第38話:唇を口で吸ってはいけません
「奴隷市で暴れた娘魔宝使いって、お嬢さん達か?!」
それが、夕食後の桶湯を持って来てくれた宿の主人が、ベッドに横たわるアネモネを見ての第1声である。
夕飯は自分達で部屋に運んで食べたので、アネモネを主人に見せるのはこれが最初だった。
ここで対応を誤るわけにはいかない。コスモスの口を借りて、ボクは慎重に答える。
「暴れてなどいません。怪我で倒れた娘奴隷を早く看病したかったので、売るのをごねた奴隷バイヤーを、”ほんの少し”こらしめただけです」
「あぁ、そうなのか」
「彼女は大怪我を負って、体力を失って倒れていました。怪我をした右腕は炎症も起こしています。ですから彼女をこの大きな魔宝布で包み、保温と病魔から守っているのです」
「魔宝布?」
「そうです。水も病気も通しません。ほら・・・」
コップの水を少し布にこぼすと、水は布に吸い込まれること無く床へ滴る。
「気になるでしょうから彼女の状態も御見せしますね」
少しの時間だけだからがんばって、ボクはそう心の中でアネモネに声を掛けて、彼女を包んでいた魔宝のテント布をはだける。
寒い思いさせちゃってごめんね。
でもね、宿の主人に「伝染病」だと勘違いされると追い出されちゃう可能性があるので、ココはしっかりとした説明が必要なんだ。
主人は観察する。
ベッドの上に、そのベッドより一回り大きな魔宝布が1枚敷かれ、怪我人の奴隷はその上に寝かされている。
・・・そして胸がでかい。
頭と顔の右半分、そして右腕に真っ白な包帯が巻かれている。
・・・見事に胸がでかい。
寝間着も新品なのだろう、真っ白で清潔だ。
・・・何と言うか胸がでかい。
怪我人の身体もきれいに洗われており、肌も髪も香油のいい匂いがする。
・・・やたらと胸がでかい。
全身を清潔にしている上、この包帯だ。どうやら病気ではなく怪我だと言うのは確からしい。
さらに魔宝布で包まれ、ベッドに奴隷が直接触れることも無さそうだ。
これなら、この奴隷を宿の屋内に置いても問題は無いだろう。
・・・それにしても胸がでかい。
飲食店、兼、宿屋の主人としては、伝染病患者であれば屋内に入れるわけには行かなかったのである。
「あぁ、よく分かった。娘奴隷はきちんと魔宝布で包んでやってくれ」
「はい」
コスモスとボクで、アネモネをテント布で包む。その上からコスモスは自分のローブをかけてあげる。
「ところでベッドはどうするね?(胸のでかい※小声で)奴隷に1台取られちゃったけど」
「はい。幸い、私も主カノンも小柄(で、胸も小さい体型※小声で)ですので、残った1台に2人で寝ます」
「そうかい。夕飯はどうする?」
「今夜と同じように、1階の食堂まで私が取りに参ります。この様子ですと娘奴隷はまだ暫くは食事が取れないと思いますので、2人前でお願い致します」
「あぁ、わかった。なら、宿代食事代は今まで通り2人分で1日大銀貨1枚、そしてツボ代桶代が2人分で1日大銅貨4枚だったのが3人分で大銅貨6枚になる。それでいいか?」
「はい、よろしくお願い致します。奴隷が動けるようになるまで少し時間がかかると思うので、もう暫くお部屋をお借りいたします」
そう言って、大銀貨5枚、大銅貨30枚(6枚一塊にしたものを5個)を主人に渡す。
主人はそれの枚数を数え、
「はい、5日分前払い、確かに受取ったよ」
と、空の湯桶を持って部屋を出て行った。
これであと5日は部屋を追い出されることは無いだろう。
アネモネの容態は落ち着いているように見える。
熱はまだ高いが、呼吸は安定してきたし、脈も落ち着いてきた。
患部にまいたショールにあしらってある『聖銀の糸』の治癒効果、『青銅の糸』の防毒効果が効いているのだろう。
魔宝布で菌が出す毒素によるショック症状は抑えているが、火炎魔宝によって付けられた傷を治すことが出来ないので、菌そのものを死滅させるのが難しい。
現状で考えられる対処法は4つである。
1つ目、現状維持。魔宝布の持つ治癒効果を期待するもので、劇的に好転する事は期待できないが身体への負担は小さい。様態が急変しない限り、今日明日はその予定だ。
2つ目、コスモスの火炎魔宝で右腕の腐敗部分を”上書き”する。菌の死滅にはこれが1番に思えるが、ひじから先の右腕を失う。
3つ目、『絶縁の刃』で腐敗部分だけを切り取り、魔宝布の治癒効果で治す。上手く行けば腕を失わずに済むが、麻酔無しで前腕の筋肉の半分近くを切り取る必要がある。その苦痛に彼女の体が耐えられるか、失った筋肉を魔宝布だけで治癒できるか、不安である。
