第40話:精髪姫様
コスモスと交代で1階の食堂で朝食を取った後、ボク等は寝ているアネモネの下半身を確認する。幸いな事に排尿はきちんと出来ていた。素人診断ではあるが内臓疾患の問題の1つ目はクリアしたように思える。
自作した防水オムツシートを敷きオムツを交換する。交換のヤリ方をコスモスに教えている時、アネモネが目を覚ました。でもまだ意識がはっきりしていない様だ。
流石に、下半身フルオープンの状態で話をする訳にもいくまい。さっさと股間を濡れコットンで洗浄し、新しいオムツに交換する。アネモネは何も言わず、ボクにされるがままになっている。
次からは、コスモスが1人でお世話できると接触テレパスで伝えてくる。排便の場合は菌が残らぬよう、ヒダの間まで丁寧にふき取る必要性があるから1度目は私が手本を見せるが、それ以外はコスモスにお願いすると接触テレパスで返答する。毎回男性に股間を濡れタオルで洗浄されるよりは、アネモネにとっても良いだろう。
オムツの交換が済むと、ボクは石鹸で手を丹念に洗う。
そしてアネモネの無事な左手を握り、薄っすらと目を開けた彼女の青い瞳を覗き込む。接触テレパスを試みるのだ。
今までアネモネに触れてきた感触から、彼女がテレパス感応の高い魔宝使いなのは分かっている。いきなりテレパスで話しかけても混乱はしないだろう。
・・ボクの声が聞こえますか?・・
かつてコスモスに話しかけた時と全く同じセリフでアネモネに語りかける。まだ意識がはっきりしていないのか、明確な反応は見られない。
・・ボクの声が聞こえますか?・・
もう一度心の中でアネモネに語りかける。
昨夜1度だけ目を覚ましたアネモネは、夢現の中カイン王国語で受け答えをした。コスモスがココに居れば、声で語りかける事も試みてみたいがそれは後回しにする。
今コスモスは、汚れたオムツの入った桶を宿の外に持って出て行っている。宿の裏庭で、排泄物をオムツごと、火魔宝で灰も残さず完全焼却するためだ。
かつて2人の体を洗うのを目的に削り出しで作った桶は、今ではすっかり汚物運搬用になってしまっている。アネモネの体調が回復しボク等が旅立つ時が来たら、又、桶を作ろう。
・・ボクの声が聞こえますか?・・
もう一度語りかけた時、彼女の瞳が動いてボクの顔を捉えた。
(あの・・・これって心話なのですか?)
かつて聞いた事のあるセリフが、アネモネの手を通じてボクに届く。良かった。テレパスで会話を出来る程度には、彼女の容態は良くなって来ている。
・・はい。今、私と貴女の心が繋がって、声を出さずにおしゃべりをしています・・
アネモネの1つだけ残された目が、少し大きく見開かれる。
・・まず確認です。このまま心でおしゃべりを続けても大丈夫ですか?・・
アネモネは少し混乱しながら、自分の状態を確認した。
良く分からないけれど、ベッドで横になっているようだ。視界が狭い。良く見えない。
頭が少しぼーっとしている。熱があるのかもしれない。でも話を続けられない程ではない。
右腕が痛い。ズキズキ痛む。そして咽が渇いた。水が欲しい。
・・水ですか?、吸い口で、口の中に水を入れます。飲んでみて下さい・・
(ありがとう御座います)
アネモネの狭い視界の外から、何か木製の物があてがわれ彼女の唇に触れた。そして少しずつ、口の中に水が流し込まれる。
あぁ、美味しい。水がとても甘い。もっと水を欲しくて口に触れた木製の物を強く吸ったら、急に水が口に入ってアネモネは咳き込んでしまった。
・・まだ、吸い口を使うのは早い様ですね。もう少しの間、ボクがお手伝いします・・
そう言われて、アネモネは初めて話しかけてくれていた人をまじまじと見た。
あ!
昨夜夢の中でお会いした、精霊様に髪を捧げて戦った伝説の星崩しの姫、精髪姫様がそこにいらっしゃる。
あれは夢の中の出来事では無かったのか??
