第41話:2つの魔宝石
今日は頼んでいた靴やカバンが出来上がる日だ。
口移しで水を与えて満足したのか、アネモネは又眠っている。ボクは看病が有るので外出できないから、コスモスにお使いを頼む。
ただし、ウルスドの森で行商人と思われる人間に見つかってから既に1週間(こちらの世界でもWEEKの概念が有るのかは暦を知らないので分からないけど)が経っている。
そろそろ追っ手が町に入っていてもおかしくない。更にボク等は昨日、奴隷商との立ち回りで騒ぎを起こし、人目を引いてしまっている。
つまり、今外出すると見付かる危険度が高いという事だ。
それでもコスモスを使いに出したのは、靴やカバンの他に、緊急で必要な物が有るからだ。
服屋で追加でコットンの布、雑貨屋でアルム石(日本語では明礬)、酒屋で蒸留酒を買ってきてもらうのである。
今現在、アネモネの容態を支えているのは魔宝糸で処理した魔宝布の耐毒・治療効果である。
そして魔宝糸で処理したシルクのショールは、あと1枚と半分残っている。昨日は1枚のショールを4つに切り分け、頭に1片、腕に1片使った。
コスモスの怪我の時と違い、アネモネの怪我は化膿部からの菌の汚染を考慮しなければならない。治療する毎にショールや包帯を使い捨てにする必要がある。
1日に1回、コンディショナーを塗布しショールを交換するとして、蜜蝋とオイルは10日分位有るが、ショールの残りは3日分しかない。包帯とオムツに至っては、アネモネの排尿頻度にもよるが、明日にも不足する可能性がある。
オムツ用、包帯用、魔宝糸で処理をしたショールの代わりの治療布用と、コットン布の入手は急務である。
そして、アルム石は水に溶かせば比較的強い酸を作れる。蒸留酒のアルコールとあわせ、化膿部位の消毒に使うつもりだ。
魔宝布で菌の作る毒素は打ち消しているが、菌そのものには対応できていない。
薬屋に売られていた怪しげな薬草や木の皮より、酸洗浄、アルコール洗浄の方が殺菌効果は高いだろう。
鎮痛剤が欲しいなぁ、いや、抗生物質が欲しいなぁ、無い物ねだりをついしてしまう。
コスモスには、追っ手に見つかった場合には金も荷物も捨てて良いので直ぐに逃げる事、そしてテレパスでボクに伝える事、この2点を強く言い含めてから買い物に出かけさせた。
金も荷物も魔宝石を売却すれば何とでもなる。コスモスだけは失うわけにはいかない。
追っ手がいる事が判明した時は、仕方がないのでアネモネの世話をコスモスに任せ、ボクが店から店へテレポートして買い物に行くつもりでいる。
ボクの体力的な問題と、コスモスが逃亡奴隷とアネモネにばれる心配が有るのでできれば避けたいが、追っ手に見付かるよりは良い。
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コスモスはまだ買い物から戻らない。
そうだ、アネモネ用にホルターネックのブラも作らないと。
彼女の胸は非常に立派で、コットの生地を突き上げて、その存在を存分に主張している。
もしノーブラにしてしまったら、その造形や先端の出っ張り等、柔らかなコットン地程度で隠しおおせる代物では無いのだ。
ボクは、アネモネの怪我をしていない左の頬に手を当てる。
・・アネモネ・・
(・・・はい)
アネモネの意識が、まどろみの淵から戻ってきてくれた。
少し強引に起こしてしまったのでアネモネに謝る。
・・起こしてしまい、ごめんなさい・・
(・・いえ、精髪姫様)
精髪姫って、そんなにボクに似ているんだろうか?
既視感の有るやりとりに、ボクはそんな疑問を持つ。
・・私は精髪姫ではありません。カノン・トーゴーといいます。ファーストネームがカノン、ファミリーネームがトーゴーです。カノンと呼んで下さい・・
(はい、カノン様。既にご存知でしょうが、私の名はアネモネ。アネモネ・トリフォリアと申します)
・・はい、わかりました。アネモネ・・
(あ、あの・・・何で御座いましょうか?)
