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(旧) 逃亡奴隷少女、拾いました……  作者: しゅんかしゅうとう
第2章:4人の旅出
54/55

第52話:3人目の奴隷少女、助けました…

筆者注)R-15:残酷な表現があります。

パンジーは2つの事実に打ちのめされていた。


1つは、相手魔宝使いが風の使い手ではなく、闇の使い手だった事である。

この閉め切った部屋の中に、窓やドアを開ける事無く2人の娘魔宝使いは姿を現した。

つまり相手は、世界に数人しか居ないという闇の空間魔宝の使い手なのだ。

コスモスの側にある窓は、土の魔剣『力の2号』の魔宝効果で岩に性質を代えてあるので開け放つことは出来ない。だから逃がすことは無いだろうと考えていたのだが、空間魔宝が相手では何もかもが無意味だ。自分には闇の空間魔宝を遮る術が無い。


そしてもう1つは、この娘魔宝使い達に手を出すようなら、コスモスが妹である自分に向かって火炎魔宝を打ち放つと宣言した事である。

どこで手に入れたのかは知らないが、コスモスは火のルビーの指輪を手にしている。それどころか火を強化できる風のサファイヤさえも持っているのだ。

魔宝石を持たぬコスモス相手ならどうとでも出来ただろう。だが、魔宝石を持つコスモスを相手に魔宝の打ち合いになったとしたら、戦闘奴隷の自分と魔宝使い奴隷のコスモスで、どちらに分が有るかは明らかだ。コスモスに勝つことは不可能だろう。

そして、この狭い空間で火炎魔宝で打ち負けると言う事は死を意味する。つまりコスモスは、2人の娘魔宝使いに手を出すなら自分を殺すと明言したのだ。


「コスモス。妹の私より、そこの2人の娘魔宝使いの方が大切なのか?」


パンジーはくじけそうになる心に、歯を食いしばって耐える。

出口のドアを塞いで立ち、窓を土魔宝で固めている自分の姿が滑稽に思える。

コスモスは魔宝の打ち合いをすれば勝つ自信が有るのだろう。そして娘魔宝使い達は闇魔宝で逃げる自信が有るのだろう。

かつて苦しい時に自分を抱きしめてくれた優しい姉のコスモス、母が売られた時に一緒に焼印の苦痛を耐えたコスモスは、その強力な火炎魔宝で自分を殺す自信が有るのだ。


敵わない相手を前に、何もかもを投げ出したくなる。でも隷属の頚木を課せられた自分には、旦那様の命令、コスモスを連れて帰れという指示に逆らうことは出来ない。


――コスモスは刻印が封印され、言う事を聞かない可能性もある。その場合、お前の命を盾に邸に戻るよう強要しろ。まず、お前の耳と鼻を削いで、本気であることを示すこと――


ロイド男爵の言葉が頭をよぎる。

返事をくれないコスモスに、パンジーは覚悟を決める。


「コスモス、私は自分の命を盾にコスモスが邸に帰る様強要せよと命じられている。そう、旦那様に命じられているんだ。その意味が分かるよね」


しゃべりながらパンジーは涙がこぼれて来た。

コスモスになら通じるだろう、命じられていると言う事は、実行できなければ死ねと言われているのと同じ意味なのだ。

火の魔宝使いで有るコスモスに勝つ手段は無い。闇の魔宝使いと同行しているコスモスを捕らえる手段も無い。そんな自分には、本当に自らの命を人質にして交渉を迫る以外に手段が無いのだ。

でも、コスモスにとって自分より2人の娘魔宝使いが大切なのだと言われたばかりだ。

自分の命など、コスモスにとって如何程の価値が有るのだろうか?

悔しくて、悲しい。

優しいコスモスが、血を分けたコスモスが、自分以外の誰かを優先することが悲しくて悔しくて涙が止まらない。

コスモスの中で自分の命がどれ程の重みを持つのかを試さなければならない。そうしなければいけない事が、パンジーの心を締め付ける。


「コスモス。命じられている以上私はやらなければならない。自分の命を盾にする証拠に、まずは耳をそぎ落として覚悟を示そう!」


パンジーはそう言い放つと、泣きながら左手に持った炎の魔剣『技の1号』で自分の右耳をスパッと切り落とした。

切り離された耳たぶは血飛沫と共にボトリと床に落ち、それまで右耳があった場所からは血が溢れ、粗末なパンジーの服を血で汚した。

血はどんどんと流れ落ち、止まる気配を見せない。パンジーのシャツが血でぐっしょりと濡れているく。

カノンもアネモネも声が出せない。何も言えずに立ち尽くし、事の成り行きを見守っているばかりだ。


コスモスが声を上げて止める!

「分かったわ!!パンジー。もう止めて下さい!!!」


頭から血と涙と脂汗を流しながら、パンジーはコスモスに話しかける。

「ではコスモス、私と一緒に帰ってくれるよね」


「・・・」


コスモスが言いよどむと、パンジーは一切の躊躇無く再び自らの身体に魔剣を振るった。

その瞬間、パンジーの顔が割れたのかと思えた。

彼女の可愛らしい顔から、永遠に鼻が失われたのだ。

宙を飛んだかつて鼻だった肉の塊は、パンジーの血と共に宿の床、カノンとアネモネの足元に転がった。


「あーーーーーパンジーーー!!!!」

コスモスの悲鳴が響く!!