そして何故か、精髪姫様のお美しい顔が近付いてくる。
紅を差したような真っ赤な唇、その唇が自分に近付いてくる。
そして終に、唇がアネモネの口に優しく触れる。そのまま唇が押し付けられ、舌がアネモネの唇を開く。口の中に暖かな水が流し込まれる。
(あぁ、おいしい。もっと)
・・はい・・
せがむ度に、白銀のシルクの髪を持つ伝説の姫が口移しで水を与えてくれる。
アネモネの咽の渇きがいえるまで、何度でも、何度でも・・・
アネモネの意識がだんだんと鮮明になっていった。
残された1つの目に写る景色もはっきりとした物になっていった。
考えも徐々にまとまってきた。
「!!」
突如、自分が今まで口に入れてきたおぞましい物に付いてはっきりと思い出した。
自分の口は不浄で不潔で不敬な存在なのだ。分かっている。
なのに!
そんな不浄な場所に、精髪姫様の唇の御加護を頂いてしまった!
精髪姫様を汚してしまった!!
・・アネモネ・・
いきなり触れ合った唇から自分の名を呼ぶ声が響き、びっくりする。
そしてどこかで、精髪姫様なら自分の名前など簡単に知ることが出来るだろうと納得もする。
ゆっくりと唇から唇が離され、白銀のシルクの髪の少女はアネモネの顔を覗き込む。優しく握られた左手から、心の声が優しく届く。
・・ボクは、ボク達は、貴女と同じ魔宝使いなのです・・
白銀の姫君が話している時、誰かが部屋に入ってくる気配が有ったが、アネモネの目には写らなかった。
・・寝ている間に貴女の心が少し見えました。あなたがどれだけの覚悟を持って『生』と『風』の魔宝石を呑んだのか、それも見えました・・
アネモネはもう、何をどう考えて良いのかも分からなかった。目の前の白銀の姫君は自分がどう言うモノを口にしたか理解した上で、口移しで水を与えてくれたのだ。
いつの間にか目から涙が溢れていた、そんな事さえ気が付かなかった。
・・貴女の右腕は病原性の菌で化膿しており、そこから毒素が作られ血液にのって身体をめぐっています・・
(はい)
・・貴女に水を与えた後、そして、貴女の治療を終えた後、ボクは手を洗い口をすすぎます。しかし、それは貴女が不浄だからではありません。貴女の体の中の菌が、ボクや・・
そこで銀の姫君は、ちらりと部屋に居るもう1名の方を御覧になられました。
・・彼女はコスモスと言いますが、ボクやコスモスに移るのを防ぐ為です・・
(はい)
・・食事は取れますか?・・
(いえ、今は欲しくはありません)
・・水はいかがですか?・・
(今はもう、充分で御座います)
・・まだ、おしゃべりは出来ますか?・・
(いえ、少し疲れてまいりました)
・・では自己紹介は次の機会にしましょう。最後に1つだけ・・
(はい)
・・貴女は体が復調するまで、便所のツボには行かず、恥ずかしいでしょうがベッドに寝たまま、そのままして下さい。布オムツで粗相をしても汚れないようにしてあります・・
(ですが)
・・魔宝石を取ろうと無理をしたせいで貴女の右手か口から病原性の菌が入り、はっきり言いますが命に関わるほど非常に危険な状態だったのです・・
(・・・はい)
・・・粗相は気にせず、ゆっくり身体をいたわって下さいね。ボク達がお世話しますから・・
気が付くと、赤髪長髪の少女が白銀の姫君の隣によりそっておられます。
あぁ、この方の事も夢ではなかったのですね。
疲れてきました。もうしばらく、お休みさせて頂きます。
でも最後に、敬虔なカンターク教信者として、精霊様の御名のもとに、夢では言えなかった事をきちんと伝えておかねばなりません。
「赤毛の方と精髪姫様。殿方への御奉仕の仕方を女性同士で教えあう事も有るのでしょうが、度が過ぎるのは淑女の嗜みに欠ける行為です。舌を入れる等もっての外です」
それだけ言うと、そのまま私は疲れて眠りに落ちてしまいました。




