第31話:レースのリボンと麻のマント
宿に戻ると、カノン様は早速イスに座って机の上で裁縫に取り掛かられます。
収穫した小麦を入れる大きな麻袋を裏返しにして袋の上半分を切り取り、そして切り口を折り返して纏り縫い。ここまでで1分です。神業の様な速さです。
前にも感じましたが、私の知る裁縫は、布に針をチクチクと1針1針縫って行く物ですが、カノン様のヤリ方は違うのです。
「はい、上糸と下糸を使い、布の上からチョンチョンと、つついて縫って行く方法です。私の世界ではミシンと言う道具があって、皆、この方法で縫っていました。一般の手縫いよりかなり速いです。ロックミシンだとスソ処理とかがもっと速いですよ」
あっと言う間に麻袋が、レースのリボンをふんだんにあしらった素敵なバッグに変身しました。
「これはトートバッグです。今まで使っていたショルダーバッグよりも沢山物が入れられます」
「物を入れるだけなら、新しく買われた旅行カバンが有るのではないでしょうか?」
「あぁ、それはですね」
カノン様が説明して下さります。
「魔宝石・魔宝具・財布など、価値の高いものはローブにある魔宝の内ポケットへ、着替えの衣装・布・薬・石鹸・乾燥ハーブ・岩塩など、何度も出し入れしないけど濡れたら困るものは旅行カバンへ、濡れてもよくて直ぐに出し入れ出来た方が便利なものはショルダーバッグやトートバッグにしまうのです」
「例えばどの様な時ですか?」
「旅の途中ですぐ食べる為のパンやチーズを買ったとします。そう言うとき、一々旅行カバンを背から下ろして、カバンを止めるベルトを外し、カバンにパンを入れて、ベルトを再び掛けて背負う、それよりもローブの内ポケットに折りたたんでしまっておいたバッグを取り出し、そちらに入れるほうが便利です」
「なる程、良く分かりました」
地図を手に入れた今、既にカイン様はカールスの町を出た先の事を視野に入れているようです。
「コスモス。あなたのローブと帽子を貸してください。『白銀の糸』と『聖銀の糸』を上糸と下糸に使い、魔宝陣などを刺繍します。そうすれば私のローブや帽子と同様、魔宝攻撃も剣の攻撃も弓矢の攻撃も、初手は問題なくかわせるようになるでしょう。これは私達にとっての最優先事項です」
カノン様が、凄い速さでローブに魔宝陣を縫い付けていきます。私は見ているだけですので、またカノン様に話しかけます。
「そう言えばカノン様。せっかくスカートを買われたのに、何故その下にズボンを履かれるのですか?」
珍しく、カノン様は裁縫の手を止めて、真っ赤な顔をして私を見て言いました。
「コスモス、ソレを風の魔宝使いでもある貴女が言うのですか?」
「どういう事でしょうか?」
意味が分からず問いかけると、カノン様は再びローブの刺繍に取り掛かりながらお答え下さいました。
「想像して御覧なさい。私がサイコ・キネシスで宙に浮いている姿、コスモスが飛翔魔宝で宙に浮いている姿・・・」
「はい」
「そして、たまたま居合わせた男性が、下から私達を見上げる姿を」
「!!」
必要です、絶対ズボンは必要です。
そんなおしゃべりをしながら、カノン様は私のローブと帽子を仕上げて下さりました。
灰色のローブと帽子に、あまり目立ちませんが輝く白銀の刺繍がびっしりと縫い付けられています。
「ためしに着て見て下さい」
「はい」
あ、服も帽子も私の体型に合わせ、大きさが変わりました。ぶかぶかだった帽子はピッタリに、ローブの袖は少し伸びて、指にはめた魔宝石が見られないように。
剣や魔宝だけでなく、雨や汚れも弾いてくれるというので、これからの旅にとても役立ってくれることでしょう、カノン様。ありがとう御座います。
カノン様は本当に当面は宿に篭られるそうです。
必要なものが出たときは、「それも社会勉強です」と、私がお使いに行くこととなりました。
離れていても、私達の目も耳も心も繋がっているので、私1人でも何とかなると思われます。
干し肉と野草のスープ、軽く暖めた虫という少し早めの昼食をとった後、カノン様はコットを取り出し、裏返しにしました。
「コスモス」
「はい」
「上半身の服を全て脱いでくれませんか」
「・・・あの、カノン様、・・・外はまだ明るいですが・・・はい」
「・・・??・・・違いますっ!、メジャーがないので、木綿ヒモと布の現物合わせでコット用の前身ごろを作るのです」
「前身ごろ、ですか?」
「そうです。服の前半分の事です。今回は、バストトップの保護、それと胸元が大きく開かないよう首元まで平ボタンで締められるように手直しします」