「ヴ、いだい、いだいよぉ、コズモズ・・」

パンジーが顔の下半分を血塗れにして泣きながら訴えた。

鼻を失い上手く口も動かせないようで、滑舌かつぜつもはっきりしない。


「パンジー、分かりました!一緒に帰ります。もう止めて下さい!」

コスモスが泣きながらパンジーに駆け寄る。傷付いた鼻と耳と、どうすれば良いか分からずパンジーを抱きしめる。


コスモスは思う、パンジーは隷属の刻印に縛られているのだ。

そう、刻印の戒めにより、旦那様に命令されればどれ程痛く苦しくても、例え死ぬと分かっていても実行しなければ成らないのだ。

そんなパンジーが、私を邸に連れ戻す為にやって来たのだ。3人にとって最強の追っ手である。

ただ逃げるだけ、ただ撃退するだけなら、カノン様・アネモネ、そして私と3人の魔女が揃っているのだ、恐れる事は何も無い。

でもパンジーの命を盾に取られてしまったら、私には対応する術が無い。

私がパンジーから逃げたとしたら、或いはパンジーを打ち負かしたとしたら、パンジーは自らの命を絶たねばならないのだろう。

それは、自らの手で右耳、鼻をそぎ落とした事で充分証明されている。そんな事を私に見過ごせる訳が無い。


「ごめんね、ごめんね!パンジー!!」

「ヴアァァァァ、コズモズゥゥ!!いだいよぉっ!!」

コスモスとパンジーは抱き合って泣いた。血を分けたたった2人の姉妹、お互いを思い泣いた。

コスモスの服にもパンジーの血が降り掛かる。2人の服も体も、パンジーから流れ出す血で赤黒く汚れていく。


コスモスが叫ぶ。

「カノン様~!!お願い致します!この子を、パンジーを助けて下さい!!痛がるこの子を救ってあげて下さい!!」


『コスモス!分かっています!!、アネモネ、治癒を!!』

カノンが叫ぶ。カノンの言葉の意味はパンジーには届かないが、アネモネとコスモスには通じている!


「パンジーさん!!治癒魔宝を使いますよ!!」

アネモネがパンジーに訴える。


「今ならまだ、耳も鼻も治療できます!!抵抗する訳でありません!貴女の治療の為に治癒魔宝を使わせて下さい!!」

アネモネが再びパンジーに訴える。


反応したのはコスモスだ。

「アネモネ!パンジーの傷を治せますね!?」


「はい!例え火炎魔宝の刃で付けた傷でも、”生”の治癒魔宝なら治せます!」


「分かったわ!パンジー、いいわねっ。貴女を治療するのに魔宝を使うわよ!」


「ヴぇ?」

痛みでパンジーは思考能力が落ちているのかもしれない。


「構わないわアネモネ。この子、パンジーは私が抱きしめています。早く治療して痛みを取ってあげて下さい!!」


「は、はい!いきますっ!!、古の生の精霊に願い奉る!」


アネモネの呪文詠唱で、彼女の右目に緑の魔宝陣が展開する。


「かの者の傷を癒したまえ!!」


カノンと触れ合ったことで能力を伸ばしたアネモネの、全力を傾けた”生”の治癒魔宝は圧巻だった。

さすがはデュアルコア持ちである。聖の蘇生魔宝にも通じる時間魔宝を発動したのだ。

千切れ飛んだ右耳と鼻が無事パンジーの元へ舞い戻り、何事も無かったかのように貼り付いていく。

まるで映画の逆転再生を見ているかのように、吹きこぼれた血液もパンジーの身体に治まっていく。

傷付いたパンジーの体が、時間を巻き戻して傷付く前の状態に戻っていったのだ。


アネモネの魔宝でパンジーの身体は何とか完癒できそうだ。


しかし傷が癒えたとは言え、自らの手で耳や鼻を削ぎ取った喪失感が直ぐに癒えるわけではない。

パンジーは魔剣を手にしたままコスモスにしがみ付いて泣き続けた。そしてコスモスも、パンジーを思い泣き続けるだけであった。


コスモスが泣きながら訴える。

「カノン様。申し訳御座いませんがお側に仕える事が出来なくなりました。妹のパンジーは隷属の刻印に縛られております。私が一緒に邸に戻らないと、彼女が命を落とす事になってしまいます」


『・・・分かりました、コスモス。・・・ではアネモネ、私の言葉をパンジーに通訳してください』

今のコスモスに通訳を任せるのは酷だろう。アネモネを頼ることにする。


「はい。カノン様」

アネモネが返事をする。


『始めまして、パンジー。私はコスモスの夫、カノン・トーゴーと言います。だからパンジーは私の義理の妹になりますね』

「パンジーさん。私の名はアネモネ・トリフォリア・トーゴー。これからあるじカノンの言葉を通訳します。始めましてパンジー。こちらはコスモスの夫、カノン・トーゴー様です。ですので貴女はカノン様の義理の妹に当たります」


