第39話:長い夢
忌み嫌われる緑と青のオッド・アイが悪夢を見せたのでしょうか?
長い長い、本当に長い夢を私は見ていました。
精霊様の教会に敵国カイン王国の手勢が火を放ち、私が大火傷を負う。そして奴隷商に捕まり下働きをさせられ、終には路傍で力尽きる。
そんな荒唐無稽な夢を、今まで見ていました。
でもそれは夢なんです。
間違いありません。
だってほら、今私が寝ているのは柔らかなベッドです。
決して板張りの牢獄馬車の中や、冷たい石畳の奴隷市のテントの前では無いのです。
あぁ、今はもう夜なのですね。
ここは教会の中、いつもの私の寝室・・・寝室??
暗い部屋の中を、柔らかな光の玉が揺蕩っています。あれは精霊様?小さき灯火?
「んっ」
あれ?私の個室のはずなのに、なぜか人の声が聞こえます。
「あぁ、カノン様、ようやく口付けを頂けます」
『xxxxxxxx』
「そんなぁ、カノン様っ、チュッ!」
『xxxxxxxx』
「カノン様に移っていないなら、私に移るはずがありません、チュッ!」
『xxxxxxxx』
「チュッ!チュッ!チュッ!」
『xxxxxxxx』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!」
『xxxxxxxx』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
『xxxxxxxx』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
『・・・ん』
「・・・はぁ・・はぁ」
『xxxxxxxx』
「・・・はぁ・・はぁ・・はぁ」
『xxxxxxxx』
「・・・ふはぁ」
『xxxxxxxx』
「・・・」
『xxxxxxxx』
「!!、チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
『xxxxxxxx』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
知らない国の言葉とカイン王国の言葉で2人の女性がお話しています。
お話?なのでしょうか?
なぜか分かりませんが、聞いてはいけない事を聞いてしまっている気がします。
チュパチュパとしたあの音、もしかしたら?、もしかしたら・・・??
あぁ、顔が火照ってきました。
私ッたら何を考えてしまっているのでしょう。
そおっと、内緒で声のする方を見ようとしたら、右腕に激痛が走りました。
「あぅっ!!」
思わず声を上げてしまいます。
私の声に気が付いたのか、誰か人が駆け寄ってくる気配があります。
そっと目を開けると、私を覗き込む少女の顔が2つ。
白い肌、青い目、赤い長髪の少女が1人、もう1人は・・・
まるで陶器の様な真っ白な肌、ルビーの様な瞳、紅を差したような唇、肩より短く切りそろえられたシルクの様な細い銀の髪、このお方はもしや伝説の・・・
やはり、私はまだ夢を見ているのでしょうか?
「気が付きましたか?」
赤髪の少女がカイン王国語で話しかけてきます。
なら私もカイン王国の言葉で、例え夢の中であろうともカイン王国国教であるカンターク教会の精霊様の教えを伝えねばなりません。
「赤毛の方と精髪姫様。殿方への御奉仕の仕方を女性同士で教えあう事も有るのでしょうが、度が過ぎるのは淑女の嗜みに欠ける行為です。舌を入れる等もっての外です」
それだけ言うと、そのまま私は疲れて深い眠りに落ちて行きました。
そして、私はまだ夢を見ている様です。
夢の中で、私は誰かに優しく口付けをされています。
私の口に触れた唇の主は、ゆっくりと舌で私の唇を開きます。
そして私の口の中に、体温で暖められた水を少しずつ流し込んでくるのです。
咽が渇いている私は、その唇にむしゃぶりついて水をすすってしまいました。
もっと、もっと・・・
はしたなくも、私は口付けをせがんでしまいます。
その優しい唇は、何度でも何度でも、私に水を運んでくれます。
私の咽が潤うまで、何度でも何度でも口付けを繰り返してくれるのです。
夢の中とは言え口付けをせがむなんて、私も嗜みが欠けているのかもしれません。
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口の洗浄、歯磨き、うがい、手洗いをすませコスモスのベッドに戻ってきたカノンは言った。
『木を削って吸い口を作りましょう。明日からはアネモネも1人で水を飲めるかもしれません』
「だいぶ水を飲んでいましたからね。先ほどだけで口移しを203回です」
『数えていたのですか?』
「数えてなどおりません!」
『・・・まぁ、いいでしょう。これで明日の朝、尿が出ていれば少しは安心できます』
「下の世話は、やはり私がやります」
『いえ、念のため、最初は私が手本を見せた方がいいでしょう』
「・・・カノン様、見たいのでしたら私のをいくらでも」
『何を言っているのです。コスモスとこの様な関係になる前から、何度も全裸の貴女を手当てしてきた私を信じなさい』
「・・・は・・い」
『・・・信じなさいっ』
「・・・」
『・・・信じなさい』
「・・・はい」
『アネモネを解放した後、今度こそ読み書きの出来る奴隷を入手し、色々な刻印を色々な所に刻む事になるかも知れないのですよ』
「色々な刻印を色々な所に刻むのですか?」
『そうです。真実の刻印とか、種族の刻印とかです。貴女がそれを奨めたのですよ、コスモス』
「あうぅぅ、そうでした...」
コスモスは思った。
逢った事も無い、これからもおそらく逢う事はないであろう、カノン様が国に残されてきた婚約者とは訳が違った。
今ココに居る娘奴隷は、カノン様の時間を占有し、カノン様の唇を占有している。
これでカノン様の心まで占有されてしまったら・・・コスモスは自分が嫉妬深いという事に、今になって初めて気がついた。
交配奴隷の時には嫉妬も独占欲も無かった。
なぜなら自分にはその権利が無いのを知っていたからだ。
今はカノン様の愛情のおかげで、暖かい食事と柔らかなベッドと幸せな毎日を過ごしている。
その愛情を、刻印を刻まれた他の奴隷と分かち合う事が出来るのだろうか?、コスモスは不安になる。
死を覚悟して湖に身を投げて以来、ネークにあった時も奴隷商と対峙した時も怖いと思った事は一度も無かった。
でも今、カノン様の愛情を分け合わなければならない事を、自分以外の誰かにカノン様が愛情を注ぐ事を、コスモスは心の底から怖いと思っていた。




