第29話:死神
行商人ギースはそわそわしていた。先ほどから御者台の隣に座る少女から、腰に響くような甘い好い匂いがしてきているからだ。
水場で体を洗わせた時は気がつかなかった。洗い終わって服を着せた時は、服の匂いにごまかされて気が付かなかった。
でも今は違う。
この少女の汗の匂いがギースに届き、それはとても甘く官能的な薫りに感じられるのだった。
少女に目をやると、相変わらずギースには関心を示さず、森の前方、左右、そして時折上空に目を配るだけだった。
「おい、お前。パンジー」
「はい」
「何か探しているのか?、俺が見つけてやろうか?」
「旦那様から、その件は内密にせよと言われております」
「そ、そうか」
思わず奴隷少女の機嫌を取ろうとしていた自分の行動に気が付き、ギースは心の中で自分を叱咤する。
いったい、俺は何をしているんだ。
奴隷にこびて、どうするつもりだったんだ。
どうせ今夜、あの休憩所でヤルんだ。
いや、パンジーに”指示”をだして、奉仕させるんだ。
奴隷の気持ちがどうであろうが、何の問題も無いではないか。
馬車は当に2つ目の水場を過ぎている。
今夜の宿、村と町の中間地点にある休憩所まであと少しだ。
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夕方、休憩所に付くと、ギースは馬車から馬を外し、厩舎に留めた。
パンジーに指示を出し、馬に飼葉と水を与えさせる。
この辺りは広葉樹の森が深いため、オルフやベアが出る危険性が高い。
だから風の弱い日には、小屋の前の金籠に大量に薪をくべ、一晩中かがり火を絶やさないようにする。
(風の強い日は、動物より山火事が怖いので火は屋内だけにする)
「おい、パンジー」
「はい」
「この辺りは肉食獣が出るため、一晩中かがり火を絶やせない。太陽が落ちる前に、なるべく太目の薪を集めて来い。俺も集める」
「はい」
パンジーを薪拾いに行かせている間、ギースはまず針葉樹の枯葉と細い枝を拾い集めて、火口箱を使って釜戸の中に種火を起こす。暗くなってからだと種火を起こすのも大変だからだ。
種火が育ったら、釜戸にくべる分の薪を集めに行く。
パンジーの集めた薪は、全て金籠にくべてかがり火とし、動物よけに使うつもりだ。
森を何度か往復したのか、日が落ちる頃にはパンジーは充分な薪を集めていた。
まず、その半分を鉄籠に移し、種火を運んでかがり火を起こした。
空を見上げると星がきれいだ。今夜も、風や雨の心配は無さそうだ。
釜戸に置いたナベに水と轢いた大麦をいれ、カユを作る。
カユが出来る前に、馬に塩を与えておこう。
岩塩の棚を見る。あれ?まだ5個残っていたと思ったが4個しかない。気のせいか?まぁ、いい。
岩塩を1かけら手に取り、ナイフで削って手に塩を乗せる。
その手を口元に近づけると、馬はうまそうに塩を舐めた。
その様子を、少女がじっと見ている。
「なんだ、パンジー。欲しいのか?」
少女は何も言わない。
「パンジー、これは”指示だ”。塩が欲しいか欲しくないか、声に出して言え」
「ほ、欲しいです」
少女が珍しく、ためらいがちに答える。
その反応にギースは気をよくする。
「待ってろ、まず、馬が先だ」
その返答から塩をもらえる事を確信した少女の顔が、かがり火に照らされて、ぱぁっと明るくなった。
馬のよだれで濡れた手で岩塩を持つわけには行かない。岩塩が痛んでしまう。馬に塩を与えた後、ギースは桶で手を洗い、布で手のしずくをふき取った。
岩塩を左手に持ち、右手のナイフで削って左の手のひらに塩のかけらを落とす。
岩塩を塩の棚に戻し、ほら、と左手を少女に突き出した。
ギースはてっきり、少女が自分の手から、塩を一粒一粒つまみ上げて食べるものだと思っていた。が、違った。
少女は馬と同じく、ギースの手のひらに唇を寄せると、塩を舌で舐め出したのだ。
ぺろり、ぺろぺろ・・・少女の舌は丹念にギースの手のひらを舐めまくり、指と指の間に舌の先を滑り込ませてそこの塩も舐め取ろうとした。
ギースは自分の手のひらが性感帯であったことを、今日、この時、初めて知った。
”飯を食ったら、絶対奉仕をさせてやる。”
塩を舐め終わった少女がギースの手から舌を離した時、ギースはそう決意した。
カユのナベを見る。どろどろとして、だいぶいい具合だ。
ここに味付けの岩塩、麦の匂い消しの香味野草、今日は特別なので村で仕入れたハムとチーズも刻んで入れる。
ナベから木の器に、木匙でカユを移して食べる。
うん、うまい。やっぱり、ハムとチーズは最高だぜ。
その様子を、少女がじっと見ている。
「なんだ、パンジー。欲しいのか?」
少女は何も言わない。
「パンジー、これは”指示だ”。カユが欲しいか欲しくないか、声に出して言え」
「ほ、欲しいです」
少女は今度も、ためらいがちに答える。
その反応にギースは気をよくする。
「まってろ」
木を削りだして作られたマグカップにカユを注ぎ、小さめの木の匙を添えて少女に渡す。
「熱いから注意しろよ」
「ありがとう御座います」
