第6話 環状商業地区でのEA被害者との面会
俺はHPTの南池袋ステーションB3から地上に出ると風景を見回す。
ネオ東京のどこにでもあるビル群や街並みの上に巨大な横長のメガビルが影を落としている。
田舎者がこれを見上げれば意識が遠のく気分になるらしい。
これは環状商業地区と呼ばれるメガビルの一種だ。
メガ・ライオネルと違いここは国が政策として作った公共のフレームワークだから『商業地区』という名になっている。
地上50~150メートル、直径5キロに及ぶ空中に浮かぶドーナツ型のメガビルで、幾つもの円柱状の建物が支柱となっておりそこからエレベーターで昇る。
中を周回し続ける動く歩道やモノレールが中心にあり、ビル全体が商業地区のテナントエリアとなっている。
飲食店も、シアターも、スポーツジムからブランドショップ、各種病院までそろっており、ここに入れば大抵のものは揃う。
俺は環状商業地区の支柱ビルに入り、メガ・ライオネルでも見たフラッパーゲートに並んだ。
目の前のカメラに顔を向ける。
(ナショナル・ヒューマンコード認証完了。通行を許可します。)
日本だけに限らないが、国民としての正式登録者でなければこのビル自体に入れない。
つまり、スラムの不法移民達はこの入り口を通過する事すら不可能ということだ。
さらに奥へと進み、幾つもあるエレベーターの一つに乗る。
(ソサイエティ・グレードを確認しました。
お客様の移動可能レイヤーは1~4です。
どのレイヤーまで上昇しますか?)
加えてここでは国民全員に紐付けられたソサイエティ・グレードによるレイヤー、つまり階層のアクセス制限がある。
端的に言えば、上階層はお金持ちのマダムや芸能人しか入れないって事だ。
まぁ彼らにとっては安全で快適だろう。
俺は別に上階層に行きたいとも思わないがな。
「レイヤー3」
(畏まりました。
レイヤー3まで上昇します)
俺一人を乗せたエレベーターはスムーズに上昇し始めた。
エレベーター内の1面は透過ガラスのようになっており、町の風景があっという間に下へと消え、やがて中小ビル群の屋上すらをも越えて登っていく。
この高さから見ると街並みがまるで玩具のように見える。
(レイヤー3に到着しました)
エレベーターを降りると、廊下を道なりに進めばすぐに環状商業地区の中央通りに出る。
2階分くらいの大きく連なるホールとなっており、中央は小型のモノレールが周回し続けている。
その左右を3段階のスピードで動く歩道が並び、その左右に大勢の人々が歩くゾーンがある。
俺は空中を漂う案内ドローンを見つけて手を挙げて呼ぶ。
ドローンは俺に呼ばれているのに気付くと浮遊しながら接近する。
(環状商業地区、レイヤー3へようこそ。
何かお困りな事がございますか?)
ドローンの見た目は四方にイオン噴射ノズルの付いたメタリックなボールだ。
今日は宣伝ホログラムは表示していない。
「三つ葉病院へ行きたい」
(三つ葉病院へご案内致します。
こちらへどうぞ)
ドローンは案内パトランプを発光させながらゆっくりと進み始めた。
俺はその後に続く。
***
三つ葉病院の病室の個室で、おれはベッドによこになったままの依頼者から話を聞いていた。
南川 悦子、78歳。
白髪の品の良さそうな老女。
入院用の白い浴衣で身を包み、腕からは血液検査や栄養剤注入用のチューブが備え付けの機材に伸びる。
看護ロボットが隣に立ち、じっとその老女を見守っている。
少し離れた場所では彼女の娘の江利という若い女性が心配そうに俺達を見守っている。
老女は真剣な表情で俺に説明を続けた。
「その白い猫のようなものは、頭にも背中にも尻にも、牙の生えた大きな口があったんです。
しかも頭の口も普通の動物のような上下に開く口じゃなく、まるでクワガタムシのように左右に開く口で……そう、目玉が体のあちこちにありました。
どれも丸く見開いたような眼玉でずっと周囲をギョロギョロと見回していて……」
「そいつに噛みつかれたのですか?」
「いえ。
近づくと尻尾のような……いや刃物が先端についた触手のような物を振り回してきてそれで深く横っ腹をエグられてしまったんです」
江利が横槍を入れる。
「お母さん、そんな重傷を負ってるのに無理しないで。
カムイさん。
申し訳ありませんが今日の所はお帰り頂いて……」
「江利、これは一刻を争う状況なのよ。
りくちゃんだけじゃなく他の人を襲うかも知れないし、下手すれば死人が出るのよ?」
俺は隣に佇む看護ロボットに尋ねた。
「悦子さんはこのまま喋り続けて大丈夫なのか?」
ロボットはカムイの方に白く髪の無いプラスチック人形のような顔を向け、合成の女性の声で答える。
「傷は重く命にも関わりうる状況です。
現在、内臓を生体接着剤で縫合し、傷口周辺にiPS再生因子を浸透させています。
熱傷も見られ小さな動作も好ましくありません。
ナノマシンで痛覚を遮断させ続けている為、会話は可能ですが短時間にしてください」
今の時代の看護ロボットは完璧な診察や対応をする。
危険と判断すればどんな重要な内容だろうとすぐに会話を止めさせて、鎮静剤をうってでも生命維持を優先して動くだろう。
あまり詳しく聞くのは難しそうだ。
ここで聞くべき事はエイドロン・ハンターとしての経験から浮かぶ、重要なポイントだけ。
俺は老女に向き直る。
「悦子さん。これからの質問に『はい』か『いいえ』だけで答えて下さい。
他の情報は不要です。
いいですね?」
「はい」
「その白い動物は猫より素早く走りますか?」
「はい」
(スピードタイプはやっかいだ。距離を取る工夫が要る)
「そいつは人間の言葉か、もしくは言葉らしきものをしゃべったり、貴方に語り掛けたりしましたか?」
「いいえ」
(知性を持たない奴ならまだ救いだ。高度なものは幻覚を見せたり罠に嵌めようとしてくることがある)
「何度か目撃されたそうですが、少なくとも悦子さんが見たのは同じ一匹ですか?」
「はい」
(群れるタイプは大体同時に出現する。典型的な小型単発のEAの可能性が高い)
「目撃した場所は、その公園だけですか?
