第7話 託児所での小型EAとの死闘
俺とりくを除き、この託児所『エンジェル・ガーデン』の部屋内の子供も親も職員も慌てて外へと逃げ出した。
中に残されたのは俺とりく、そして狐頭と犬頭の着ぐるみ獣人型保育ロボだけだ。
保育ロボは毛むくじゃらの体に大きなエプロンを付けており、そこにはエンジェル・ガーデンの大きなロゴとロボの名前がひらがなで書かれている。
どうやらリボンをつけた狐頭の白い奴はフォクシー、茶色くて耳の垂れた犬頭のほうはビーグラと言うらしい。
この危機的状況で……まったく、場違いな道化ロボだ。
大人が子供にはこういうファンタジックな幻想を押し付けがちなのは昔から変わらない。
フォクシーはりくを見て駆け寄ると傍でしゃがみ、丸く大きな可愛い目でりくの顔を見上げる。
「りく君?
大丈夫?
どこも怪我はない?」
そしてビーグラは俺に駆け寄って尋ねる。
「貴方の行為は大変危険です。
その武器の携帯認可職業のライセンス提示と、銃器使用の理由の説明を要求します」
俺はコートの袖をまくって前腕部につけていたバンドを出すと、ホログラムのライセンスを見せる。
「バウンティハンター、ライセンス番号『097NT41017』、エイドロン・ハンターライセンスも紐付いているはずだ。
もうすぐこの近くにEAが出現する。
りくがそれに付け狙われている。
お前達には見えない。
りくを守る為、俺の指示に従え」
2体のロボットはライセンスを目視し、数秒沈黙後にキャラクターの声色を一般モードに変えた。
「ライセンス番号確認、バウンティハンター『カムイ』。
過去の公的実績を照会。
信頼度A。
状況の共有を求めます」
「優先プロトコル変更。
第一優先、保護対象『南川りく』のガード。
第二優先、ライセンス執行者への協力」
俺は大ホールを素早く見回した。
四角い20メート四方くらいの部屋で中央には子供のおもちゃが沢山詰まった高さ50センチほどのボックスが5つ、横一列に並んでいる。
部屋の各所に同じくらいの大きさのサイコロクッションが散乱。
部屋の壁の上部、2箇所に金属の網でふさがったエアダクト。
あとは透過アルミの壁を挟んで隣接する事務室、そこに隣接する乳児室。
とにかく視野を広く取って、死角からは距離を置きたい。
特にエアダクトからは離れたほうがいい、EAはああいう場所に潜んで不意打ちを食らわせる事がよくある。
俺は事務室を見渡せるように対角にある壁の隅っこ、エアダクトから離れた場所へりくの手を引いて移動した。
電子オルガンが置いてあるが、小型EAとの戦いでは相手が身を隠す障壁となる。
「フォクシー、この電子オルガンが邪魔だ。
むこうの角に移動させろ!
ビーグラ、この部屋と外を繋ぐ自動ドアをロックしろ。
無関係の人間が入ってきたら被害が増える」
「電子オルガンを移動させます」
「無線通信でテナントシステムへアクセス、エンジェル・ガーデン、メインホールゲートをロックします。
ロックを完了しました」
普通の壁で囲われている乳児室側の中が見えない。
「乳児室のドアも開放しっぱなしにしろ」
「メインホール、乳児室間のドアを解放します。
開放しました。
乳児室のLED照明に不調が発生しています。
機器故障の可能性あり」
ビーグラの無線操作で開かれたドアの向こう、乳児室は暗闇となっていた。
今の時代、太陽光の届かないメガビル内でLED電灯が消えたらそれは漆黒の闇を意味する。
時々ピンッ、ピンッとフラッシュで瞬くように室内が照らし出される。
そこにあるのはいくつか並ぶベビーベッド。
ピンッ
だが次の瞬きで、乳児室から猫ほどの大きさの不気味な生物が半身を出しているのが見えた。
悦子の証言通りに牙の並んだ横向きの口があり、体中に目玉がついている。
俺はりくを背後に移動させ、P99ナイトバースト・ハンドガンを両手で構えた。
銃口を乳児室とメインホールを繋ぐチョークポイント、開きっぱなしのドア部分へ向ける。
そして呟く。
「……シルバーバレットモード」
(シルバーバレットモード・レディ)
このハンドガンは2種類の弾薬をセットし、モードチェンジで切り替えが出来る。
普段は通常弾をセットしているが、EA相手にそれはまったく通用しない。
ピンッ
再び乳児室が闇に包まれる。
そして次の瞬間、物凄い勢いでそのEAは乳児室からメインホールへと走り出た。
おもちゃ箱の裏へと突進後、それに隠れて移動。
ガサガサッ、トタトタトタ
ネズミのような足音を立てながら俺から見て右の壁のエアダクトへジャンプし、金網を食いちぎって跳ねのけながらダクトに潜る。
千切れて枠ごと外れた金網は床に落ちて派手な音を立てた。
ガシャンッ!
