第46話:2人の肌で
「コスモス様!、コスモス様!、早く来て下さい!!」
急を告げるアネモネの声が廊下にまで響いた。
「どうしました?、アネモネ...様、?、奥様?!」
アネモネの事をこれからどう呼ぶべきか迷いながら、コスモスが部屋へ駆け込んだ。
そんなコスモスの目に、仰向けに寝るカノンと、その上に覆い被さるアネモネの裸の背中が飛び込んで来た。
1つのベッドに裸の男女が2人横たわっている。その様子が今まで何があったのかを赤裸々に物語っており、コスモスの胸を苦しめる。
「コスモス様、早く!!」
またもやアネモネの声が響く。彼女は今にも泣き出しそうである。
「奥様、いかが致しました?」
「私が奥様??、そんな事はどうでもいいのです。早く私の頭の包帯を取って下さい!」
「どうなさったのですか??」
「コスモス様には感じられないのですか?!、カノン様が目を閉じられ、そしてお体がとても冷たいのです!!、私の生魔宝で治癒します!、早く頭の包帯を取って下さい!!」
コスモスは驚いた。
心を伸ばせば確かに感じる、カノンの体が冷え切ってしまっている事に。
そして、心が繋がっていた今までなら、最初に気がつくのは自分だったはずだという事に。
だが、そんな事は後回した。
今はカノンの為、アネモネの包帯を外さないと...??
え?、不用意に包帯を外して菌に感染したら危ないのでは??
「大丈夫です、コスモス様。カノン様の治癒魔宝で、私の傷は完治しています。逆に魔宝を使うため体を酷使したカノン様が、倒れられてしまったのです!」
優れた感応力を持つアネモネは、コスモスのちょっとした心の引っ掛かりにも直ぐに回答をくれた。
「分かりました、奥様。直ぐに包帯をお取り致します!」
外された包帯の下の右の頭からは、火傷の痕など何も無い、美しいプラチナブロンドと命の力に輝く緑の瞳が姿を現した。
右手の包帯を外すのは後回しだ。『生』は左手属性だから、左手さえ無事ならば生魔宝を使うのに何の支障も無い。
「古の生の精霊に願い奉る」
アネモネがカイン王国語で朗々と祝詞を唱える。彼女の左手にある皮袋が薄く輝き、そして彼女の右の緑の瞳を中心に魔宝陣が展開した。
先ほどカノンが見せた、全世界を包み込み慈しむ様な、広く薄く輝く緑の魔宝陣ではない。
目の前にあるたった一つの大切なもの、その1つだけに捧げる、強く集中した緑の魔宝陣である。
「大切なこのお方に、我の命を分け与えよ!!」
アネモネの身体から、熱が、命が、カノンの身体に流れ込む。その様をコスモスの火と風の眼は見ていた。
コスモスは思う。
火魔宝で命を奪うだけの自分とは大違いだ。この生の魔宝使いは、命を奪うのではなく与える事ができるのだ。
この方こそが、ファミリーネームを持つ自由市民でカノン様とも釣り合いが取れ、おそらくは奇跡とも言われるデュアルコア持ちで、自分などより精神感応に優れてカノン様の危機を直ぐに察知し、慈愛に満ちた非常に豊かな胸をお持ちでカノン様をお慰めでき、カノン様が私の身体よりも彼女の体をお選びになった、アネモネ・トリフォリア様、カノン様の奥様なのだ。
「コスモス様!」
「はい、奥様!」
「私1人ではカノン様の体温を支えきれません。コスモス様の力をお貸し下さい!」
「はいっ!、いかが致しましょうか?」
「コスモス様も服をお脱ぎになって下さい!、2人の肌でカノン様をお暖めするのです!」
「わかりました!」
コスモスは躊躇せず、上掛けのワンピースを脱ぐ。下に着ているコットも脱ぐ。
この時、あぁ、部屋の鍵を閉め忘れていたな、と気が付くが、優先事項ではないと頭から切り捨てる。
靴を脱ぎ、腰ヒモを解いて長ズボンを脱ぐ。
胸当てを取り、靴下を脱ぎ、最後にショーツも脱いで、二人が寝るベッドにもぐりこんだ。
左手を下にしてアネモネが横たわっている。
そのアネモネの非常に豊かな胸にアゴを乗せるように、カノンが横たわる。
そのカノンを背中から抱きしめるようにコスモスが横たわる。
その3人の身体を、魔宝のテント布で包み込む。
カノンの体はとても冷たい。
・・ボクの体は欠陥が多く、上手に体を暖める事ができません・・
かつて森の中で聞いた、そんな言葉を思い出す。
1つのベッドに1つの枕、その枕にアネモネとコスモスが頭を乗せている。
一番背の低いカノンは、頭の先がアネモネとコスモスの口当たりに治まっている。
アネモネの包帯を巻かれた右腕が、カノンを挟むコスモスの腰に回される。
コスモスの左腕が、カノンを挟むアネモネの背中に回される。
接触テレパスの強い才能を持つ2人の少女は、この時初めて、カノン経由ではなく直接お互いの肌と肌とを触れ合わせた。
カノンの心臓の鼓動は、裸で触れ合う2人の少女に伝わってくる。
鼓動は速くも遅くもない。リズムも一定で安定している。
カノンは意識が有るのか無いのか、少し夢を見ている状態なのかもしれない。
普段は意識的にブロックされて見る事の出来ないカノンの記憶が、肌を触れ合わせる2人の少女に流れ込ん出来た。
===
あとは、自分の体を削るしかないじゃないかっ!!
