第13話:手を繋いでください
朝もやの中目を覚ましたとき、ボクはコスモスを右腕で腕枕して、後ろから抱きしめる格好で寝ていた。
無意識に下半身をコスモスのお尻に押し付けた時、生まれて初めて感じた不思議な感覚がボクを驚かせた。
自分の下半身が、大きく固く腫れているのを感じた。
知識としては知っていた、これが男性特有の朝の生理現象なのだろう。
英雄の孫として生まれたボクは、その血脈を次世代に引き継ぐ事を義務とされ、幼い頃から許婚も決められていた。
子作りの具体的な方法は学ばなかったけれど、子を成す為の男性の生理学、女性の生理学については詳しく教育を受けてきた。
そんな環境で、自分は男性として未成熟なだけではなく、肉体的にも精神的にも不完全なのではと脅えてきた。男としての反応がほとんど無かったからだ。
ボクには大切な許婚がいた。
彼女と初めてのキスをした時も、やはりボクの肉体は反応しなかった。
彼女がまだ小6だった為かもしてない。
ボクが未成熟だったせいかむしれない。
あるいは、ボクが男として不完全だったからかもしれない。
許婚の唇に『誠実の刻印』をボクは刻んだ。それは強い精神的な繋がりをボク等2人に与えた。
刻印は誠実の証として、年若い許婚にボクがそれ以上の関係を強いない様そう言う機能を封印した。
そしてそれは、ボクにとってありがたい事でもあった。自分の未成熟・不完全を認めなくても済んだからだ。
おととい、コスモスの『戒め』が封印されたか確認のキスをした時も、ボクの体は反応しなかった。
許婚との『刻印』が、ソレを許さなかったのだと思う。
だが昨夜、コスモスの『刻印を上書き』した時、生まれて初めてコスモスの、女性の体に触れたいと強く思った。
コスモスの搾り出すような声が、ボクの体を熱くした。
コスモスの唇や舌や肌に、ずっとずっと触れていたいと思った。
成熟した男性なら誰でも知っているのであろう何らかの方法で、体の中の熱い何かを開放したいと強く願った。
そして今、ボクの下半身は熱くなっている。
しばらくじっとしていれば治まるのだろうか?
恥ずかしいので押し付けていたコスモスのお尻から自分の下半身を離す。正直言うと、かなり名残惜しい。
『刻印の上書き』の成功に興奮して寝付けなかったのか、コスモスはまだ起きる気配がない。
「んんん・・・」
その様な寝声をあげて、コスモスがボクの右腕に抱き付いてきた。控えめなふくらみが布越しにボクの右腕に押し付けられる。
今まで何度も直接見たり触れたりしてきたそのふくらみの感触が、治まりかけていたボクの下半身にまた火を入れてしまう。
困った。
幼い婚約者と交わした『誠実の刻印』は、今までボクの性的な反応を封じてきたのだろう。
そして昨夜の『刻印の上書き』は、コスモスがしっかり舌で応えてくれたおかげで、コスモスの『刻印』だけでなくボクの『刻印』も上書きしたのだと思う。
ずっと封じられてきた男としての機能が、コスモスによって解放されてしまった。
交配奴隷として育てられ、そこから逃げ出してきたコスモスの目には、今のボクの反応はどう映るだろう。
この世界の言葉が話せないボクはコスモスを失うわけにはいかないし、それ以上に見知らぬこの土地で一人で生きていける程ボクは強くないし、幼い婚約者に向けたのと同じ感情がコスモスをボクに惹きつけて放さない。
コスモスに嫌われるのは困る。
だから、コスモスの体にボクが反応していることは、コスモスに知られてはいけないのだ。
右腕に押し付けられるふくらみの感触が我慢できなくなる前に、ゆっくりと腕枕していた右腕を引き抜いた。
「xxxxx」
(おはよう御座います、カノン様)
触れ合った上半身からコスモスの声が届く。彼女を起こしてしまった。下半身が触れ合わないように注意する。
・・おはようございます、コスモス。体を起こし、ローブを返して下さい。私は席を外します。その間に昼用に交換し、焚き火を起こして下さい・・
(わかりました、カノン様)
ほてった体と心を静めるため少し散策して戻ると、既に焚き火が起きていた。
ボクは『強欲の胃袋』から水を出し、コスモスは最初に水を十分飲んで、そして夜の間に汚れた布を洗った。魔宝でそそくさと乾かしてポーチにしまう。
以前は治療行為にしか思えなかったこの一連の行動に性的な意味を見出してしまい、混乱する。
無節操に体が反応しそうになる、苦しい。
でもコスモスに知られる訳にはいかない。
焚き火の側に腰を下ろす。コスモスがボクの左に腰を下ろし、接触テレパスの為に身をすり寄せてくる、ドキドキする。
・・アスパラとユリネの半分を焼きましょう・・
(一度にそれだけ食べるのですか?)
