第25話:服
宿はあっさりと決まった。
宝石商の店を出て、広い通りを少し進むといい匂いを出している店があったのだ。確認してみると1階は食堂、2階は宿屋を営んでいる。
昼食時が過ぎて手が開いている事も手伝ってか、宿の店主は色々丁寧に答えてくれた。
まぁ、宿をココに決めたのは店主の人柄が一番の理由だ。
「女2人?、あぁ、いいよ。今晩の夕食と明日の朝食込みで、2人で銀貨10枚。それとは別に、ツボ代が2人で銅貨20枚、桶代が2人で銅貨20枚だ。前金で頼むよ」
金貨1枚を出すと、店主は一旦それを大銀貨10枚に両替した。
「すまんな、計算がよくできないんだ。一つずつ頼む」
まずは宿代として大銀貨1枚を払う。どうやらコレが銀貨10枚に相当するようだ。
次に大銀貨1枚を渡すと、店主はそれを銀貨10枚に両替した。
銀貨1枚を渡すと、こんどはそれを大銅貨10枚に両替した。
これでようやく、ツボ代、桶代を支払える。
大銅貨を1枚、2枚、3枚、4枚と数えて渡す。
店主は「はい確かに受取った」といって、木の板にナイフで傷をつけた。
「あぁ、この板は今日の宿代の支払いの記録だ。あんたらの部屋は2階の2番目、202号室だ。この木の板の202の所に3つ傷をつけた。宿代、ツボ代、桶代、すべて支払い完了って事だ」
(カノン様、簡単な数字なら私も読めます)
コスモスがテレパスで話しかけてくる。部屋番号くらいは読めると言う事か。
「お嬢さん2人なら、夕飯は日が完全に落ちる前に食べた方がいいな。うちの店、かがり火を焚く時間になると、酔っ払いが増えるからな。あと夜、部屋に灯りが欲しければ、獣油が1皿銅貨10枚だ」
部屋の鍵を受取り、202号室へ向かう。中はベッドが2つ、テーブルが1つ、イスが2つ。
それと空の洗い桶が2つ。直径は1mは無いだろう、高さは30cm程。
コレに湯を張ったら、ボクには重くて動かせないと思うが、夜になったら湯を宿の人が運んでくれ、朝食の時間に片付けに来てくれるという。桶代を払った甲斐がある。
今夜から洗い桶で湯浴みが出来て、ベッドで眠ることが出来るんだ。かなり幸せな気分だ。
・・・でもその前に。
コスモスにお願いして、ベッドとシーツを熱風消毒してもらった。これで安心して眠れる。部屋の灯りはコスモスの魔宝を当てにできるので、貰わないことにする。
テーブルの向かい合わせにコスモスと2人、イスに座る。
「ねぇ、コスモス」
「はい、カノン様」
「夕飯にはまだ早いから、街で買い物をしたいのだけど、大丈夫でしょうか?」
「平気で御座います」
「なら、ショルダーバッグの中身を全部、桶に移して、買い物に出かけましょう」
「はい、カノン様」
===
まず最初に服屋に向かう。服もそうだけど、『聖銀の糸』や布地を是非手に入れたかったからだ。
「ねぇ、コスモス」
「はい、カノン様」
「服屋で私用とコスモス用の品を買います」
「はい」
「コスモスは、私の買う服に一切反論しない事。私の選ぶ服を着る事。分かりましたか?」
「はい、カノン様」
「では、店に入ります」
コスモスと手を繋ぎ、服屋に入った。
店には客の姿が見えない。これならしっかり説明してもらうことが出来そうだ。
本当は女性店員がいれば有難かったのだが店主と思しき男性が居るだけだった、致し方無い。
「こんにちわ。こちらは異国の遊学生カノン・トーゴー様、私は通訳のコスモスです。カイン王国の衣装が分からないので服を買えません。説明をお願いしてもよろしいですか?」
「いらっしゃいませ、カノン様。どのようなお品をお求めですか?」
「はい、通訳の私用の服を上から下までそろえて3セット、カノン様用を上から下までそろえて2セット、とりあえずコレだけ最初に選びたいです」
(カノン様を差し置き、私の服を3セットも不要です)
・・私の買う服に一切反論しない事、そう言ったはずです・・
店主の気付かぬ所で、小さな言い争いをテレパシーで繰り広げる。
「カノン様、この国の女性は一般的に、このようなコットン生地の長袖で、くるぶし丈のゆったりしたワンピース様の服、コットと言いますが、これを下着に着ます。その上から少し生地の厚いスソが地面を擦る長さのワンピースを重ね着します」
店主はボク等を見て続ける。
「下着用のコットは、基本はコットン地だけです。シルクなど他の生地ですと割高な上、仕立て時間に5日程頂きます。重ね着用のワンピーススカートは、生地、色、デザイン共にある程度そろっています。コットもワンピースもウエスト周りがゆったり作られているので、どの様な体型の女性でも安心して着用できます」
コスモスと2人、まずは下着に着るというくるぶし丈ワンピース、コットを確認する。柔らかい生成りの生地だけど、これだと胸の先が目立ってしまうのではと気になる。それに首周りが大胆に開いている。デザインも全体的にダボッとして、まるでマタニティウエアみたいだ。
「首周りが広く開いていて、胸元が不安です。又、胸当て部分が補強されていないのも気になります」
