第50話:食堂の淑女(レディ)達
48話、49話、50話修正しました。
次回は、51話、52話同時に更新します。
以前コスモス用のトートバッグを作るのに使った残り、麻袋の上半分を取り出す。
これをコットンリボンでスソを纏り、アネモネ用のトートバッグに仕立て直す。
ボク用にはネーク皮のショルダーバッグが既に有る。
これでコスモス用、アネモネ用のバッグが用意できた。
これから3人で食堂で昼食を取り、その後にアネモネとボクの2人でアネモネ用の買い物に出かける予定だ。トートバッグはその時必要になる。
追手の心配があるので、念の為、コスモスは宿の部屋に残す事にした。
離れていても、ボクとコスモスの心は繋がっているから緊急時にすぐ対応できる。
それにアネモネもコスモスも強力な風の魔宝使いだから、2人ともボクを抱えても空を飛べる。ボクだって短い時間ならESPで身体を浮かす事が出来る。
上空で3人合流すれば、魔宝使い以外は誰も止める事も追跡する事もできないだろう。
宿の部屋でも、いざと言う時すぐ脱出できるように、着替え、木綿布、木綿紐、絹布、テント用布、保存用の固焼きパン、チーズ、ハム、乾燥ハーブ、岩塩、切り分けて使っていない方の石鹸、等はボク用とコスモス用の旅行カバンに仕舞ってある。
テントを立てる時に使うポール代わりにする2段継ぎの長い杖も、旅行カバンをまとめるベルトに取り付けてある。
財布や魔宝石、ナイフ、ヤギの第5胃等はローブの隠しポケットに仕舞ってある。だから有事の際、ローブと旅行カバンだけを持てば、いつでも移動できる状態なのだ。
旅行中、微妙に扱いに困ると思われるのが、コルク栓付きの小壷に詰めた液体類だ。
食用オイル、ワインビネガー、コンディショナー(治療に使うのでなければ多少は作り置き出来る)は、壷が割れて液が流れ出したときの被害を考え、ボクのショルダーバッグに入れてある。
『強欲の胃袋』の様な、何でも仕舞いこめる皮袋が入手できればありがたいのだが、高価すぎて町の雑貨屋では扱っていないという。
彼女、『強欲の胃袋』に小壷を仕舞ってもらえないか頼んだのだが、余裕がある時は宝石以外は入れたくないと断られてしまったのだ。
それ以外にも、アネモネ用に魔宝具である『ヤギの第5胃』を購入したいが、最初にダイヤを換金した金額の半分以上を既に使ってしまっている。
(日本円換算で800万で換金、既に400万以上を使った計算。もっとも、300万以上は雑貨屋で魔宝具を購入した代金)
今回の買い物は魔宝具の入手が最優先では無いので、その点は割り切ることにする。
買い物で必要なのはアネモネ用の服、特に野宿をするとき寝具にもなり、雨が降ったら雨具にもなるローブの購入は必須である。
そして、布靴では耐久性に不安があるので革靴、アネモネの着替えを仕舞う旅行カバン、このあたりを取り揃える必要がある。
それと、アネモネは知識があるようだから婦人用品で必要なものが無いか、確認したほうがいいだろう。
そろそろ昼食に1階の食堂に行こう。
でも、その前に宿の主人との約束だから確認しておかないと。
『アネモネ?』
「はい、カノン様」
『あまり心配はしていないのですが、最低限のテーブルマナーは出来ていますか?』
「はい、最低限とはどの程度なのでしょうか?」
『この宿の1階が食堂なのですが、そこで食事をして見苦しくない程度・・・と、言ったところです』
「はい。実家に居たときも教会で御世話になっていた時もスプーンやナイフの使い方を注意されたことは有りませんでしたので、大丈夫だと思います」
それを聞いて、安心して1階の食堂に昼食を食べに行く。
ボクとコスモスは、コットの上に薄紅の膝下ワンピース+長ズボン、肩に純白シルクのショール、昼だからローブと帽子は羽織らず手に持つ。
アネモネは、たった今仕上げたくるぶし丈の薄紅のデザインワンピースをひざ丈コットの上から着て、肩にはショール代わりに桜色のネッカチーフを羽織る。
帽子を着用しない場合にはショールは必須だ。魔宝糸で処理をしたショールを頭から被っておけば、火炎魔宝の初撃にすら耐える事ができる。