パンジーはコスモスと抱き合ったまま、黙って聞いている。手に握られた2振りの魔剣は、未だに赤と黄のオーラを纏わせている。


『パンジーの命を盾に取られたら、私もコスモスもアネモネも、何も手を出すことが出来ません』

「パンジーの命を盾に取られたら、カノン様もコスモスも私も、何も手出しが出来ません」


パンジーはコスモスと抱き合ったままだ。しゃくり上げながら、それでも言葉を聴いてくれている様子だ。


『パンジーは、あと何日この町に滞在できるのですか?せめてその間に、コスモスと私たちの別れを惜しむ時間を作りたいのですが』

「パンジーは、あと何日この町に滞在できるのですか?コスモスとカノン様と私の3人の、別れを惜しむ時間を作りたいのです』


パンジーが答える。

「パン代は、あと20日分ある。20日は一緒に居られる」


カノンは考える。ああ、何だか少し道が見えてきた。

時間は20日有る。

その間にコスモスの妹のパンジーから信頼を勝ち取り、誠実の刻印で隷属の刻印を上書きできればいいのだ。

背中の焼印も、アネモネの生魔宝で何とかなるだろう。

強大な火炎魔宝使いの末裔と言うロイド男爵とデュアルコア持ちのアネモネの魔宝を比べた時、アネモネの方が強いだろうから火属性の焼印も生属性の魔宝で上書して消すことが出来るだろう。


アネモネがボクの考えを翻訳してパンジーに伝える。

「パンジー。カノン様が貴女と直接肌を触れたいといっていますが宜しいですか?


「肌を??何故?」


「カノン様は異国の民の為、カイン王国の言葉が使えません。しかし精髪姫で有名な古代魔宝の心話が使えるのです。心話を使って、パンジーと直接お話をなさりたいそうです」


「うん。わかった。いいよ」


カノンがゆっくり、抱き合うコスモスとパンジーの処へ進む。そしてコスモスとパンジー2人をぎゅっと抱きしめる。


・・パンジー、ボクの声が聞こえますか?・・


「うん、聞こえる。心話って面白いね。お伽話みたいだ」

パンジーの話すカイン王国語は、触れ合うコスモスの肌を通してリアルタイムに翻訳されてカノンに届く。会話に何の問題も無い。


・・もう、身体は痛くないですか?・・


「うん、大丈夫。あの、その・・・ありがとう」


・・どういたしまして。そして覚えて置いてください。貴女の命が盾になっている現状では、私達は逃げる事も隠れる事もできません。コスモスーの妹である貴女を失いたく無いからです・・


「奴隷である私の命に、そんな価値が有るのかな?」


・・コスモスは、ボク、カノン・トーゴーとアネモネ・トリフォリア・トーゴーの家族です。コスモス・トーゴーの妹なら、パンジーはボク達にとって義理の妹です。家族の1員です・・


「・・ありがとう。でも、刻印の『いましめ』があるため、私はコスモスを連れて邸に戻らねばならない」


・・分かっています。ですから残された20日間、悔いの残らぬよう、皆の思い出を作りたいのです。協力してください・・

刻印の戒めが発動しないよう、注意深くパンジーの意識を誘導する。

この”協力”作業によりパンジーの刻印を一旦封印してしまうのだ。そのことをパンジーに悟られると、刻印が協力することを拒否してしまう。


「協力・・・?」


・・協力としてお願いしたい事は2つです。1つは時間が許す限りボク達と一緒に過ごして、ボク等とコスモスとパンジーの思い出を積み重ねること。もう1つは皆でおそろいの服を着て、同じ食事を取り、同じベッドで寝てくれる事です・・


「奴隷の私が同じ服を着て同じ食事をとってもいいの?」


・・パンジーも家族です。家族は同じ服を着て同じ食事を取り、一緒に眠るのが当然です・・


「分かった。その位ならば」


・・では早速ですがコスモスに湯を沸かしてもらって姉妹2人、石鹸で血の穢れを洗い流してください・・


「何で?」


・・1階の食堂で、皆で同じ食事を取るのです。血の匂いを付けたまま出入りして良い場所では無いので、身体を清めてください・・


「うん、分かった」


・・身体だけではなく髪にも少し血が付いているのできちんと石鹸で洗って下さいね。服は、ボクの物かコスモスの物でサイズに合うのに着替えて下さい・・


「おそろいの服を着せてもらえるんだね。ありがとう」


・・はい。身体のみそぎが済んだなら、1階の食堂に降りてきて下さい。あ、食事に必要なので切れるナイフを1本持参して下さいね。ボクとアネモネは、先に食堂で待っています・・


「自由市民が食事を取る場所だよね。大丈夫かな?」


・・食事のマナーはコスモスに聞けば大丈夫です。ではコスモスと2人、ゆっくり体を清めて下さいね。ボク達は席を外します・・


こうして2振りの魔剣の使い手は、カノン達と一緒に夕食を取る事と成ったのである。

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