・・実は今貴女に使ってもらっている胸当ては貴女の胸には小さすぎ、かなり窮屈な思いをさせてしまっていると思っています。・・
(は、はい)
・・そこで貴女の胸のサイズににあった胸当てを縫いたいと思いますので、申し訳ありませんが貴女の胸をはだけて見せて頂けませんか?・・
(は、はい。カノン様、わかりました。胸当て、よろしくお願いします。それと、もし宜しければお水を少々頂けると嬉しいです)
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追っ手に襲われるのではないか?、追っ手に後を付けられているのではないか?
コスモスは神経をすり減らしながら、それでもカノンの言いつけ通り買い物をして回った。
最初にカバン屋に行き、二つのカバンを受取った。自分用の大ぶりのカバンは背負い、カノン用のカバンは大切に両腕で抱える。
続いて靴屋で出来上がった靴を試し履きし、職人芸の凄さに感激した後、それまで履いていた布靴を大切に自分のカバンにしまう。
服屋に行って木綿布を頼むと、既に3度目なので心得た感じで生地を切り売りしてくれた。先日オーダーしていたカノンのシルクのズボンも仕上がっていたので受け取り、木綿布と一緒にカバンにしまう。
雑貨屋でアルム石を頼むと「まだ紅花は入荷していないのに気が早いな」と言いながら売ってくれた。コレもハギレに包んでカバンにしまう。
最後に酒屋へ行く。壷売りの蒸留酒は重くて運べないので、ヤギの第1胃の中に量り売りで売ってもらう。これはローブの隠しポケットに『ヤギの第5胃』と一緒にしまう。
この様にコスモスは追っ手が居るかも知れない中、多くの店を回り、必要なものをきちんと取り揃えて、ようやくカノンの待つ宿に戻った。
「ただ今戻りました」
そんなコスモスが部屋に戻って見たものは、ベッドの上に豊かな胸をむき出して横たわるアネモネと、そのアネモネの胸に手を当て、口付けしているカノンの姿であった。
「カ、カ、カ、カ、カノン様・・・何をなさっていらっしゃるのですか!?」
『あ、お帰り、コスモス』
「何をなさっていらっしゃるのですか!?」
コスモスが何に慌てているのか気が付かないカノンは、のんびりとした口調で答えた。
『はい、口移しで水を飲ませているのです』
「な、な、な、な、何で胸をはだけているのです!!」
『あ、あぁ、これを作ってフィッティングの調整をしていた時に、アネモネが水を欲しがったのです』
そう言って見せるカノンの右手には、ホルターネックタイプのブラがあった。コスモスが戻るつい先ほどまで、アネモネの胸にあてがわれていた物だ。
「カ、カ、カ、カ、カノン様・・・私の物と布地の大きさが全く違うのですけれど!?違うのですけれど!?」
コスモスにとっては大切な事なので、2回言ったようだ。
『支える体積が違うからです。仕様です』
「カノン様、私のはヒモなのに、それは布が伸びて帯状になっているのですけれど!?なっているのですけれど!?」
そんなに大切な事なのか??
『支える重量が違うからです。仕様です』
「私の持っている物と比べ、”胸当て”と言う同じ種類の衣類だとはとても思えないほど、形や大きさが違うのですが!?違うのですが!?」
”胸当て”では無く”胸”を見て同じ感想を持っているカノンは、その件に付いてはコメントを控える。
(カノン様、赤髪の彼女はカノン様のお言葉が分かるのですか?)
ここでアネモネがテレパスで質問してくる。
・・はい。彼女、コスモスと私は心が溶け合っていますので、私の言葉も心もそのままコスモスに通じるのです・・
カノンがテレパスで返す。
(私だって、心話や遠話でお話しする事もできます)
テレパスにコスモスが割り込んでくる。
『コスモス』
・・コスモス・・
テレパスと音声で同時に呼びかける。こうすれば、アネモネにも会話が通じる。
『遠隔テレパスに答えるのは、ボクや今のアネモネには体力的負担が大きいので、できれば避けて下さい』
・・遠隔テレパスに答えるのは、ボクや今のアネモネには体力的負担が大きいので、できれば避けて下さい・・
「はい、カノン様。ではいかがしましょう?」
(はい、カノン様。ではいかがしましょう?)