外のかがり火は、まだ煌々と燃えている。薪の追加はまだ先でいいだろう。
小屋の中、釜戸の火を2人で囲みながらカユを食べる。
ここには、明日すぐ出発できるよう、馬車からは最低限の物しか持ってきていない。
桶、タオル、毛布、今夜の食材、ナイフ、ナベ、食器、火口箱、それと少女と、少女の麻袋、それだけだ。
粗末な小屋、粗末な道具に囲まれ、それでも隣に少女がいることで、ギースは妙に幸せを感じていた。
安い麦カユを食わせて、女に礼を言われたのは初めてだったのだ。
少女は見たところ小食のようだ、一緒に行商に連れて回っても、食費は大した事有るまい。
道中、御者台の隣に少女が座っている、食事時に隣に少女がいる、少女の舌がギースの手のひらを舐める、時折水場で裸の少女を洗ってやる、ギースにとってそれはとても幸せな未来予想図に思えた。
自由市民の自分が、奴隷を開放して愛妾にするのも悪くはないだろう。娼館や公衆浴場へ通うのも、そろそろ潮時かもしれぬ。
だからこそ、今夜ここで少女を自分の物にしなければならない。
暖かいカユで、体も温まった。
釜戸の火で、部屋の温度も上がった。
夜とは言え、毛布もある。服を縫いでも寒くないだろう。
「パンジー」
「はい」
「カユは美味かったか?」
「はい」
パンジーが愛らしい顔でにっこり微笑んだ。
ギースはもう決めていた、この少女を自分の物にするしかないと。
「パンジー」
「はい」
「シャツを脱げ」
「それは”指示”ですか?」
「そうだ」
「はい、分かりました」
パンジーが上半身をさらけ出した。
釜戸の炎の灯り、開けた木窓から差し込むかがり火の灯り、その光が、パンジーの裸の上半身に美しい陰影を与えていた。
やはり、ふくらみはまだとても小さい。でも、その先端は確かに隆起し、男の物とは明らかに違う形を見せている。
昼見た時はがっかりしたが、今はそのささやかなふくらみさえ愛おしく思える。
「パンジー」
「はい」
「腰ヒモを解いてズボンを脱げ」
「はい」
ついに、パンジーの体を覆うものは全て取り去られた。
ギースは最初、自分の服はパンジーに脱がせさせるつもりであったが、そう言う事はもっと親密になってからにしようと、考えを変える。
イソイソと自分も全裸になり、毛布に包まった。
「パンジー」
「はい」
「こちらに来て、一緒に毛布に包まれ」
「それは”指示”ですか?」
「そうだ」
「はい、分かりました」
裸のパンジーが、裸のギースの包まる毛布の中に入ってきた。
もう逃がさない。
「あぁ、パンジー。お前は可愛い」
パンジーの耳元で囁いて、ギースはその手をパンジーの胸に伸ばす。
パンジーは体をピンと伸ばしたまま、じっとしている。
胸を、もむ、と言うよりさする、なでる、そして摘む。
パンジーは抵抗せず、じっとしている。
ギースの手がパンジーの胸を離れ、ヘソを通過し、更に体の下の方まで伸ばされた時、パンジーの腕がギースの手首をつかんだ。
掴れたギースの手首に激痛が走る。
「ぐぅわぁーーー!!!!」
痛さにギースが悲鳴を上げる。
その瞬間にパンジーは毛布を飛び出し、麻袋から2本の短剣を取り出して構えていた。
右手の短剣からは黄色のオーラが、左手の短剣からは赤いオーラが立ち上っている。
かがり火の炎を逆光に全裸で立つ少女、その両の手には紛う事無き魔剣が2振り。その姿はまるで、大鎌を構えた死神のようであった。
「”種付けするヤツは短剣で処分することを許可する”それが旦那様の最優先命令」
ギースは心底おびえ混乱していた。
処分、処分と言ったぞ、パンジーが!?
俺はパンジーに処分されるのか!??
処分って何だ!??
処分って!?
「あなたは私に塩とカユをくれた。出来れば処分したくない」
「し、しょ、処分って何なのだ!??」
「ブタを処分する、ウシを処分する、こう言う言葉を使った事はないか?」
ギースが考える処分と、少女が考える処分に認識の食い違いが無い事を確認して、今度こそギースは腰を抜かした。
「お、俺をどうする気だ」
「あなたは私に塩とカユをくれた。出来れば処分したくない」
少女は全裸のまま、同じセリフを繰り返した。
「お、俺はどうすればいいんだ?」
「このまま何も無く今晩を過ごし、約束通り、明日私をカールスの町まで運ぶ。そして」
「そして?」
「戦闘奴隷パンジーの名前を忘れる。・・・お願い・・・します」
「・・・あ、あぁ、良く分かった」
戦闘奴隷の中には、幼少の頃から人殺しの技術だけを叩き込まれたヤツが居る。と、言う噂話位はギースも知っている。そして、その噂話は珍しく本当の事であったのだと、ギースは己の持つ生存本能で理解した。
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その晩、パンジーは麻布に包まり小屋で、ギースは自分の馬車の荷台で毛布に包まり夜を過ごした。
日の出と共に出発した馬車は、町へは下り道だった事も手伝い、翌日の夕方よりはよほど早く、カールスの町に到着したのだった。




