第30話:地図
翌朝、私は習慣通りに日の出と共に目が覚めました。
カノン様は今までの野宿の疲れか、まだ目覚められておりません。
カノン様の手は私の背中へ、カノン様の足は私の足へ、そう、カノン様は私にしがみ付いて眠っておられます。
まだお会いして数日しか経って居ないのが信じられません、今まで毎晩ずっとカノン様に抱きしめられて寝てきたような、そのような懐かしささえ覚えてしまいます。
朝食は日の出の少し後で、と、宿の主人には言われております。
もう少し、このままカノン様の感触を楽しむ事にします。
カノン様の体と髪の毛からは、昨日の硬石鹸の香油の良い匂いがします。きっと私からもしていることでしょう。幸せな香りです。
おろしたてのコットと言う、コットン生地の柔らかな下着ワンピース、それもカノン様とおそろいです。つい気持ちが高ぶってしまうのですが、そうすると柔らかな生地の為胸の先が大きくなったのが目立ってしまい、カノン様にばれてしまいます。
もっともカノン様と私は心の一部が溶けて混ざり合っているので、そんな胸の先を見なくてもカノン様にはお見通しだと思いますが。
さて、カノン様が目を覚ます前に念のため昼用に着け直し、汚れた夜用と昨夜洗えなかったハンカチを洗ってしまいましょう。
石鹸液でよくもみ洗いし最後にビネガー液で濯いでから、魔宝で乾かしポーチにしまいます。
そうこうしているとカノン様が目を覚まされました。私は『ヤギの第5胃』を出してコップに水を注ぎ、口を濯いで洗い桶に吐き出してからカノン様の元に向かいます。朝の口付けを頂く為です。
「おはようコスモス。その水、ボクにも貰えませんか?」
カノン様は本当にお優しい方です。
御自分の口をつけた料理を私に分けることは勿論、このように私が口を付けたコップから水を飲む事も厭いません。
心を分け合っている私には、カノン様が本当にソレを当然の事と考えていらっしゃるのも通じてきます。
そんなカノン様の優しさが、嬉しくて、苦しいです。
カノン様が私を愛しいと感じて下さる限りは、2人のこの関係は揺るがないでしょう。
カノン様が私を愛しいと感じて下さる限りは。
カノン様は、コップ2個、昨夜作ったタオルを2枚、そして何でしょうコットンを細くきったヒモの様なものを2本もって、手洗い所に私を誘いました。
「どうなさるのですか?」
「顔と歯を洗うのです」
「歯、ですか?」
「はい、この細いコットンを人差し指に撒きつけ、歯の表、歯の裏、歯の噛み合わせをこすり、最後にコップの水でうがいをします」
「歯を洗わないとどうなるのですか?」
「コスモスは、歯を磨かないウシやヤギの口の臭いをかいだ事はありませんか?」
「!!」
そうだったのですか!?
私はカノン様に口付けをせがむたび、あのような臭いをさせていたのですか?!
大変です。今日から毎朝毎晩、歯を磨きこまなければなりません。
「ブタ毛の歯ブラシが雑貨屋に売ってないか、後で見に行きましょう」
カノン様は歯を磨くことに積極的です。やはり、私の口の匂いに問題があるようです。
この日の朝食は、ベーコンとエッグ、葉野菜のスープ、薄切りの雑穀パンとチーズ、そしてホットミルクです。
他の人の食事風景を見ると、木の匙でベーコンを押さえ、自前のナイフでベーコンを切って食べる人、ベーコンもエッグも手掴みで食べる人、切ったベーコンをパンに乗せて食べる人、様々です。
私は早速、昨日買っていただいたハンティングナイフでベーコンを切り、パンに乗せて頂きます。
カノン様は御自分の果物ナイフを出されると、パンとチーズを半分に切っておられます。
「コスモス」
「はい」
「申し訳ありませんが、パン半分とベーコンは、食べてもらえませんか?、残りはがんばってボクが食べます」
「はい、分かりました。カノン様の分、頂きます」
カノン様は本当に小食です。おそらく、私の半分位しかお召し上がりになりません。
体力には自信が無い、いつもカノン様が仰いますが、食事量から見てもその通りだと思います。
そのカノン様が、私の為に体力を削って何度も”ESP”を使って下さった事、私は一生忘れないでしょう。
カノン様がエッグを食べきるのに苦労している間に、大急ぎで朝食を終えた私は手洗い場に駆け込みます。
もちろん、カノン様に内緒で歯をもう一度磨き上げるのです。
===
今日は朝から買い物です。
宿を出るとき、「あと4日はお世話になります」と、今晩から4日分の宿代を前払いして、かさ張る荷物は宿においてショルダーバッグだけを持って出かけました。
私は昨日までカノン様に借りていた服の上に新しいローブを、カノン様は昨日までの服装に、新しく買ったコットンの長ズボンをはいています。
レギンスをカノン様にお返しし、私がコットンの長ズボンを履くと申し出たのですが、カノン様に反対されました。