・・雨が降って火を起こせないときの為に、多めに焼いておきましょう。生の方がおそらく長く保存できるので、焼くのは半分です・・
(分かりました)
ユリネとアスパラの朝食を取る。ユリネは多分でんぷん質でカロリーが高いと思う。ユリネ2つでお腹が膨れてしまった。多分コンビニおにぎり1個分位のカロリーはあると思う。
ボクが食べないとコスモスも食べようとしないので、コスモスには無理やりボクより多く食べさせる。
彼女の方が背が高いし体重も多い、それにボクの体は代謝が少なく必要とするカロリーが人より少ないのだ。ボクと同量の食事量ではコスモスが飢えてしまう。
火を通して余熱も取れたアスパラとユリネをネッカチーフに包みなおし、ボクとコスモスは街道に出てカールスの町を目指して歩き始める。
接触面積を増やすためだろう、昨日までと同様コスモスはボクの左腕に腕を絡ませる。コスモスの右のふくらみがボクの左腕に時々あたる。
ドキドキしてしまうし、体が反応してしまうし、更に接触テレパスでコスモスに伝わってしまうかもしれない。
昨日まで何でもなかった事が、なぜこんなに辛いのだろう。
・・コスモス・・
(はい、カノン様)
・・腕を組むのは止めて、手を繋いでください・・
(・・・はい)
コスモスの右腕が解かれ、手が繋がれた。
(ご迷惑だったのでしょうか?)
コスモスの心配そうな声が届く。
・・違います。動物に襲われた時など、とっさに動ける様にです・・
心の表層にさらりとウソを浮かべる。
才能が有るといってもテレパス初心者のコスモスでは、表層のその下は読み取らないであろう。
「コスモス」
ボクがテレパスではなく声で呼び掛ける。
(はい、カノン様)
コスモスが応える。
・・ボクはこの国の言葉や物事を覚えたいです。だから、なるべくゆっくり、短い言葉で、コスモスの知っている事を話して下さい・・
「xxxミス・カノン」
(はい、カノン様)
カールスの町を目指す道すがら、こうしてボクはコスモスからこの世界観と言葉を教わった。
ウルスド山脈の言い伝えの事、クーニエル村のライ麦畑の事、何日かに一度行商人がクーニエル村を訪れる事、ロイド男爵家で家畜としてヤギ・ブタ・ウシ・交配奴隷が飼われている事、カールスの町では市場があってそこでコスモスの母が売られた事、妹のパンジーがコスモスに替わって交配奴隷として種付けされるであろう事、等など・・
淡々と、淡々とコスモスは話した。
麦の収穫と、母の売却と、妹の種付けが同じ重みをもってコスモスの口と魂から語られた。
そんな話を聞きながらも、コスモスの手の柔らかさに心乱され、いったいボクはどうしてしまったのだろう?等とコスモスにばれぬよう心の深くで考えていた。
突然
「ミス・カノン」
コスモスが小さく、鋭く声を掛けた。
「ネーク」
(ネークです)
アレが家畜や人を襲うという生き物、ネークか。一言で言えば「大きなヘビ」だ、体長は3m位か?ボクの腕より太い。茂みを抜け、街道にその姿をさらしている。アイツが街道を渡り終わるまで前には進めそうにない。
(あの大きさなら多分オスです。メスはもっと大きく、太くなります)
・・はい・・
(カノン様)
・・はい・・
(食料です)
・・ !! ・・
(私が頭を炎で狙います、カノン様は首を狙って下さい。どちらも急所です)
・・分かりました・・
コスモスが繋いでいた手を離し、呪文を高速詠唱する。火の魔宝陣が浮かび上がる。
「xxxxx」
ボクがESPを発動する。
「サイコ・キネシス」
ヘビの首が切断されるのと、切断された頭が炭になるのは同時だった。
