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耽美な異世界に落ちてしまったのですが、耽美系女子演じるのも限界です。  作者: ちよのまつこ


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 瞬きの間の出来事だった────

 気づいた時には、それ(・・)は目の前にふわりと浮いていた…


 遠くでレンナートが私の名前を叫ぶ声が聞こえた。

 でも、私からレンナートの姿を見ることはできなかった。何故なら目の前には、淡く発光するように光沢をはなつパールホワイトのドレスと、薄羽のようになよやかに揺れるレースがあったから。


 それはスローモーションのようにゆっくりと舞い降りた。

 思いがけず間近(まぢか)で見ることになったドレスの生地は、複雑な植物柄が地紋(じもん)で緻密に表現されていた。揺れる薄いレースが気の遠くなるような繊細な手作業で作られた極上品であることがわかった。それらはただただ美しかった。


 そして、それ(・・)が音もなく床に足を着けると、床に散らばっていた花びらがドレスの裾が立てた僅(わず)かな風にもかかわらずパッと舞い上がり、計算された演出のように再びひらひらと舞い落ちてきた。


 天使のように私の目の前に降り立ったシモネッタは、ひらひらと舞い落ちる花びらを纏(まと)い、なす術(すべ)なく唖然と固まっているだけの私を無表情で見おろしていた。


 突然、首に強烈な痛みを感じた。


「いッ!!」


 痛いと声にだせなかった。気づけばシモネッタに首を鷲掴みにされ限界まで顔を上に向けさせられていた。

 人形のような血の気のない無表情のシモネッタ、いや吸血姫に首を掴まれまるで人形のように扱われる。まだ殺す気はないようで呼吸はできた。

 のけ反るような体勢で赤黒い禍々しい瞳を至近距離で見ることになった。


(首っ!!ヤバいッ、ヤバいよコレっ、ヤバいって!!)


 この時の私の心境を理解出来る人がいるなら、それは吸血姫に首を掴まれたことがある人ぐらいだろう。


 私は目を逸らすことも出来ず喉を無防備に晒(さら)し、ただ吸血姫の沙汰(さた)を待つだけの格好となっていた。


 再びレンナートが私の名前を叫ぶ声が聞こえた。


(レンナート!あなたの言うこと聞かないで心配かけて、ごめん!

それにしても、シルヴィア~!!

こんなん知ってなきゃ恐怖で失神しとるわっ!!

私のピンチが聖剣を目覚めさせるって、ホントなんでしょうね!?)


 吸血姫が口元だけをニイッと釣り上げる。


「おやおや、面白い。随分気丈ではないか。肝の座りようだけは、認めてやろう。

だが、あの男は私の贄(もの)だ。お前程度の女には勿体無い。お前などあの男を『想(おも)うことさえおこがましい』。身の程を知れ。お前は我ら二人の邪魔者だ。

お前もそう思っただろ?暗い部屋で一人、薄雲が重なった淡い月を見たときなどは、特に…」


 ふっと鼻先で嘲笑し、なあ?と問うてきた。


(二人の邪魔者…淡い月の夜…)


 吸血姫の一捻(ひとひね)りで命が危うい恐怖の最中(さなか)、冷静に内容を聞き取る余裕もなかったが、情景にふっと思い当たると恐怖が吹き飛んだ。


(ああ…私があんな不安な思いにとらわれてたのは……お前のせいかーっ!)


「あ、れは…っ、何故っ!?」


 それだけ何とか言葉にできた。


 あれは暗示か何かで、ずっと精神に干渉されていたのだ。

 吸血姫は口答えした私に嘲笑さえ引っ込めると、侮蔑の視線だけを向ける。


「何故(なにゆえ)、とな?害虫駆除じゃ。私の贄(もの)にしつこく取り付きおって」


「害…虫…?」


「どうやって銀の公爵に取り入ったのか。所詮(しょせん)は卑(いや)しく育った下賤の者。下賤の者は厚かましいので駆除が面倒じゃ」


 沸々と怒りが湧いた。貶(おとし)められることに我慢ならなかった。

 力なく垂れていた手に力をいれ、首にかかる吸血姫の手を掴み抵抗する。


「下賤じゃ…ないわ!お前なんかに私を、そして私の親を侮辱(ぶじょく)させない!

私は私の国で堂々と育ち生きてきたっ。

それはこの国でも変わらない。私のためにレンナートがつくってくれた『道』を彼と『一緒に』堂々と生きていくわ!」


 そして最後に吸血姫にだけ聞こえるように、なるべく不敵に嫌味に聞こえるように付け加える。


「何百歳も歳とったお婆(ば)はんが私たちの仲を裂こうって?そんなこと『思(おも)うだけでもおこがましい』のよ」


 吸血姫の纏う空気が変わった。心底冷えた。もともとないはずの表情がすうっと凍りついた。

 パアン!と乾いた音のあとに強烈な痛みが頬をはしる。首にはさらに力が加わり、今度は呼吸もままならない。押さえつけられた頸動脈はドクドクと波打ち、シモネッタの爪が今にもぷつりと皮膚を突き破りそうだった。

 ジンジンと痛む自分の頬をおさえることも出来ず、抵抗していた手は再び力なく垂れた。


 年増(としま)呼ばわりは、女子を怒らすには効果覿面。幼稚園児から異世界の吸血姫まで女子には絶対の禁句。


 吸血姫が空いている手をすっとかざすと食事用の銀のナイフが一本、どこからかひとりでに飛んできてその手におさまった。

 私の首を掴みながら、銀のナイフを見せつける。私が徹夜してピカピカに磨き上げた銀製品の一本だろう。蝋燭の灯火がギラリと反射する。


 呼吸は苦しく血が顔中に集まりうっ血する。だが、純銀製のナイフなのに平気で素手で持っている吸血姫の姿に、やっぱりただの銀ではダメか…と頭の中にはやけに冷静な部分があった。


 吸血姫は恐怖を煽るように殊更(ことさら)私にナイフを見せつける。

 ひと思いに首をへし折るよりも、残忍に苦痛を与えるにはどこをどうしてやろうかと考えているようだ。

 狂気じみた微笑みを浮かべながら目、耳、鼻、口、頬そして喉と、首を掴みながらゆっくりと私の頭を右へ左へと動かし視線を移す。


 「アリスを離せッ!」とレンナートの声が聞こえた。

 頭を動かされたことで辛うじて見えた視線の先には、私を助けようと立ちはだかる吸血鬼たちを斬りながら徐々にこちらに向かってくるレンナートの姿。そして、その向こうに祈るように手を組みこちらを見つめるシルヴィアの姿が見えた。


 痛さと苦しさの下で、私は震える息を細く長く吸って深呼吸をひとつすると、意を決して吸血姫の赤黒い瞳をじっと見つめた。


「あら?虫けらのお前でも二つも美しい黒曜石を持っているのね。生意気だこと」


 そう言うと何の躊躇いもなく銀のナイフを振り上げた。

 自分で煽ったことだがさすがに体が勝手に動いた。手をかざして目を庇(かば)いながら力いっぱい顔を背けた瞬間、レンナートの方向に白い輝きが見えた。

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