「コスモス、私は『魔宝師のローブ』を着ているので、魔宝攻撃も剣の攻撃も弓矢の攻撃も、初手は問題なくかわせます。でも、あなたのローブは違います。追っ手が居るかも知れない状況で、魔宝の加護のない服を着せるわけにはいきません」
あぁ、カノン様は本当に私の事を考えて下さっているのです。
嬉しすぎて、少しだけ怖くなります。もしカノン様の愛情を失ったと想像すると、それだけで恐ろしくなってしまうのです。
カバン屋では、カノン様用に中型の旅行カバン、私用にやや大型の旅行カバンを購入しました。
カノン様は値段より、重さと水がしみこまないか、それを基準に選んだようです。
旅行カバンは本来馬車での移動用に作られており、取っ手は付いていますが背負うことは出来ません。
このままでは徒歩での旅には不向きだと考えていると、カノン様が私の口を使って店主様と交渉に入られました。
「カバンの口が不用意に開かぬよう、カバン全体をまとめる革製ベルトの様な物はありますか?」
「はい、御座います」
「では、1つのカバンに2本の革製のベルトを付け、そのベルトに革製の背負いヒモを取り付け、カバンを背負えるようにする事はできますか?」
「は、はい。可能で御座いますが、若干のお時間と費用を別途頂く事になってしまいます」
「分かりました。カバンと併せ、費用は前金でお支払いいたします。4日後に伺いますので、出来ればその時までにお願い致します」
「か、かしこまりました」
カバンは4日後、背負いヒモと一緒に受取ることにして、次の店、帽子屋に向かいます。
帽子屋では少しだけ時間がかかりました。
店には、紳士用のいわゆるハット、狩猟用のハンチング、そして淑女用の飾りのついた日除け帽しかなかったからです。
確かに、一般の農民・農奴等は麦わらで編んだ帽子をかぶるので、仕立てられた帽子と言うのは高級品の部類に属するのでしょう。
カノン様は『魔女のとんがり帽子』に拘りがあるようで、倉庫の奥に眠っていた、私の頭には少々大きめの灰色のとんがり帽子を見つけ、ようやく納得してソレを購入致しました。
「耐魔・耐剣効果だけでなく防水効果も持たせる為、どうせふんだんに魔宝糸を帽子に使います。魔宝糸の効果で勝手に持ち主の体に合わせた寸法になりますよ。ローブとおそろいの色が買えてよかったです」
次は昨日の雑貨屋です。
雑貨屋で歯ブラシが有ると言うので見せてもらいました。木の棒の先端を2つに割ってそこにブタ毛を挟み、糸で縛って仕上げてあります。しかしブラシ部が大きすぎ、とてもカノン様のお口に入るとは思えません。
カノン様は少し考えてから、結局1本買われました。
「ヘッドが大きすぎますし、毛も長すぎます。コレを分解して使いやすい大きさの歯ブラシを作りましょう。多分、4~5本分位のブタ毛が有るのではないでしょうか」
コスモス様は、色々工夫してお作りになるのを好まれるようです。
私の口を使ってコスモス様が交渉されます。
「蜜蝋はありますか?」
「あいよ、ワックスは要るかね?」
「ではワックスも。ふた付きの広口の小壷も有れば4個下さい」
この雑貨屋は、無いものは無いのではと思えるほど、カノン様の欲しがる物が揃っているようです。
「紅花か黄花はありますか?」
「今はインディゴしかないなぁ」
「青染めは、あまり好みではありません。4日後位に又来ますので、それまでに花の入荷があるようなら1カゴ残して置いてください」
「あいよ」
「編み棒とかありますか?」
「あるよ」
「では、太さが中くらいの編み棒を4本と、細めのカギ編み棒を2本下さい」
「あいよ」
「・・・それと、この国の地図を、外国人のカノン様に売ってもらえますか?」
「地図は売れん、公式な地図はな。だが地図を写した羊皮紙を、この国の人間である通訳のあんたに売っても何も問題はない」
「ありがとう御座います」
色々と抜け道はあるようです。
そして白銀の糸を1巻き、追加で購入されました。あわせて、木綿の長いヒモ、2段つなぎで長く出来る杖も2本、買われました。
「これから服屋に行って、再び布を購入します。その布に白銀の糸をあつらえば、魔宝には無力ですが水をはじける布ができます。それを使って布製の小さな家、私の世界ではテントとかツエルトと呼んでいましたが、ソレを作ると野宿が楽になります」
===
その後、服屋でコットンとシルクの布地も追加で購入なさいました。
カノン様は半日履いてこりたのか、丈夫なのが取り得だけど繊維が太目で肌に厳しい子供用コットン長ズボンをあきらめ、シルク製のスリムサイズの長ズボンも2本オーダーなさいました。
薬屋では、包帯と言う長い帯状の物、傷や火傷に効くと言う薬草の葉、腹下しに効くという木の皮、そして婦人用だという紐の付いた布の塊を幾つか、その他にも岩塩や乾燥ハーブなど、着々と旅支度を整えたので御座いました。




