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会場のあちこちで剣が抜かれる金属音が聞こえた。
片膝をつき最敬礼をしていた貴族たちが国王陛下の放った言葉の不可解さに顔を上げ、剣の音に戸惑いながら立ち上がる。
そんな彼らの間を縫って三人の貴族と一人の軍人が姿を現した。
アルフレッド以外は初めて見る顔だった。一人は実直そうな若い軍人、もう一人は剣よりも薔薇を持っているほうが似合いそうな青年貴族、そして三人目はまだ体格も顔つきも青年になりきれていないが思慮深そうな落ち着いた面差しをした少年貴族。三者三様に伝説の騎士の末裔に相応しい期待を裏切らない美形っぷりだ。
そして、最後にレンナートが剣をスラリと抜くと、近衛兵に守られた国王陛下たちを背に向き直りシモネッタへ向けて剣を構えた。
貴族たちは唖然として固まっている。公爵家の婚約パーティーで公爵本人が自分の婚約者に剣を向けている。それも他国の王女に対して。他の四人も剣を構えシモネッタを取り囲む。
この状況を一体誰が説明できるだろう。
私からはシモネッタの後ろ姿しか見えない。シモネッタの反応をじっと窺っていると、背中がクッと笑ったように動いて見えた。
「聖剣か。そんな骨董を振り回してどうしようというのか」
シモネッタが全く動じる様子もなく、むしろ嘲るようにそう言うと、俄かにガーデンに面したガラス扉が風でガタガタと音を立て始めた。
すると、秋晴れの穏やかな陽光が見る間に翳り、空はあっという間に叢雲に覆われていく。
会場が夜のように暗くなったかと思うと、壁際に等間隔に置かれた大型燭台の蝋燭に灯火が連鎖しながら勝手に灯っていった。
異様な光景に貴族たちはどよめく。
だが国王陛下たちを背にしたレンナートたちと、対するシモネッタはそんな彼らをよそに緊張感をはらんだ間合いを保ち無言で見つめあっている。
ピンと細い糸を張ったような緊張感が両者の間に保たれていた。
会場にはガタガタとガラス扉に風が吹き付ける音が不気味に響いている。
だが不意にその風がピタリと止んだ。
レンナートたちを固唾を飲んで見守っていた私はその異変に思わず視線をガラス扉の方へ向けた。
瞬間、キンッという耳障りな音を聞いたかと思うと、突然ガラスが独りでに爆ぜるように次々と割れ、吹き付けていた風が物凄い勢いで会場にザッと吹き込んだ。
カーテンボックスから吊るされたたっぷりと襞をとった真紅のベルベット生地のカーテンは、風に煽られタッセルを引きちぎらんばかりに狂ったように逆巻く。
異様な雰囲気に不安を煽られ困惑していた貴族たちは、一気に恐慌状態に陥り彼らの悲鳴が響きわたる。
飾られていた生花は強風に巻かれ無残に花びらを散らして舞う。
あれだけ明るく穏やかで華やかだった会場は、悲鳴と恐怖と混乱に支配されあっという間に吸血姫シモネッタのための舞台が出来上がった。
「皆外へ出よっ!!」
国王陛下の命令が響きわたった。
すると使用人たちの動きは早かった。
壁際にいたメイドや侍従たち使用人が一斉に駆け出し、手分けして廊下へ出る扉という扉を全て開いていく。そして続けて他の使用人たちも「皆様!ご避難を!」と貴族たちを誘導する見事な連携プレー。
機敏に反応した貴族たちが、もたつく妻や娘たちを抱えるようにして素早く避難していく。
だが、どこの世界にもいるもので、腰が抜けたように座り込む者、動揺しすぎて足が動かないのか棒立ちになっている者たちが幾人もまだ会場にいた。
出遅れた私も避難を手伝おうと駆け出そうとした。だが、私の肩を強く掴み止めたのはメイド長だった。
「アリス様はこのままで」
「メイド長っ!?」
メイド長は私の両肩を持ちながら、「お客様の避難誘導は使用人たちにお任せ下さい」と強い力で私を押しとどめる。
