第8話 環状商業地区警察署での取り調べ
俺がエンジェル・ガーデンの玄関から歩み出ると、嬉しくない歓迎を受けることとなった。
3体の二足歩行ロボットに機銃を向けて包囲され、その背後では合計十数人の警官が拳銃を構えている。
「やれやれ……。これは素直に帰れそうにないな」
予想しなかったわけではない。
中流層の人が大勢いる環状商業地区で、人を締め出して銃撃戦をしたんだからな。
運よくすんなり出られたらいいなと希望的観測を持っていたが現実はそうは甘くは無かったようだ。
「武器を捨てて両手を頭の上に上げろ!
おかしな動きはするな!」
「エイドロン・ハンターだ。
仕事を今終えただけだ」
警官達は銃を向けたままだ。
「もう一度言う!
武器を捨てて両手を頭の上に上げろ!」
俺は片手を頭の上に上げ、片手でゆっくりとコートを開き、ホルスターに収まったハンドガンを見せる。
そしてハンドガンには触れずにホルスターを外して地面に落とし、両手を上げた。
途端に2、3名の警官が走り寄って俺を取り囲む。
***
俺が連行されたのは環状商業地区を統括する警察署だ。
レイヤー1、つまりエンジェルガーデンより2層下で丁度ドーナツ型のメガビルの反対側にある。
真っ白の壁で囲まれた小さな取調室で、ガラの悪そうな刑事とその部下から聴取を受けていた。
鮫島と名乗った刑事は再び同じ質問を繰り返す。
「監視カメラとHPTの記録では、お前はメガ・ライオネル・メガビルディングに今朝行ってたよな?
何しに行ったんだ?」
「だから言っただろう。
仕事の依頼を受けて人に会いに行ったんだ」
「ほぅ?
誰に会いに行ったんだ?」
「しつこいな。
守秘義務があって言えない」
鮫島刑事の目がいやらしく光る。
「そうかぁ――、人に会ったか。
5Fのエントランスの警備員の記録と証言では、お前はしばらく外で壁を背にして立ち尽くした後、何もせずに帰ったそうだが?
それと、お前はHPT内のシステムで八王子の元散田03までの経路検索して時間とルートを調べたよな?
ネクサス・ダイナミクスのデカいビル群があるところだ。
ネクサス・ダイナミクスと言えばAIプロダクトを扱う超大企業だよなぁ?
何の用があったんだ?
それと関係してるのか?」
「それが今回の事件と何の関係がある?
答える気は無い」
嫌な時代だ。
今のデジタル社会じゃ、プライバシーなんてものはもう死んでいる。
多分この刑事は俺が道中の喫茶で飲んだコーヒーとチョコレートワッフルまで把握してる。
こんな事実は知らずに生きてた方が幸せだというものだ。
「仕方がないなぁ、話を戻すか。
それで?
エンジェルガーデンの中で、6歳の男の子と籠って何をしてたんだ?」
「もう説明しただろう」
鮫島の隣に座る部下らしき若い刑事がPDAを手にしたまま口を挟んだ。
「もう一度聞きたいんですよ」
俺は仕事柄、こういう場所に世話になる事はよくあるし、彼らの意図も分かっている。
同じ質問を繰り返し、嘘をついている者なら1回目の供述と矛盾が出る。
そうやって被疑者の発言の信憑性を確かめているのだ。
「嘘は言ってないから何度聞いても同じだ。
俺はエイドロン・ハンターとしてEA駆除の依頼を受け、エンジェルガーデン内で出現したEAを駆除した。
りく君がその出現の中心となっていると判断し、あえて他の人から隔離したんだ」
「どうしてそこにいた市民を追い出したんだ?」
俺はため息をつき、金属椅子の背もたれに深く体重を預けた。
俺の背後にいた2体の警備ロボは俺の行動を不審な行為と検知し、駆動音を立てて即座に身構えた。
「ここの警察署はお茶も出ないのか?」
PDAを持つ警官が立とうとするが、鮫島刑事が手で制す。
「質問に応えろ。
反抗的な態度を取れば不利になるだけだぞ」
「EA出現の兆候があった。
俺としてもあんな場所でドンパチやりたくは無かったが、出ちまったからにはあの場でやるしか無かった。
EAからの被害を避ける為、そして銃撃に巻き込まれないようにするために人払いした。
それに俺のボディカメラ映像はあんた達も見ただろう。
俺はエイドロン・ハンターとして定められた手順を守っている。
一部始終をボディカメラ映像で撮影し、まず一般市民を危険から遠ざけた。
それを責められる筋合いはない」
「南川りくがその一番の危険地帯に残された事も問題だが……EAと激闘したんだって?