4つ目、あまりに危険度が高いので今は考慮しない。しかし、内臓疾患の症状が見られるような緊急事態なら、最終手段としてその方法を検討する。
コスモスとも良く相談した。
コスモスも、4つ目の手段はさすがに難色を示した。だが、他に手段が無い場合は仕方無いと納得してくれた。
「内臓疾患とは何なのですか?」
『菌が内臓にまで感染し、お腹の中の正常な機能が損なわれる状態です』
「どうなるのですか?」
『例えば、妊婦の場合お腹の子に悪影響が出ます。尿を作ることが出来なくなる事もあります。最悪、腸が壊疽を起こし内臓が腐る可能性があります。そうなると、ボク等素人にはとても助けられません』
「それで布オムツにしたのですね」
『そうです。魔宝石回収の意味も有りますが、尿の量や大便の状態を確認することが、今彼女のお腹の中を確認する唯一の方法なのです』
「彼女の容態はどうなのですか?」
『熱は高いし意識も有りません。でも、口移しで水を与えると、自分で飲み込むようになりました。ですので、パンも2切れ、私が口でよく咀嚼してドロドロの粥状になったものを口移しで与えたら飲み込んでくれました』
「まぁ、何てうらやまけしからん・・・ゲフンゲフン。カノン様に毒が移ることは無いのですよね」
『彼女と唇的に接触したらすぐうがいをし、歯も磨いています。水や唾液は一方通行で私から彼女に与えるだけで、彼女から菌が移る可能性は低いと信じています』
「彼女が来て以来、私はカノン様から口付けを頂いておりません」
『あぁっ、コスモス!、まだダメです!!まだダメですぅ!!』
それから2人は運んでもらった湯を使い、体と髪を石鹸で丁寧に洗う。
自分に菌が付いていたら、愛する人に移してしまうのだと思うと丹念に洗わざるを得ない。
今日1日着た服も洗う。洗った後、コスモスの魔宝の力を借りて煮沸消毒をする。服は予備を含め3セット買っておいてよかったと思う。
(コスモスはコットとワンピースが3セット、カノンはコットとワンピースが2セットの他に、最初に着ていたロングTシャツ+ベスト+カーディガンで1セット)
手洗い所で、歯と、もう一度両手を石鹸で洗う。
今ある道具では、出来うる最上の滅菌処理をしているはずだ。
カノンは考える。
酒屋に強い蒸留酒が売っているかなぁ?、大腸菌ってアルコール消毒で対応が出来た記憶がある。入手できればアネモネの傷の消毒に使えるだろう。
明日はコスモスの革靴と2人の旅行カバンが出来上がる日だ。
ボクは看病があるので外出できないので、商品を受取った帰りに、コスモスに酒屋を見てきてもらおう。
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身支度を整え、2人で1つのベッドに寝る。
万が一に備え、コスモスのローブはアネモネから回収して自分達にかける。
その代わり、『防岩のベスト』をコットの上からアネモネに着させる。内臓を毒から守ってくれることを期待する。
「あぁ、カノン様、ようやく口付けを頂けます」
『コスモス、万が一菌が移るといけないので、私の唇を口で吸ってはいけません。触れるだけです』
「そんなぁ、カノン様っ、チュッ!」
『あぁ、ダメです。私もアネモネに口移しで水を与える時、絶対に吸わない様気を付けているのですよ!』
「カノン様に移っていないなら、私に移るはずがありません、チュッ!」
『ダメです、口で吸ってはいけません!!』
「チュッ!チュッ!チュッ!」
『吸ってはいけません!!』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!」
『あぁん、舌も入れてはいけませんっ!!』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
『・・・うぅっ』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
『・・・ん』
「・・・はぁ・・はぁ」
『・・・んんん』
「・・・はぁ・・はぁ・・はぁ」
『・・・』
「・・・ふはぁ」
『・・・もう良いですか?』
「・・・」
『では、私はこれからアネモネに水を与えなければなりません』
「!!、チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
『あぁ、コスモスっ!、ダメです!、もう許してぇ・・・』
「チュッ!チュッ!ニュルッ!ニュルッ!ニュパニュパ!」
アネモネが水を飲める時間は、少しだけ遅くなってしまったのでした。