言われた通り、私はカノン様の前に貧相な胸をさらしました。胸の小さいのは今更なのですが、カノン様に見られて先っぽの方が反応してしまうのが恥ずかしいのです。
カノン様は機械的にアンダーとトップを紐の長さで計り、「うーん、AAAよりはAAか」と、何か呪文を唱えています。
そして、コットンの布を私の体にあてがい、およその当りを付けてスパスパ切っていきました。
コットの裏からカノン様が”右前身ごろ””左前身ごろ”を縫い付けて表に返した時、コットはソレまでとは全く違うデザインに生まれ変わっていました。
コットの下にもう一枚、平ボタンの付いたシャツを重ね着したかのような襟元の処理、バストトップが目立たないよう2重にされた胸当部は立体縫製になっていて、アンダーバストのラインから切り返してジャギーが入って少し絞られています。
すそはひざ丈まで短くされ、そこにも袖先や胸元と同様に、レースがあしらわれ布端処理されていました。
「コスモス。もう1度上半身を全部を脱いで、このコットを着て見てもらってもいいですか?」
「はい」
着てみると、田舎娘の下着ワンピだったものが、コットン生地の上品なワンピースに生まれ変わっていました。
くるりと体をまわすと、レースをあしらったスソがアンダーのラインからふわっと広がり、とても可愛いです。
「胸元が緩過ぎたりは、しませんか?」
「はい?」
「これから成長するで有ろう事を見込み、トップバストの寸法を2カップ程大きくして一応B位までは対応できるよう余裕を持たせてあります。アンダーも絞りすぎると胸が育った時に着るのが大変なので、そこも余裕をみて緩めにしてあります。切り返しのラインも少し低めになっていますが、胸が大きくなればアンダーのラインピッタリになるはずです。」
「今まで胸当ての付いた服を着たことがありませんので、きついも緩いもわかりません」
「そうですか、そうですよね。では、寸法調整が容易なビキニタイプのブラを後で試作するので、フィッティングはそちらで確認しましょう」
「そうなのですか?、良く分かりませんが、分かりました」
「今の状態で問題がなければ、残りのコット4枚、コスモスの分2枚と私の分2枚も同様のデザインにしようと思っています。大丈夫ですか?」
「はい」
カノン様用は胸当ては本来必要無いのですが、日光対策で、どうしても首元までしっかり絞められるデザインにしたかったようです。
コット5枚の手直しが済むと、今度はコットに魔宝糸で魔宝陣の刺繍をするのですが、その前に、私はカノン様からかぎ編み棒と細い木綿と羊毛の混紡糸を渡されました。
「コスモス、縫製品なら『結縁の針』があるので素早くできます。でも、編み物を速く仕上げることが私には出来ません。ですから編み物はコスモスの協力が必要になります。かぎ編棒だけでも、鎖編み、長編み、長長編み、ゴム編み、この位覚えれば靴下が編めますので、よろしくお願いしますね」
編み物をするなど、初めての経験です。
又1つ、カノン様に始めてを捧げてしまいました。
私が編み棒と糸を持ち、私の背中からカノン様が両腕を回して私の手を取り、まさに手取り足取り、編み方を教えてくださいます。
かぎ編みなら、簡単に覚えられるのだそうです。
「そう、最初は鎖編みで、自分のふくらはぎより少し細い位まで編んだら輪にして下さいね、そう、そうです。そこから足首までは長編みを。あ、段数は覚えておいて下さい、靴下の左右で寸法が違ってしまいます。かかとは長長編みを混ぜるので、その時は声を掛けて下さい。編む時の力の入れ具合は、なるべく均等にお願いしますね。目数が同じでも強く編みすぎると短くなります」
私が靴下を編んでいる間、カノン様はコットに魔宝糸で魔宝陣の刺繍です。
それもあっという間に済ませると、今度は私用のコットンの長ズボン3本、ご自分用に買われた長ズボン2本をバラバラに分解していました。
「どうなさったのですか?」
「はい。どうせズボンは体に密着するよう、ウエストから何から全て細めに仕立て直します。なら、分解して布の状態にした方が刺繍をするのが簡単なのです」
「なるほど」
「今日痛感しましたが、ユルユルのウエストを紐で絞って履くタイプのズボンだと、布の重なり部が肌にこすれてとても痛いのです。魔宝効果を出すためだけではなく着心地を良くする為にも、サイズ修正は必要です」
「なるほど」
(でも今日、シルクのスリムズボンを2本オーダーされましたよね?)
