯気とともに香気が満ちる。
主様がペンを休め、茶器に手を伸ばす。白く繊細な指が華奢な茶器の取手をつまみ、それをそっと持ち上げる。
口元まで運ばれた白磁の茶器に優しく口付けるかのように主様の唇が触れる。
この世のものとは思えない造形美とは主様のことだろう。
光を集めて作ったような煌めく長い銀の髪。その髪を緩く耳にかけた顔は白皙の美青年そのもの。
陶器のような白く滑らかな肌、目鼻立ちは完璧に配置され、その瞳はこの世で最も高貴な色、紫。
人として生きていることが奇跡のような方。
この方を一言で表すなら―――耽美…
(たんび…そう、耽美なんですよ。『美しい』が最優先なんですよ、この世界。
突然失礼します。わたし、アリスと言います。半年ほど前に異世界にやってきた女子17歳です。ちなみに、漢字表記では愛・里・寿です。
水色ワンピースに白エプロン姿が有名なアリスと言う名の女の子が不思議な世界に行って夢オチで終わる物語がありますが、同じ名前なのに私は行きっぱなしなんですっ!もしくは逝ってしまったのか……。
そして、落ちた先は『耽美な世界』でした。
文字通り私は空から落ちてきたらしい。拾ったのは目の前にいるこの人。
なんでも草原でぼーっと空を見てたら雲間が光ってゆるゆると私が落ちてきたらしい。
草原でぼーっとって…こんな人でも疲れることあるんだね。
そういうことでしばらくお世話になってたら、だんだん分かってきた。多分ここ耽美系少女漫画の世界だって。
分かんないけど。でも、もうそう思うしかないんですよ。
だって、ここの人何かって言うといちいちみんな背景に花背負うんですよ。
そして、なにより誰もつっこまない。つっこみどころ満載なのに、ツッコまない!)
「アリス、指先が少し赤いね。まさか怪我をしたの?」
(シミ、ホクロひとつないお美しいお顔だこと。ガラス細工みたいですね。トイレなんか行ったことないでしょ?
さてと、耽美系女子の皮をかぶりましょうかね)
一応この世界に馴染む努力をしている私は重たい皮をかぶり、指をおさえてもじもじと言い淀む。
「あ、あの……」
「なに?言ってごらん。」
「薔薇の棘で少し指先を突いてしまっただけです。」
「棘?!どうしてアリスが棘に触れるのだ?」
「昨日お仕事で少し失敗をしてしまいまして、その罰で薔薇の棘取りを致しましたので……」
「なんだって!どういうことだ!」
主様は勢いよく立ち上がり、驚愕の表情で紫眼の目を見開く。
私の背後にある、チェストの上の花瓶。そこに生けられた真紅の薔薇に気付くと、つかつかと歩み寄り私の手を取る。
「この手で薔薇の棘を……なんて惨い。」
秀麗な顔の眉間に皺がよる。
花瓶から薔薇の束を掴むと引き抜き、棘が綺麗になくなっているのを確認すると主様は私の手を痛ましそうに見つめそっと指先に口付けた。
陶器のような滑らかな肌だが指先に当たる唇の感触はしっとりと柔らかい。
軽く伏せられた目元は銀色の長い睫毛で縁取られ、合間から煌めく高貴な紫の瞳がわずかに見えた。
「あ、そ、そんなことっ、す、少し突いただけです。全く大したことはないのですっ。
それにアルフレッド様が皮の手袋を貸して下さいましたし……」
「アルフレッド?なぜ彼が?」
壊れ物を扱うように取っていた私の手をぎゅっと握ると途端に険しい表情になる。
私は余計なことを言ってしまったと、もう片方の手で口元を軽くおさえ、
「朝駆けから戻られた時に偶然薔薇園でお会いして、それで……」
と、主様の表情に怯えながら説明する。
主様はすっと目を細めると、持っていた真紅の薔薇に冷ややかな視線を向けた。
「――――ほう、アルフレッドが……」
そう呟くと、今度は私に視線をうつし、
「もうこんな辛いことをする必要はないよ。
それにアルフレッドは長居をし過ぎたようだ。きちんと君のことを言っておかないとね。
アリスは、私のところに、落ちてきたのだから……」
と言ってふふふと微笑まれた―――
背後にとにかく豪華な花の幻影がドドーン!バーン!キラキラキラ~!
そして、仰けぞるわたし。
(これ、ほんとどんな仕組?!)
淹れたての紅茶なんかフーフーしないと飲めないだろ?!とか、
花瓶の薔薇を引っこ抜いたら、そこら辺びちゃびちゃだろ?!とか、
ちょっとしたことにいちいち大袈裟。
なーんてつっこんだってダメですよ。この世界そんなことはどうでもいいの。だって何事も美しさが最優先だから。
都合の悪い現実はクシャクシャ丸めてポイで補正されちゃっているのです。
だから、「え?さっきのお花どんな仕組みで背負ってたの?」なんて聞いても無駄。
はあ?何言ってんの?って小首をかしげて終わりだから。
言ったこっちが、「へ?」ってバカ面さらすことになる。
これがここの常識。皆さん大真面目。
ちなみに、耽美系女子してる一人称は私で演ってます。
それにしても、
(はやく離してくれないかな~。次の仕事、時間押してるんだよね)
そもそもは、昨日メイド仲間にぶつけられて結構高そうなティーカップを割っちゃって、それで薔薇の棘取りすることになったんだよね。
それも、主様の部屋に飾る三十本だけ。
でも、まわりの耽美なメイドさんたちは「まあ!」とか「そんな!」とか驚愕してよろめいてたっけ。
———昨日、配膳室でのこと。
あーあ、メイドさんたちよろめいちゃってるよ。
ここのメイドさんって雑巾ぶつけただけで気を失いそうだよな、実際。
下手したらショックで死んじゃいそうだから冗談でも投げつけるのはやめておこう。
とにかく、皆さんにとってとんでもなくつらい罰らしい。
仲良くしてるメイドちゃんなんかうるうる涙をためながら「かばえない意気地なしの私を許して!」って。
いやいや、もっかい言うけど、薔薇の棘取り三十本ぽっちだからね。
でも……ここはのっとかないと!
耽美系女子、演っとかないと!
「いいのよ。悪いのは私だもの。」
と儚げに答える。
手を取り合って見つめ合う二人の背後には百合の花の幻影~ああ、耽美。
そして、わたしにぶつかってきたメイドは物凄く酷いことをしてやったりの顔でこちらを見ていますよ。黒薔薇を背負って悪意に満ちた美しい顔でニヤリ。
ほんと全っ然、やられてないからね!