ガタンッ!
この間、時間にして2秒くらいだろう。
俺は集中してハンドガンを構えていたが、あの素早さではとても人間の能力で狙って当てるのは困難だ。
想像以上の素早さだ。
あのエアダクトから次に現れた時、こちらに突進する奴に安全に撃てるのは1発目のみ。
2発目を撃つ時は既に接近されて良くて相打ち。
3発目を撃つ頃は既に俺かりく、もしくは両方が致命傷を負っているだろう。
EAは鋼鉄のプレートアーマーを着た人間相手でも平気で貫通して攻撃してくる。
りくが襲われた時に身を挺して守ったそうだが、悦子さんはよく生き延びたもんだ。
ん?
まてよ?
「ビーグラ、あのエアダクトはひょっとしてこの部屋の他のエアダクトに繋がっているのか?」
「はい。
エンジェル・ガーデンの全てのエアダクトは繋がっています」
つまり、左側の壁のエアダクトから出てくる可能性もあるという事だ。
あのスピード相手に向きを90度変えて狙って当てるなんて余裕など無い。
「フォクシー!
左の壁のエアダクト前2メートル先に立ってエアダクトに向かって威嚇しろ。
ビーグラ、お前は右の壁だ」
「目的の説明を要求します」
「エアダクトカバーの破損を確認。
監視カメラ映像をチェックしても何も無い状態から突然破壊されたように見えました。
EAが本当に存在している可能性を推定……」
「囮になって俺が銃弾を撃ち込む時間を稼げってことだ!
早くしろ!」
「「了解しました」」
2体の保育ロボはエアダクトの前に立つ。
こいつらロボットにはEAは見えないし、打撃を与える事も出来ない。
一方的に蹂躙されるだけの運命だ。
だが、知性を持たないタイプのEAはこいつらを完全に無視するといった知恵は回らない。
獰猛に……目の前の敵に襲い掛かる。
2体の保育ロボは両手を振り上げ、怒った顏をして口を大きく開きながらエアダクトに向かってキャラ声で彼らなりの威嚇を続ける。
「食べちゃうぞぉっ!」
「物を壊す悪い子はお尻ペンペンしちゃうぞぉ――!」
……まぁ、このEA相手なら通用するだろう。
十数秒間、保育ロボ達の奇妙なアピールが続く中、俺は右のエアダクト側、囮のビーグラにハンドガンを構えて待ち続けた。。
そして突如、左の壁のエアダクトカバーが割ける音が響く。
ギィィ! ガシャン!
カバーの網が食い破られ、EAはフォクシーに襲い掛かった。
右腕に食らいつき、鞭のように尻尾を振ってブレードのようになった先端をフォクシーの体中に叩きつける。
ガリリリッ
ガィンッ! キン! シャキン!
「異常事態発生!
右腕の制御ライン破損!
左腕上部に深い損傷!
左手首が分離・切断!
右太ももの骨格破損!
原因不明の破損が次々に発生!」
フォクシーは報告を続けながら次々と体中が切り刻まれ、パーツが脱落していく。
このタイプのEAは馬鹿とは言え、一度撃ち損じたら俺が遠隔攻撃を出来ることは学んで警戒するようになる。
確実に仕留める。
俺はフォクシーに食らい付いて暴れるEAに神経を研ぎ澄まして照準を定めた。
そしてトリガーを引く。
ドゴンッ!
50口径の火薬弾を撃つと反動はすさまじい。
だが、これくらいでなければ怪物共に打撃を与えられない。
グジャッ!
パシュゥゥ……
ピギャァァァ――!
命中はした。
EAの尻尾の付け根の口付近に。
血肉が飛んで大きくえぐれ、聖水の効果で傷口周辺が焼けただれて白く濃い煙が吹きあがっている。
だが仕留めてはいない。
EAは地面へと飛び降り、びっこを引くようにドタドタと走っておもちゃ箱の裏に隠れた。
「ちっ。
ビーグラ、こっちにきてりくをお前の体で覆って守れ!
EAが見えなくても、せめて俺がうち殺せるまでの時間稼ぎをしろ!」
「了解しました。
南川りくをガードします。
りく君、そこでしゃがんでね。
大丈夫だからね」
ビーグラはりくに走り寄り、彼を壁際でしゃがませるとその前で両手を広げて立ちふさがった。
俺はハンドガンを構えたまま、EAが身を隠したおもちゃ箱の列に遠回りに近づく。
本来、近接戦闘タイプのEAにとってみれば自分から隠れ場所に近寄って来てくれる相手などいいカモだろう。
一発ケツに当てて、移動スピードは落ちてるだろうが依然リスクが高い。
あぁ、俺は内心焦っている。
EAの逃亡と駆除は違う。
駆除、つまりシルバーバレットで止めを刺せば、確実にEAを殺すことが出来、二度と出て来なくなる。
だがEAが逃亡、つまり透明化しての離脱を許してしまえば問題解決は先送りになり、回復を許す事になる。
俺はハンドガンを構えたまま、並んだおもちゃ箱の裏側へ踏み込んだ。
居ない。
逃亡はしてないはずだ。
こんなに素早く消えることは無い。
じゃぁどこに行った?