おそらくアネモネが今の魔宝布の衣装を身に纏っていたとしたら、あれほどの火傷は負わないで済んだ事だろう。
アネモネが質問する。
「カノン様、何故、わざわざローブをお持ちになるのですか?」
『はい。私とコスモスのローブには魔宝の内ポケットがあるのです。魔宝石や財布など、貴重品はそこで管理をしています。ですからどんな時もローブを手放せないのです』
「そうなので御座いますか。さすがはカノン様です」
『食後、アネモネのローブも買いに行きます。貴女のローブにも魔宝の内ポケットを付けますよ』
「そんな。畏れ多いです」
『ボク達と一緒に旅をするのであれば、当然アネモネにも同等の装備が必要に成ります。それに、アネモネのローブはボク達の生活に必要なのです。万が一、私とコスモスがローブを失った時には貴女のローブの隠しポケットに忍ばせた財布で3人が生活する事になります。だからアネモネもローブを着て、そのローブに魔宝の内ポケットを付ける必要が有るのです』
「はい、ありがとう御座います。カノン様の深いお考え、良く分かりました」
『えぇ。それと最初に言っておきますが、私はあまり1度に量を食べられません。私に合わせた食事量だと飢えてしまいます。余裕がある時は、遠慮せずに必要なだけ食べて下さい』
「はい、分かりました。では余裕が無い時は?」
『当然、3人で分かち合うのです。私とコスモス2人の時はそうして来ました。アネモネとも、そうしていきたいと思っています』
「わかりました。私も、カノン様やコスモスと分かち合って暮らしたいです。」
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1階の食堂で給仕をしていた食堂の親父は驚いた。
可愛らしい銀のシルクの髪の魔宝使いの娘さんと赤毛ロングの美人の魔宝使いの娘さんが、1階の食堂に降りてきた。この前の怪我をしていた購入奴隷なのだろう金髪ロングの胸の大きな美人を伴っている。
この2人の魔宝使いはいつもなら魔宝師のローブを着ているのだ。けれども今日は昼間で暖かい為なのか、お供の購買奴隷も合わせて3人まるで仕立て屋で誂えた様に可愛くておそろいの薄紅色のワンピース姿だ。
この様に身体のラインに合わせて仕立てられた服を着ている娘など、この町では貴族様以外にはいない。華美な飾りこそ無いものの、胸元のシルクの花飾りと言い随所にあしらわれたレースといい普通の町娘がおいそれと着られる服ではない様に思える。肩に羽織るショールも美しい光沢を見せている。あれもきっと上等なシルクなのだろう。
奴隷にまであのような高級品を着せているだなんて、この娘魔宝使い達は自国ではどの様な身分だったのだろうか?
「いらしゃい、今日は昼も食堂で食べるのかな?」
コスモスの口を借りてボクが答える。
「はい。購入した奴隷のケガが回復し彼女を解放しましたので、これからは気を使わずこちらの食堂を利用させて頂こうと思いました」
「え?、買ったばかりの奴隷をもう解放しちまったのかい?!」
「はい、でも彼女も私たちの旅に同行してくれる事になりました。アネモネ、宿のご主人にご挨拶を」
アネモネがコスモスの口を借りたボクの言葉を受けて、スカートを摘んで淑女の礼をし宿の主人に自己紹介をする。
「カノン様のお側に仕える事となりましたアネモネ・トリフォリア・トーゴーです。よろしくお願いします」
コスモスとアネモネには、トーゴーの姓を名のる様に言ってある。
彼女たちがボクの家族(実際は妻だけど、女3人旅を装う予定なので)であるとはっきり分からせる意味だけでなく、コスモスの逃亡奴隷の雰囲気を少しでも消すためだ。
上品な服を着て魔宝石を持ち、姓を名のって右肩の焼印も無く、魂の称号も精霊の刻印も上書きしてあるのだ。コスモスを奴隷と証明するものは、後は隷属契約書だけなのである。
(もっとも、その隷属契約書がコスモスを法的に奴隷たらしめるのだけれど)
宿の親父はびっくりした。ついさっきまで奴隷だとばかり思っていた胸のでっかい美人さんが、淑女の礼をして上品に名乗りを上げたのだから。
「お、おう・・・こちらこそよろしく。ところで、物は相談なんだが・・・」
