第14話:塩
太陽はほぼ頭の上だった。ネークの肉で昼食を取り、コスモスと肩を寄せ合って座り触れた肩の感触を楽しんでいた時、遠くから何かの音が聞こえてきた。
見るとクーニエル村の方から馬車がやってくる。遠くてよく分からないが、以前見た牧草を積んだ馬車ではなく、ホロの付いた荷馬車の様に見える。
ボクだけならともかく、コスモスまで見つかるのはまずい。
コスモスが急いで荒熱の取れていないネークの干し肉をショルダーバッグに入れ、バッグを左肩にかける。生アスパラに熱が通ってしまい保存期間が短くなるだろうが止むを得まい。
ボクとコスモスは手を取りあい、下生えの少ない街道の左側、針葉樹中心の森の中へ入っていった。
きっと馬車からもボク等の姿は見えていたはずだ。距離が有ったし服も全部代えているのでコスモスだと断定はされていないと思うが、こうしてコソコソ森の中に逃げ込んでいるのだ。怪しまれてはいるだろう。
森の奥から隠れて街道を見ていると、馬車はボク等の焚き火跡の所でいったん止まった。
馬車はやはり、ホロ付きの物だった。
ホロの中から、前のようにナイフやムチを持った男たちが出てきてボク等を追いかけてくるのでは、とドキドキしながら見ていたが馬車から人は降りてこなかった。
馬車はやがて、カールスの町方面に向かって進んで行った。あれがコスモスの言っていた行商なのだろうか。
それにしても迂闊な事をしてしまった。
初めて感じたと言っていい性の欲求に戸惑い、冷静な判断を失っていた。
コスモスの安全を考えるのなら、往来のある街道上で肉を捌いて火を起こすなど、やっていい事では無かったのだ。
今まで睡眠時は街道を離れ、大きめの木の根元で眠っていた。
今後は食材の処理や食事なども、街道から隠れて行おう。
ネークの干し肉は硬そうだが、焼いたアスパラやユリネは充分行動食に成り得る。
経験は無いのだが、一日中歩き続けたりしてエネルギーを使いすぎ体内の糖分が切れると、電池が切れたように体に力が入らなく成るのだそうだ。
あぁ、ESPを使いすぎた時も似た様な症状になるので、行動中の糖分補給は注意しなければならないだろう。
歩きながらユリネをかじり、水分補給もまめに行おう。
それと塩分だ。カールスの町まで何日かかるか不明だが、汗をほとんど作れないボクはともかく、コスモスの脱ナトリウムは対策が必要だろう。
そういえば山鳥の処理のとき、コスモスは鳥の血を飲んでいた。
ボクが嫌がったのに気付いたのか、ネークの血は飲もうとしなかった。
血にどれだけ塩分があるのか知らないが、海岸線から遠い山岳地帯で血液は、金で塩を買えない奴隷にとって貴重な塩分の補給源だったのかもしれない。
考えれば考えるほど、性に振り回され、重要な案件から目を背けてしまっていた自分の愚かさに気付かされる。
かつて、幼い婚約者と交わした『誠実の刻印』はボクに心の幸せをくれた。婚約者の幼さの為か、刻印は、ボクの中にある体の幸せを封印した。
コスモスの刻印を上書きしたとき、ボクの刻印もコスモスによって上書きされた。
コスモスの『奴属の刻印』は上書きされ、精霊契約上コスモスの魂は自由になった。
ボクの『誠実の刻印』も上書きされ、封印されていた体の喜びと体の苦しみが戻ってきた。
コスモスに嫌われたくない。
だからこの感情は隠さなくてはいけない。
でも体力消費を抑えるためには、接触テレパスでの肉体接触は必須だろう。
ならば接触量は最小限にとどめよう。
ボクの理性が保てるように。ボクの心がコスモスに流れないように。
街道に出る前に、命に関わるのでまずは塩の入手について検討しよう。
コスモスの左手を握る。
・・コスモス・・
(はい)
・・動物が泥を舐めに来る場所を知りませんか?・・
(存じません。動物は泥を食べるのですか?)
・・泥に含まれる塩を舐めに来るのです。水とコスモスの魔宝があれば泥の中の塩を析出できたのですが、残念です・・
(塩が必要なのですか?)
・・はい、今のまま塩を取れないと最初にコスモスが、次に私が倒れるでしょう・・
(カールスの町への中間に休憩所があるらしいのですが、そこに馬車馬用の水場、飼葉、岩塩があるかもしれません)
・・休憩所はどこにあるか分かりますか・・
(先ほどの馬車は、日の出と共にクーニエル村を出たのだと思います。今は太陽は真上。馬車で半日の距離を、私達は1日半以上かけて歩いています)
コスモスが冷静に分析する。彼女は本当に頭がいい。
そういえばネークの肉の数も2串食べて残りは8串と暗算していた。
奴隷でも計算まで出来るのか、魔宝使い奴隷として必要な知識なのだろうか?
まぁいい、クーニエル村からカールスの町まで馬車で2日、なら休憩所は中間の位置、馬車で1日の距離にあるだろう。
つまりここからだと馬車で半日の距離、歩きだと1日半から2日の距離だ。つまり明日の夜か、明後日の日中には休憩所につける見込みが高い。
・・コスモス・・
(はい、カノン様)
・・私は席を外します。当て布を昼用から最初に使ったハンカチに交換して下さい。追われて走る事も考えられます。ズレないようT字帯できちんと止めて下さい・・
(はい、カノン様)
・・交換が済んだら私の名前を呼んで下さい。私はコスモスの声が大好きです・・
(あぁ、カノン様。分かりました)
ボクはコスモスに背を向け、更に森の奥に入る。針葉樹中心の街道左の森は下生えが少なく歩きやすい。
当て布は今3枚、夜用の大型のもの、昼用の小型のもの、そしてハンカチだ。闇夜で交換は難しいので日没から日の出までが夜用、日の出から天中までが昼用、天中から日没までがハンカチと言うローテになる。
昼夜の長さが同じとして、夜用12時間、昼用は各6時間だ。大丈夫なのだろうか。交換頻度が低く炎症等おきるようなら、最悪、詰め物の使用の検討しよう。
それと、ナベが欲しいな。
ナベが有れば硬くなった乾し肉も調理できるし、草木灰から灰汁を取って血液洗浄に使える。
そう言えば山鳥を焼いた後の焚き火に水を差して消した時、翌朝見たら鳥脂がゲル化していた。獣油からも石鹸とか作れるのかもしれない。
「ミス・カノン」
ボクを呼ぶコスモスの声が森に響いた。
「コスモス」
ボクも声で返す。
互いの名前が、今、2人にできる唯一の音声コミュニケーションだ。
『強欲の胃袋』でコスモスに水を与える。
コスモスが汚れた昼用を洗い、魔宝で乾燥させ、ポーチにしまう。
『強欲の胃袋』をローブの左内ポケット『心臓の扉』にしまう。
コスモスがショルダーバッグを肩に掛け、出発準備が整う。
ボク達は手を繋いで歩き出した、まずは中間地点にあるという休憩所を目指して。