現場には何の痕跡も無かったぞ?
あったのは破壊されて破棄状態にされた保育ロボ1体と、床のクッションを突き抜けコンクリートまで破損させたこの銀の弾丸だけだ。
EAを駆除したっていうなら、EAの死体があるはずじゃないのか?」
「駆除されたEAはこの世から痕跡を残さずに消える。
生物じゃないからだ」
鮫島刑事は俺を見据えたまま部下のPDAを指さす。
「ボディカメラの映像を再生しろ」
「はい」
部下がPDAを操作すると壁面のホログラムディスプレイに俺のボディカメラ映像が再生された。
俺がその場にいた人々を追い払い、保育ロボに電子オルガンを移動させ、ハンドガンを抜いて乳児室のほうへ構える。
そして俺の視線はエアダクトへ素早く移動し、エアダクトのカバーが破壊されて地面に落ちる。
今度は反対のエアダクトのカバーが外れ、保育ロボのフォクシーが目の前でずたずたに切り裂かれ、パーツが剥がれ落ち、ショートして崩れ落ちる。
――そのどこにもEAの姿はない。
鮫島刑事は身を乗り出した。
「どこにもEAなど映っていないんだが?
俺も刑事だ、エイドロン・ハンターのライセンスの事は知っている。
EAに人が殺される映像も資料として見た事がある。
信じてねぇがな。
だがお前のボディカメラにはそんな物は一切映ってないんだよ。
お前が言うようなモンスターなどどこにも居ないんだ。
お前はただのホラ吹きで、ただの器物損壊と騒乱を起こして人々を恐怖に陥れただけの犯罪者だ」
「EAが録画映像に映ってないのは吉報だ。
完全に消滅したEAは録画映像からも消える。
あんたが過去に見た記録映像は、未解決のEA事案の映像だろう」
平然と答え続ける俺に、鮫島刑事はより威圧的な口調に変わる。
「ペラペラともっともらしい御託を並べやがって。
警察を舐めてるのか、てめぇ。
言っておくが俺は過去に一人、お前と同じエイドロン・ハンターを名乗る詐欺師をブタ箱にぶち込んでいる。
EAってのは都合のいい言い訳だよな?
何の形も残らねぇ、科学的な説明も付かねぇ。
俺はエイドロン・ハンターなんてライセンス認可の制度自体がとち狂ってるとしか思えねぇんだよ」
「制度の良し悪しはあんたが決めることじゃない。
それになぜそのハンターが詐欺師だったと分かった?
おそらく、そいつがパクられた後でもやっぱりそこでEAが出現して被害を広げた。
だからあんたは今、そのエイドロン・ハンターが詐欺師だと確信をもって言えるわけだ。
ひょっとして、あんた自身がそこで信じられない物を見たんじゃないのか?」
鮫島刑事は口を開きかけて押し黙り、一瞬だけ目が泳いだ。
だがすぐにその空気を変えるように音を立てて机を強打する。
ドンッ
机に置かれた情報端末や、押収品用ビニールに包まれた潰れたシルバーバレットが小さく跳ねる。
「質問しているのは俺だ!