心の中で少し疑問に思うと
・・うぅ、シルクのズボンが仕上がるまでは、コットン製を履くのですぅ・・
テレパスを使ったお返事が来ます。
私はカノン様には何も隠し事ができないのですね。
程無くしてズボンも仕上がりました。これでようやく、カノン様からお借りしていた服を全てお返しできます。
私はカノン様に背を向けて全てを脱ぐと、念の為付けていたT字帯の布を午前様の”昼用”から、午後用の”ハンカチ”に取替え、コットンの長ズボンを履きます。
あ、お腹が冷えないよう配慮頂いたのか、かなりハイウエストになっています。腰ヒモと言うより腹ヒモと言った感じです。ウエストのサイド部分がタックになっているのでヒモで締めてもラインが崩れません。そしてレギンスほどではありませんが、太ももの形がすっかり見えてしまうのではと思う位の細身なシルエットです。
その上から、まるでドレスの様に仕立て直して頂いたコットを着ます。
胸部は立体縫製になっているし、あちこちにレースをあしらってあるし、胸元の4つ穴平ボタンを締めるととても下着代わりとは思えません。生成りでなく染色されていたら、このまま外出着に出来そうな位可愛いデザインです。
そして綿毛混紡のニットの靴下も履きます。今までは布靴でしたから気にしませんでしたが、革靴を履くには靴下が必要なのだそうです。
カノン様もおそろいのコットンのスリムズボン、おそろいのコット、おそろいの靴下をお召しになりました。
アンダーの所をジャギーで絞ってある為胸まわりの布に余裕ができるので、カノン様にも少しふくらみが有るかの様に見えてしまい、つい顔が赤らんでしまいます。
「コスモス、ちょっと立って全身の姿を見せて下さい」
「はい」
言われるままに、私はイスから立ち上がります。カノン様も立ち上がりました。
2人ともアンダーで切り替えしたひざ丈ワンピース、その下にはタイツとも見えるスリムタイプのズボン、それも耐魔・耐剣効果付きです。
「うーん」
カノン様が何か考えていらっしゃいます。
「ウエストにレースのリボンを入れてもう一段絞るともっと可愛いのだろうけど、下着代わりだから人に見せる事も無いでしょうし・・・」
「カノン様、紅花で染め上げれば、これはもう立派な外出着になります。暑い日はこれ1枚と言う事も考えられます。」
「いや、熱い日の上掛用としては、コスモスにはノースリーブの薄手の麻生地のワンピースを買ったでしょう?・・・」
「カノン様。私が、カノン様の可愛らしいコット姿を見たいのです」
「・・・は?、えぇと・・・はい、分かりました」
こうして5枚のコットには、ウエスト部に背中で結ぶタイプのレースのリボンが追加されました。
シルバーの絹のドレス(ロングTシャツ)をお召しの時の妖精の様なお美しさではなく、私と同じコットを召された時のカノン様には、可愛らしい人形の様なお美しさが御座います。
カノン様とおそろいの服を着ているというだけで、胸の先の辺りが色々なってしまうのですが、胸当ても付いてますし立体縫製ですので、もう何の心配も御座いません。
コットとスリムズボンの仕立て直しが済むと、今度はコットの上から着るワンピースに取り掛かられます。
これも一旦、前身ごろと後ろ見ごろに分解なされました。どのような体型の女性にもあうユニバーサルなデザインから、私の体のライン、カノン様の体のラインにあわせて絞り込んだデザインに変更するのだそうです。