自分の命を削り取れば、ボクにもまだ出来る事が有るじゃないか!!
「クレアボヤンス!!」
湖の中、沈んでいく、コスモスを、見つけた!
「サイコ・キネシス!!」
沈んで行くコスモスを水上に持ち上げる。
完全に空中に浮かべようとしたら、あまりの重さに意識が飛びそうになる。
脳の中の酸素が一気に半分無くなったような感覚だ。いくら呼吸しても酸素が脳に供給されないような息苦しさ・・・苦しい!
左の胸に手を伸ばす。心拍を確認・・・動いてない!
コスモスの小さな口元に耳を寄せる。呼吸は・・・停止!!
「1、2、3、4!、1、2、3、4!」
コスモスの鼻をつまみ、口から大きく息を吹き込む。
「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」
心臓マッサージのやりかたとか、本当にこれでいいのかな?
普段なら聖属性か生属性の治癒魔宝を使うんで、正しいやり方とか知らないんだよ!
「1、2、3、4!、1、2、3、4!」
「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」
心臓マッサージって、めっちゃ疲れる!苦しい!
「1、2、3、4!、1、2、3、4!」
「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」
あぁ、疲れる、苦しい!苦しい!苦しい!
...これは?、この記憶は?!...
コスモスが湖から助け出されたときの記憶だ。
勿論、コスモス自身にはこの時の記憶は無い。
コスモスとアネモネは、カノンが命を懸けてコスモスを救う様を追体験した。
そしてコスモスは思う。
本当に、自分は1度死んで、心臓も呼吸も止まっていたんだ。それをカノン様が救って下さったのだ...
普通であれば死んでいたところを、カノン様が自らの命を削って助けて下さったのだ。
カノン様に救って頂いた命だ、もう、私の身体も心も全てはカノン様の物なのだ。私の命はカノン様の為だけに使おう、と。
===
『コスモス!!!』
「はいっ!!」
奴隷市のテント脇、無様に倒れたアネモネの元に、ローブをはためかせカノンとコスモスが舞い降りる。
カノンは倒れたアネモネを抱きかかえる。
『コスモス!!』
「はい!!」
『すぐ、奴隷バイヤーを連れてきなさい。接触テレパスで分かりました。アネモネは奴隷です。アネモネを買います!!アネモネは死亡する確率がかなり高い病気なので、早く治療しないと間に合いません』
騒ぎを聞きつけ、奴隷バイヤーが人の輪を掻き分けやってきた。
『コスモス!!、私に触れて貴女の口を私に貸しなさい!!、この男と交渉します』
「うわっ!!!」
奴隷バイヤーが悲鳴を上げた。
彼の服の右腕部分だけが吹き飛び、更にその飛び散った布切れが一瞬で灰になったのだ。
「私達、2人の魔宝使いを相手に時間稼ぎをするつもりですか?、アネモネは早く手当てしないと手遅れになるのですよ」
奴隷バイヤーは悟る、この2人は本物の魔女なのだ、と。
今、衆人環視の見守る中、誰一人として呪文詠唱を悟らせる事も無く2人の魔女は「空間魔宝」と「火炎魔宝」で威嚇攻撃をして見せたのだ。彼女等が本気であれば、自分の首を断ち切る事も、頭を炭に変える事も簡単に出来る。そう無言で奴隷バイヤーに証明して見せたのである。
...これは?、この記憶は?!....
アネモネが奴隷商から買い取られたときの記憶だ。
勿論、アネモネ自身にはこの時の記憶は無い。
アネモネは、カノンが命を懸けてアネモネを救う様を追体験した。
そしてアネモネは思う。
自分が命に関わる重態の所を奴隷商から買い取ってもらったとは聞いていたが、まさかこれ程のやり取りが有ったとは知らなかった...
普通であれば死んでいたところを、カノン様が奴隷商を脅してまでして助けて下さったのだ。
カノン様に救って頂いた命だ、もう、私の身体も心も全てはカノン様の物なのだ。私の命はカノン様の為だけに使おう、と。
===
コスモスとアネモネは、お互いがお互いを理解してしまった。
裸のカノンを挟んで2人、カノンに救ってもらった命をカノンの為だけに使おうと誓った事、それをお互いが理解してしまった。
コスモスには、カノンの居ない人生など考えられない。
アネモネにも、カノンの居ない人生など考えられない。
コスモスには、逃亡奴隷身分の自分がカノンに相応しいとは思えない。
アネモネには、オッド・アイの自分がカノンに相応しいとは思えない。
コスモスもアネモネも、自分の事をカノンに愛されるに足る存在だと、とても思う事はできない。ただカノンの心の片隅にでも置いてもらえる様に、いざと言う時この身をカノンの代わりに投げ出せる様に、カノンの側に仕えていたいと強く願っている。
お互いがそのような願いを持っている事を、コスモスとアネモネは触れ合う裸の肌を通して理解していたのだ。