よく聞け、その詐欺師の末路を教えてやろうか。
そいつはお前と同じく本物のライセンスを持って、魔法のシジルがいっぱい書かれたライフルを持ってたよ。
シジルって分かるか?
魔法陣だよ、子供のアニメに出てくる奴だ。
そして戦闘の演出の為に商店を目茶苦茶に破壊し、駆除成功したと騙ってあちこちで高額報酬を巻き上げ続けていた。
裁判では検察の主張が全面的に認められたよ。
今、そいつはメガフロートの刑務所で凶悪犯と一緒に生活している。
暴動に参加して懲罰を食らってさらに刑期が増えたとも聞いたなぁ――。
何があったかは知らねぇが、大人しくしてれば平穏に過ごせるほどあそこは甘くねぇって事だ。
今のお前もそいつと状況は同じだよなぁ!?」
ガチャッ
扉が開き、50代半ばの刑事が取調室に現れた。
「鮫島、もうそのくらいで良いだろう」
恐らく左のハーフミラーの裏側でやり取りをずっと見ていて、鮫島刑事の言動が脅迫じみて少し危いと止めに入ったのだろう。
彼の事はどこか見覚えがある。
たしか……霧島とかいう警官、いや、今の服装からして刑事か。
霧島刑事が鮫島刑事の隣に座ると、鮫島刑事は舌打ちして黙り込む。
霧島刑事はカムイの方を向き、薄く笑みを浮かべる。
「保護者の南川江利さんと、りく君から事情を聴きました。
りく君は実際に貴方の言うEAが保育ロボに襲い掛かった所も、貴方がそれを銃で撃って退治したところも目撃しています。
ボディカメラ映像の、物体の破壊とも整合性が取れている」
鮫島刑事は不服そうに霧島刑事を見る。
「し、しかし霧島さん! 6歳の子供の証言などで存在しないものを存在したことには出来ません」
「私は彼がライセンスだけの偽物ではない、本物のエイドロン・ハンターだという事を知っている。
部下が目の前で殺され、私自身が殺される寸前に彼に救われた。
まさに今、彼が持っていたハンドガンと銀の弾丸でね。
EAは存在するし、彼はそれをハント出来る」
「……」
「鮫島、鏡の向こうでは祖母をEAに殺され、自分もEAに狙われて殺されかけた6歳の子供が見ている。
その子の前で、助けてくれたヒーローを犯罪者扱いして虐める気か?
それにエイドロン・ハンターに関しては今は特殊な規定がある事は十分に分かっているだろう?
彼は問題なく条件を満たしている。
今回の行動について、それに基づく正当行為として処理する。
もうこの件は終了だ、釈放してやれ」
鮫島刑事は舌打ちする。
俺はほっとして霧島刑事の方を向いた。
「助かったよ、霧島さん」
「礼には及ばん。
……頑張れよ。
俺は少なくとも、そこに立っている2体の鉄くずよりはお前を信頼している」
霧島刑事は立ち上がり、取調室を後にする。
「じゃあな。
俺はこれから、上の連中に言い訳をしなきゃならんのでね」
***
カムイが取調室で事情聴取を受けている頃。
モニター室の一人の警官はネオ東京の3Dマップを拡大・縮小させながらカムイの行動履歴を細かくチェックしていた。
そしてしばらく沈黙し、周囲を伺いながら警視庁の別の事件のファイルを検索する。
――ネクサス・ダイナミクス社員失踪事件・調査ファイル。
警視庁の犯罪捜査用のAIに何かの条件を記載すると即座に一人の人物の情報が表示されていく。
――柳田 良治
――住所:新宿区ウェストエリア502セクター015、メガ・ライオネルF25 17号室
警官はカムイの事務所情報、事件のファイルを見比べ、一瞬透明アルミ越しにカムイを見る。
そして一通のメールをどこかに送信した。
薄暗いモニター室の中でそれに気付く者は一人もいない。