「カノン様、貴族様用の仕立て品ならともかく、私共のような平民向けの品では、これが最高級です。又、首周りにバッグルボタンをつけたデザインですと、夜、寝るときに苦しいので、ボタン無しで脱ぎ着できるよう、首元が広く開いているのです」
そうか、この世界には2穴ボタンとか4穴ボタンとかの平ボタンが存在しないのか。
なら仕方ないな。既製品を買って、自分で手直ししよう。スソも長すぎるし。
「わかりました。通訳の私用の長袖コットを3枚、カノン様用の長袖コットを2枚お願いします。色は生成りだけですか?」
「はい、そうです」
仕方ない、自分で色も染めよう。
「では、まずはコットを5着お願いします」
「はい、かしこまりました」
子供用と思われるコットが3着、更にそれより一回り小さいサイズのコットが2着用意される。見た感じ、縦寸法は10cm刻みで用意されているようだから、多分コスモス用は140cm、ボク用は肩幅に合わせて130cmが用意されたのだろう。くるぶし丈とは言え、細い人が着たらすそを引きずるような長さはあるのだ。
コットの上に着る厚手生地のワンピースは、これは素材、色、デザイン違いのものが何着も店内につるされていた。とは言え、これもウエスト部分がダボッとしていてしまりが無い。エプロンか何かでウエストを絞って着るのがデフォルトらしい。様々な体型向けのサイズ展開は品数を増やさねば成らないので困難なので、万能サイズの服を売るのだろう。
それにどうせ140cmのコスモスと135cmのボクでは、子供用しか合うサイズは無かった訳だし。
コスモス用に長袖ワンピース1枚、半袖ワンピース1枚、袖なしワンピース1枚の計3枚、ボク用に長袖ワンピース1枚、半袖ワンピース1枚の計2枚、購入を決める。長袖はおそろいの厚手のコットンの薄紅色、半袖もおそろいの薄紫のシルク、ノースリーブは細い麻糸布の黄色、子供用の中から淡い色を選んだら消去法的にこうなった。
「タイツはありますか?」
「タイツですか!?、そちらは紳士の防寒着になりますが・・・」
無理言って、タイツの実物を見せてもらう。そしてボクとコスモスは真っ赤になってしまった。
ウールと言うかまるでキルトのような生地の、タイツ形状の衣類の股間には、木を削り出して作ったそそり立つ立派なカップが装備されていたのだ。
何故そんなカップをわざわざつけるのかなぁ?
生地自体に多少伸縮性があるからいらないよね?
あれ、もしかして要らないのはボクのが小さいからで、普通の男の人のは大きいのであんな凛々しいカップが必要なのか??
散々迷って、結局1枚タイツを買う。どうせサイズが合わないので自分で仕立て直すからカップの有無は気にしない事にした。
それから、子供用のコットンパンツ(長ズボンね)をコスモス用に3本、自分用に2本買う。
下着のコットは丈をひざ丈に、上着のワンピースはひざ下丈に自分で仕立て直すので、足が見えないようズボンが必要に成るのだ。
ショールもシルク製の品があった。シルクの薄紅のショールを2枚、ニットのラベンダー色のショールを2枚買う。太陽から首元を隠せる衣類がボクには必要だし、コスモスにショールをまとわせたら似合うだろう。
そして、コスモス用のローブも購入する。本当はおそろいの桜色が欲しかったのだが、コート類は汚れの目立たない色しかない。サイズ的に灰色のローブしか合うものが無かったので、それにした。
ローブは結構高かったのでコスモスが思いの外、購入を強固に反対した。
だが確か、ローブやコートって雨具も兼ねていたはずだ。だから、コスモスの分を購入しない選択肢はボクに存在しないのだ。
店主に、実は気になっていた下着(パンツの事ね)の有無を聞いてみる。腰巻の様なものは無いのかと尋ねると、ソレは膝まで泥や糞尿につかる奴隷がズボンの代わりに身に付けるもので、平民様はノーパンがデフォルトなのだそうだ。
パンツとコスモス用のスポブラは、自作するしか無さそうだ。そしていつまでもT字帯を使わせるのもアレなので、衛生帯もきちんと作らないと。
生地を買えるか尋ねたら、生成りのもので良ければ売ってくれるとの事。トイレ用のハギレとか、コスモスのアレ用とか、ダボッとした下着を絞るリボン用とか、色々用途も有りそうなのでワンピ2着作れる程のコットン生地も買う。
靴下は、驚いたことに全部縫製ではなく編み物だった。編み物は短時間で作る自信が無い。コスモス用6組、ボク用も6組買った。
糸も尋ねてみる。絹糸、木綿糸、羊毛糸は購入できるけれど、魔宝糸は扱ってない。
でも魔宝用品は雑貨屋で入手できると教えてもらった。
こう言う情報はありがたい。
===
値段は服と布と糸、全部で金貨2枚弱だった。
感覚として、銀貨1枚が日本円で1千円、大銀貨が1万円、金貨が10万円位か?
この店で衣類に20万弱使った計算になる。機械紡績が発明されるまで、布は案外高価な代物だったはずだと、無い知識を総動員して考える。
宿代が2人で銀貨10枚、その換算レートだと日本円で1万円だ。それほど食い違いは無いだろう。
ところで、実は一番聞きたかった女性用品がどこで入手できるのかは、男性店主に最後まで聞けなかった。