通りに面していて窓が開け放たれた席、つまりは表通りから良く見える席にボク等は無理やり案内された。
「おごるから好きな物を食ってくれ。そのかわりに客寄せに成ってくれよ。なぁに、特別な事は必要ない。そんな上品な服を着たあんたら3人が窓辺で楽しそうに食事してくれれば、客なんて直ぐ入るさ」
「わかりました。ありがたくご馳走になります。それと部屋を移りたいのですが・・・」
「あぁ、分かってる。もう奴隷じゃないんだ。4人部屋でいいか?」
「いいえ、実は主カノンが寂しがり屋な者で、できれば3人一緒に1つのベッドで寝たいのです。ダブルサイズのベッドが有る部屋に移れると有り難いのですが。如何でしょうか?」
「なんだ、ダブルの部屋への移動か。すぐできるよ、となりの203が空いている。ツボ代・桶代は今まで通り3人で1日大銅貨6枚。部屋食事代は増額になる。今まで1日銀貨10枚だったのを銀貨12枚でどうだ?、1人分の食事代として1日銀貨2枚追加だ」
「助かります。では昼食を終えたら部屋を移らせていただきます。前払いした分に対する差額の食事代は4日分で銀貨8枚になりますので、その時一緒にお支払いいたします」
「あぁ、こちらこそいつも前払いで助かるよ。でも、なるべくならゆっくり昼食を取って食後のお茶も楽しんでいってくれ。その方がウチも儲かる」
主人と話している側から客が入ってきた。
確かに、カノン、コスモス、アネモネと、華やかな服を着た3人が並んだ姿は、充分客寄せとして効果があるらしい。
通りから食事をする3人の姿を見て、親父の店にはどんどん客が入ってくる。
でも中には、表通りから3人の姿を確認するだけで店に入らない者もいた。
そんな者の中に、粗末な麻のマントを羽織り、麻の袋を肩から掛けてた1人の少女の姿が有った。食堂の窓際で楽しげに微笑む淑女の顔を確認した時、麻マントの少女は、この長い捜索の旅がようやく終わったのだと感じていた。
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パンジーは最初、窓際の淑女がコスモスだとは気が付かなかった。
それは、コスモスが綺麗な服を着ていたからでも、美しく洗い梳かされた髪をしていたからでも無い。
コスモスが艶やかに笑っていたからだ。
パンジーが知る交配奴隷のコスモスは、いつも悲しみに耐えているか、全てをあきらめたような表情をしていた。時折パンジーに見せる笑顔も、小さな微笑でしかなかった。
それなのに、窓辺のコスモスは笑っているのだ。
自分が固いパンを食べ、冷たい石畳の路上で麻布に包まれて寝ていると言うのに、血を分けた優しい姉のコスモスは、パンジーの事など忘れたかのように笑っているのだ。
パンジーは考える。この町には3種類の服を着た人間がいる。
自分や村の農奴達のように、固くて太い麻糸を織って作った服を着た人間。
そして村の住人たちの様に、柔らかくて体全体をダボッと包むような服を着ている人間。
そして極わずか、村で言えば旦那様のように、身体の形にピッタリと合った上等な服を着ている人間。
そして、どうやらコスモスはその上等な服を着て自由市民向けの店で他の2人の娘と共に食事を取っているようだ。そして確実に、娘のうちのどちらかは風の魔宝使いなのだ。
仮に自分がこの身なりで店に飛び込んだとしよう。
奴隷の来る様な処ではないと、店主に追い出されるのが関の山だ。
仮にその店主を魔剣で切り捨てて無理に店に押し入ったとする。それでもコスモス達は窓の大きく開いた席に付いているのだ。風魔宝で空へ逃げられてしまうだろう。
ならどうすれば良い?
このまま後をつけ、コスモスの寝所の場所を確認するのだ。
夜、寝る時はさすがに窓を閉めるだろう。コスモスに詰め寄るならば、その時を狙うしか無さそうだ。
コスモスは風の魔宝使いを連れているのだ。自分が冷たい地面を這いつくばっている中、彼女は空を飛んで逃げられるのだから。確実に身柄を押さえるには、そうするしか手段が無さそうだ。
今はじっと我慢の時、我慢するのもこれが最後だ。店で食事を終えたらコスモス達は店から出てくるだろう。今日の所はその後を付け、コスモスの寝所を確認するのが最優先事項だ。