分解したワンピースの各布片を大胆に削り取り、猛烈な勢いで魔宝糸で刺繍を施し、それを縫い合わせたらあら不思議。これも胸部が立体縫製で、ウエスト部が絞られたギャザーの付いた膝下丈のデザインワンピースに変身していました。
これに花飾りでもつけたらドレスの様に見えるかもしれません。
考えてみたら、1着1着カノン様が布地に戻るまで糸を解き、体のラインに合わせて仕立て上げているのですから、貴族様が着ているのと同じ1品物なのです。物が良くて当然なのです。
シルクのショールも2人分2枚とも、魔宝糸で刺繍をなされました。
ニットのショールはどうなさるのか聞くと、魔宝糸と細羊毛の混紡糸をまず作り、カギ編み棒で1目ずつ編み込むのだそうです。
それは割りと時間の掛かる作業らしいので、混紡糸ができたら1人が1枚ずつ、カノン様と2人で仲良く編む事になりました。
さ、そろそろ夕食の時間です。カノン様、一緒に1階の食堂に参りましょう。
今夜はローブを脱いで代わりにショールをまとい、カノン様と私の新しい服を宿のご主人にお披露目いたしましょうか。
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その日の夕方、カールスの町入り口にある共同の馬車置き場で、ギースはパンジーに尋ねた。
「これからどうするんだ。食事は?」
「旦那様から貨幣と言うものを頂いた。パン屋と言うところでパンと交換できるらしい」
「その麻袋の中には何が入っているんだ?」
「2本のナイフ、麻布、ヤギの胃袋、貨幣の入った皮袋」
「それだけか?」
「それだけ」
「・・・そうか、少し待て」
ギースは昨日パンジーと食べたチーズの塊の半分、ハムの塊の半分をナイフで切り出した。
「これは昨日2人で食べたチーズとハムだ。俺達が口を付けてしまったのでもう売り物にはならない。半分持って行け」
「・・・」
「いるのか、いらないのか?」
「それは”指示”か?」
「指示ではない。昨日一緒に美味い夕飯を食った仲間に聞いているんだ」
「・・・ありがとう。欲しい」
「よし、袋に入れておけ」
「うん」
そしてギースは小麦を運ぶ麻袋を1枚取り出すと、ナイフで裂いて1枚の布にした。
「こちらへ来い」
「うん」
ギースはパンジーの体を包むよう、麻袋を裂いた布をマントの様にかけてやり、首元に紐で留めた。
「この袋は収穫した小麦がこぼれないよう、目がしっかり編みこまれている。昨夜お前が使っていた麻布よりは暖かいはずだ」
「うん」
「では、付いて来い。パン屋でパンの買い方と、町の水場の使い方を教えてやる」
「うん」
「・・・約束通り、戦闘奴隷パンジーの事は全て忘れる」
「・・・」
「だが、一緒に飯を食ったパンジーの事は忘れないぞ」
「・・・」
日が沈む頃、カールスの町の共同井戸に2人の人間の姿があった。
中年男と麻布のマントを羽織った少女である。
井戸でつるべ水を汲み、ヤギの胃に水を貯めているパンジーに向かってギースが言った。
「なぁ、パンジー。抱きしめていいか?」
「・・・種付けしない?」
「しない」
「うん、なら抱きしめて良い」
夕暮れの水場、中年男と10を少し超えた少女が抱き合っている姿がそこにあった。