『コスモスはボクに触れて下さい。ボクの身体で中継します』
・・コスモスはボクに触れて下さい。ボクの身体で中継します・・
こうして、ややこしい同時通訳の様なテレパスを終了させる。
カノンがアネモネのブラの調整をし、その後ろにコスモスが寄り添って、3人でテレパスでおしゃべりをする。
(改めて自己紹介いたしますね。私はコスモス。カノン様の通訳、兼、従者です。コスモスと呼んで下さい)
(私はアネモネ・トリフォリアといいます。私も、アネモネとお呼び下さい)
(ファミリーネームをお持ちとは。自由市民でいらしたのですね)
(はい、でも今は奴隷商に引き取られ、奴隷身分のはずです)
(いえ、アネモネの所有権はカノン様が購入なさいました。そしてまだカノン様が隷属契約を結んでいないので、今の貴女は金銭で解放された戦争捕虜待遇です)
(そうなのですか?)
(はい。アネモネはカイン王国内では自由民という扱いになります。御自分の国に戻れて身分を証明するものがあれば自由市民に戻れると思います)
(隷属契約・・・が、まだ結ばれていないからですよね)
(はい、そうです。でも心配は無用です)
(どう言う事でしょうか?)
(カノン様は貴女を隷属するつもりがありません。傷がいえ次第、解放なさるおつもりです)
(えぇ??)
ここでボクが説明を引き継ぐ。
・・ボクもコスモスもカイン王国語の読み書きが出来ないのです。そこで、旅に同行してもらってカイン王国語の読み書きを教えてもう事ができる知識層の奴隷を探しに奴隷市に行ったのです・・
(・・・そうなのですか)
・・はい。そこで偶然倒れた貴女を見かけ、緊急に治療をしないと命に関わると判断して貴女を奴隷商から買い取ったのです・・
(・・・はい、・・・ありがとう御座います)
・・体調が戻れば貴女は解放します・・
と、言って、アネモネに2枚の契約書を渡す。
・・それは差し上げます。1枚目は奴隷商との売買契約書。貴女の身柄の金銭授受が完了している証拠になりますので無くさないで下さいね・・
2枚目の無記名の隷属契約書も確認してもらう。
・・これが隷属契約書です。貴女の名前は記入されていませんし、貴女の右肩に焼印もありません。これで、アネモネが奴隷身分に落ちていない事を納得して頂けますね?・・
(は、はい)
・・アネモネ。貴女には2つの約束をします。1つ目は、貴女を解放する約束です・・
(はい)
・・2つ目の約束は...・・
ここで振り向いてコスモスの顔を見る。勿論、ボクの心はコスモスに誤解無く伝わっている。
・・コスモス、貴女の石を見せてあげてください。私の石も見せます・・
そう言って、コスモスの火・風、ボクの聖・闇・火・水・生・風・土の魔宝石をアネモネに見せる。
・・ボク等はアネモネと同じ魔宝使いです。そして既にボクもコスモスも自分の魔宝石を持っています。ですから、貴女の2つの魔宝石を取り上げる事はありません。必ずお返しします。それが2つ目の約束です・・
ここでじっとアネモネの目を見る。
アネモネの瞳は理性に輝いている、大丈夫だろう。
・・だから体が回復するまで、決して1人で無理に回収しようとしたり、お返しした魔宝石を飲み込んだりはしないで下さいね・・
(・・・はい)
アネモネに残された1つだけの目から涙がこぼれた。
苦しいのか、悲しいのか、嬉しいのか、彼女はただただ泣いていた。
そして泣き疲れて、彼女は又眠ってしまった。
しかし、気になっている事がある。
彼女が飲み込んだのは『風のサファイヤ』と『生のエメラルド』だ。生の治癒魔宝を使えるのなら、火魔宝による火傷も完治できたはずだ。
なのに彼女はひどい怪我を負ったまま死に掛けていた。比喩的な意味ではなく、本当に死ぬ一歩手前だったと思う。
何故、彼女は魔宝石を飲み込む前に治癒魔宝を使わなかったのか?、命を危険にさらしてまで治癒魔宝を使うことを拒む理由が思いつかない。
この魔宝石は彼女の物ではないのか?、いや、接触テレパスからの感触では、それは無いだろう。
もしかしたら、彼女もボクと同じように、魔宝石は持っているが魔宝陣を展開できない状態なのか?
そうで有るなら、その原因を解明できればボクの魔宝も取り戻せるかもしれない。
アネモネを解放する前に、それだけは必ず確認しておかなければならないだろう。