私はハッとなりメイド長をみた。
「この対応の早さって…、まさか、今日のことを知って…?」
「詳しくはお聞きしておりません。ですが、旦那様より、命令があれば直ぐにお客様の避難誘導を出来るようにしておくこと。そしてアリス様をお守りせよと仰せつかりました」
シニヨンに結った髪型に一本の髪の乱れもなく、仕事の出来るアラフィフ女子のメイド長は簡潔に淡々と説明すると、カウンター内に一緒にいたメイド見習いちゃんたちや厨房の見習い君たちに目を向けた。
「お前たち、アリス様を外へお連れしなさい」
口々に「はい」と返事をする彼らを見ると、なんと見習い君たちは白の厨房服に素早くホルダー付きのベルトを腰に巻き、どこに隠してあったのか剣を帯剣していった。そして、まだ十三、四歳のメイド見習いちゃんたちが気丈に「アリス様、こちらへ」と一番近い扉を開け、私の手を取る。
「アリス様、この者たちは厨房の見習いたちではなく公爵家の護衛兵でございます。外へ出れば他の兵もお客様がたの避難誘導をしておりますのでご安心を。アリス様も屋敷のお部屋へお連れすることになっておりますので、そこで事がおさまるまで待っているようにとの旦那様よりのご命令です」
「でもっ、」
「会場に残っている方々は私たちが誘導してまいります。さ、アリス様は、お早くっ」
ぐっと肩を押されるが、このままここを出るわけにはいかない。私にはやらなければならない大切な仕事がある。
肩に置かれたメイド長の手に自分の手を重ね食い下がる。
「メイド長っ、」
メイド長も負けてはいない。
「アリス様、逃げ遅れているお客様はアリス様との婚約間近の旦那様にギルデ国からの縁組をねじ込んだ国王陛下の意図を測りかねた愚かな貴族ばかりです。
有能な方々は国王陛下の御前にも関わらず、むしろこの場から避難する事が国王陛下の意に沿うと判断して素早く外に出られています」
メイド長が取り残された貴族たちを冷淡にそう言い捨て、「ですからお気になさらずアリス様はご避難下さい」と私を扉へと押す。
そこに金属音が響き渡った。
私たちが目を向けた先では、すでにレンナートたちの戦闘が始まっていた。
いつの間にこんなに見慣れないもの達が入り込んだのか、数十人が幽鬼のような雰囲気を纏って立っていた。
会場にこんなに敵がいたことに気づかなかった。
あの人とは思えない雰囲気は、ギルデ国からの来客やシモネッタの供らは全て彼女の眷属、吸血鬼だったのだ。
彼らにとってシモネッタは大切な自国の王女、いや親玉・吸血姫。シモネッタを庇うようにレンナートたちの前に立ちはだかると獣のように飛びかかる。
剣を持ったレンナートを初めてみた。牙をむく者たちを容赦なく切り捨てる。
アルフレッドたち他の騎士たちも同様に襲いかかる者たちを見事な剣さばきで倒していった。
シモネッタの眷属たちは『特別』ではないのだろう。剣に秘められた力の発動しない骨董品のような剣であっても刀身は銀製。一太刀浴びれば吸血鬼たちは崩れ落ちていった。
でも私にとっては、レンナートが襲われているという状況だけで声をあげてしまうには充分だった。
「レンナートッ…!」
そんな大きな声ではなかったはずだ。広い会場の端で思わずというふうに上げてしまったひとり言のような声。名前を呼ばれた本人のレンナートさえ気づかないほどの声。
なのに、シモネッタは無表情でくるりと振り向いた。
背筋に悪寒がゾゾゾと駆け上がる。
先程まで誰をも魅了してしまうほどに美しかったシモネッタの顔は、いまは生気を感じさせない青白い無表情で血のような赤黒い色をした瞳だけがやけに目立っている。
そして、風にあおられた金の長い髪だけが生き物のようにうねっていた。
何百年もの間、人の命を吸って生きてきた人ならざる者の異様さを放ち私を見つめていた。