サイコロクッションの陰か?
俺はおもちゃ箱の列の裏側を周囲を警戒し、銃口をあちこちに向けながら歩く。
ガチャッ、ガタタッ
おもちゃ箱から音がした。
俺が振り向くと、EAはいつの間にかおもちゃ箱の列の、俺とは反対側へと回り込んでいた。
空中に鞭のような尻尾を振り回し、俺に至近距離でとびかかる。
しくじった!
重症で相打ちを覚悟し、俺はハンドガンをそちらに向けて狙いを付ける。
ボワッ
その瞬間、EAは崩壊し、空中で爆発して霧散した。
周囲にかすかに立ち昇る煙。
それはこのEAがこの世から永久に退場した事を示している。
「……」
俺は構えていたハンドガンを下ろし、ホルスターへとしまう。
ビーグラはそれを見て俺に尋ねた。
「状況の共有をお願いします。
エイドロン・アノマリーを駆除完了したのですか?」
「あぁ……もう安全だ。
後の処理を頼む」
ビーグラは元のキャラクターボイスに戻り、りくの身体を確認すると職員と連絡を取り始めた。
俺は沈黙してりくを見ながら考える。
今のはダメージによる駆除成功の消え方ではない。
その場合は周囲の人間が引くくらいに叫び声を上げながらのたうち回って溶けていく。
逃亡でもない。
崩壊時の消え方だ。
EAを滅ぼすには2通りの手段がある。
シルバーバレットの様な武器でEAの許容量を超えるダメージを与え、物理的に殺す駆除。
そしてEA発生の元となったアンカーの破壊などで、EA自体が存在を維持出来なくなって消える崩壊。
今回は後者。
俺が狙ってやった事ではない。
こいつのアンカーが消えたのだ。
じゃぁ一体何がアンカーだったのか?
ピピッ
コール音が響き、ホログラム映像が俺の目の前に映し出された。
りくの母親の江利である。
俺は安心させるために落ち着いて報告する。
「江利さん、EAの駆除は完了しました。
もうりく君は安全です。
EAはもう二度と現れないでしょう。
ご安心ください」
「グズッ。
ヒッ……ヒッ……。
それは、良かったでず。
ありがとうございました。
本当にありがとうございました。
グズッ」
江利の様子が変だ。
ずっと泣きじゃくっていたような顔をしている。
「どうかされたのですか?」
「母が……。
母の悦子が容体が急変したそうでして……グズッ。
たった今、亡くなりました」
悦子さんが?
高齢であの傷では耐えられなかったのか、拒絶反応でも起こったか?
立て続けに不幸の重なる江利には同情する。
が……タイミングが引っ掛かる。
俺はふと頭に妙な疑念が湧き、りくへ歩み寄った。
「りく君。
もうEAは退治したから安心していいよ。
俺も危なかったがラッキーに助けられた。
これも君がお婆ちゃんからもらったお守りの効果があったのかも知れない。
ちょっとそのお守りを見せてくれないか?」
「うん」
りくは首からかけていたお守りを外して渡してくれた。
おれはりくに背を向けて隠しながら、そのお守りの白い巾着部分を開く。
そこには一般的なお守りによくある神社名が金色のデザインで装飾された小さなプレートと、小さなビニール袋が入っていた。
その中には髪の毛が一本と丸められた紙。
取り出して紙を広げると、赤黒いインクで描かれた円と線を組み合わせた図形が描かれていた。
俺は職業柄、この図形は知っている。
ブードゥーの呪いのシジルだ。
EAがなぜりくを中心に出現したのか?
なぜ悦子さんがEAに襲われながらその場では逃げのびる事が出来たのか?
色々な物が悪い想像で繋がっていく。
この時代、人類が極限まで過密に住んで多くの問題をかかえて生きる、このネオ東京は闇深い。
俺はビニールの小袋を抜き取ると、お守りをりくに返した。
「間違いない。
君のお婆ちゃんが、君を思った強い念が君を助けてくれたんだよ。
これからも大切にするんだ」
悦子さんの事をりくの説明するのは江利さんに任せる。
俺はそこまで立ち入る気は無い。
人が周囲の他人一人一人に寄り添える時代は一世紀前に過ぎ去った。
もうその数が人間の心のキャパシティを越えた。
それが良い事はどうかは分からない。
俺は他者の苦しみにうとい側として、せめて慎ましく離れているのみだ。
自分が善人だとも思っていない。
ただ、そうでなければ生き残れないだけだ。
そして、おそらくこのビニールの中の髪の毛は、悦子さんの物だろう。
魔術の理論は良く知らないが、髪の毛を通じて影響力を遠くに届けていたのだろう。
なんにせよ、EAを存在させていたアンカーは破壊された。
もう二度と現れる事は無い。