コスモスの魔宝はやはりすごい。
昨日の鳥の時は山火事に留意したのだろう、小さな炎で正確に風切羽を燃やして仕留め、延焼の恐れのない街道上の場合は、人をも襲うというネークの急所を一瞬で焼き払ったのだ。
その命中精度、魔宝強度の的確な制御、発動スピード、どこを取っても申し分ない。
(お見事です、カノン様)
コスモスがそっとボクの左腕に寄り添った。
(ネークを捌きますので、ナイフと水をお貸しください)
見事なのはコスモスの魔宝だと思いつつ、『絶縁の刃』を渡した。
コスモスはまるで巨大なウナギを捌くみたいに、腹開きにネークの腹にナイフを入れた。
血まみれの内臓を掻き出すと、ベリベリとネークの身から皮をはいだ。
やはりオスでしたね、ネークの生殖器を見てコスモスが言った。
そしてネークの身を30cm位のぶつ切りにした。
ネークのぶつ切りにビビッて役立たずのボクをおいて、コスモスはさっさと薪を集めて火を起こした。
(カノン様、水をお願いします)
コスモスに促されて水を出すと、コスモスは血まみれのネークの身を洗い、骨ごとネークの身に串を打って焚き火であぶり始めた。
(カノン様、もう一度水をお願いします)
コスモスははいだ皮の内側を炭であぶって血と脂を取り、皮を洗い始めた。
・・又、内臓と皮を食べるのですか?・・
大きなネークだ、ぶつ切り肉が10串も取れた、さすがに皮や内臓を食べなくてもと思っていると、コスモスから思ってもいなかった事を言われた。
(違います。2串は今食べて、残る8串は充分に乾燥させた後、この皮に包んで運びます)
そうか、ネーク皮の紐にするのか・・・ん・・ヘビ皮??
・・コスモス。ネーク皮とナイフを渡してもらえますか・・
(はい、カノン様)
まず、太い焚き木からコイン状のオハジキ見たいなものを削り出し、4つ穴を開ける。
ネーク皮を、寸法を考えて各パーツに切断する。
『結縁の針』と残り少なくなってきた『聖銀の糸』を取り出し、皮を縫い合わせる。
4つ穴ボタンをつければ、多少不恰好だがヘビ皮のショルダーバッグの出来上がりだ。
肉が焼ける頃には、ショルダーバッグは出来上がった。
恐る恐る食べたネークの肉は、鳥のササミ肉の様でおいしかった。
残りのネーク肉を焚き火で乾燥させている間に、ネッカチーフに包んでいたアスパラとユリネをショルダーバッグに移す。
これでネッカチーフを衣料として使える。
コスモスは帽子を持っていないので、ネッカチーフを頭からかぶるか首元に巻くか尋ねたら、まだ風が冷たいので首に巻きたいと言った。
コスモスの首にネッカチーフを巻いてあげる。あごの下で一回交差させたネカッチーフの端を広げて、V字ベストだから大胆に開いてしまっているコスモスの胸元を隠す。
ベストの下に広げたネッカチーフを入れる時どうしてもふくらみに触れてしまうが、なるべくがんばって気にしないようにした。
(カノン様)
焼いたネーク肉の荒熱を冷ましている時、ボクの左に寄り添って座ったコスモスがテレパスで話しかけてきた。
(畏れ多い話ですが、私はカノン様の指で触れて頂くと、とても幸せを感じます。カノン様のお体に触れている時も、とても幸せを感じます。昨夜『刻印の上書き』を頂いた時から、私はカノン様の物になったので御座います)
(しかし今朝から、私ごときにカノン様が遠慮成なされているのを感じます。そのようなお心使いは無用で御座います。カノン様に御奉仕させて下さい。それが今の私の幸せで御座います)
満たされた食欲と、触れたコスモスの柔らかい感触だけがボクの心を占めていた。