500メートル以上離れた別の場所で目撃した事はありますか?」
「……はい」
(……なんだと?
そいつは思った以上にマズイかも知れん。
移動タイプであれば悠長なことはしていられない。
今までメールに書かれていた内容、さっきの証言。
全てに共通するもの……。
まさか!?)
「目撃した時は常にお孫さんのりく君が貴方の傍にいましたか?」
「……はい」
(すぐに『保護』しなければ……)
「ご協力ありがとうございます。
必ず仕留めますのでご心配は無用です。
お体を直す事に専念してください。
お大事に」
俺は立ち上がり娘の江利の肩を叩いて離れた場所へ呼んだ。
そして小声で尋ねる。
「貴方の息子さんのりく君は今、どこに居ます?」
「息子が?
息子がどうかしたのでしょうか?」
江利は不安そうな表情で戸惑っている。
「詳しい事は移動しながら話しましょう。
端的に言えば問題のEAはりく君を中心としたエリアに出現する可能性が高い。
土地ではなく、人に取り憑くタイプです。
今すぐりく君を保護下に置く必要があります」
「あぁ……なんてことでしょう。
りくは今、同じレイヤー3の託児所に預けています」
***
江利に同期してもらったマップのホログラムで確認しながら、中央通りへ急いだ。
江利は小走りでその後に追いすがる。
「ああっ、りくが一人で襲われたらと思うと不安で不安で……。
本当にりくに取り憑いているのですか?」
「それはまだ分かりません。
とにかく保護が先です」
江利は俺の隣に追いつき、不安そうな表情で尋ねる。
「あのっ、EAが人に取り憑くというのは一体どういう事でしょう?
どこかを棲み処にして周囲を徘徊し続けてるものではないのですか?」
「そう見えるタイプが多いのは事実です。
しかしEAは棲み処の周囲を徘徊してるんじゃない。
私のような稼業をしている者達がアンカーと呼ぶ物にバインド、結び付けられている」
「アンカー?」
「EAは生物の強い情念が生み出すと考えています。
それが強く染みついたものがアンカーです。
それは人間に限った物じゃない。
多くの豚が屠殺される食肉工場の電気ショックマシンがアンカーとなり、そこに発生した怒り狂う雄牛のようなEAをハントした事もあります。
ただ、そういう地形がアンカーとなっている場合はせいぜい半径200メートルがそのEAの存在出来る範囲です。
これは同業者の意見も私の経験からもほぼ事実。
しかし私は地形がアンカーではない例外とやり合った事がある。
その時のアンカーは二十歳の女性を轢き殺した無人タクシーでした。
町のあちこちで目撃され、被害を出し、その出没証言の記録と移動するタクシーの履歴を照合して見つけ出した。
悦子さんは500メートル以上離れた場所で同じEAを目撃した。
つまり移動しているという事。
そして最初に目撃したのはりく君一人の時ですよね?
その後に目撃された全てのシチュエーションで、その場にりく君がいた」
「はい……。
そんな、なんでりくが……。
何も悪い事はしていないのに」
「EAも人や動物の情念も理不尽なものです。
合理的な理由など無い事も多い。
それにりく君の事もまだ決まったわけじゃない。
念の為の保護と、聴収もさせてもらいます」
俺は動く歩道の中央側、最高速レーンへ乗り、江利も息をあげながら後ろに続いた。
風のようなスピードで周囲の風景も、テナントショップ群も、行き交う人々も後ろへ消えていく。
***
託児所に到着し、俺は江利と一緒に子供達が遊具で遊ぶ大広間へと駆け込んだ。
「りくっ!
大丈夫?
あの怪物は出なかった?」
血相を変えてりくに駆け寄り、りくを抱きしめる江利にその場の皆の注目する。
きょとんとした表情で玩具を手に座っているりくの隣で俺もしゃがみ込んで話しかける。
「君がりく君かい?」
「うん。
おじちゃん誰?」
「怪物を狩るハンターと言ったところかな。
りく君を襲ったり、君のお婆ちゃんに大怪我を負わせた悪いモンスターを追ってる。
そいつを捕まえる為に協力をしてほしいんだ」
「うん」
「最近なにか奇妙な物を拾ったりした事ないかい?
そしてそれをずっと持ち歩いていたりとか」
りくはしばらく黙って考え、カムイを見て首を振った。
「何も拾ってないよ」
りくは首にペンダントのような物を付けている。
俺はそれを手に取って眺める。
小さな白い巾着袋のようだ。
「これは何かな?」
「お婆ちゃんにもらったお守りだよ。
悪い奴から僕を守ってくれるんだ。
何度も怪物に出会って、それでも無事だったのはこれのおかげだってお婆ちゃんが言ってた」
袋の刺繍を見るに氷川神社のお守りか。
聞いた事がある、結構有名どころだ。
新品の量産品だし怪しそうにも見えない。
俺は彼にお守りを返すとさらに質問する。
「よぉーく落ち着いて思い出すんだ。
持ち物でないなら、何か変な物を飲み込んでしまったとか。
江利さん、最近彼に何か変わった物を買い与えたりしましたか?
服とか、靴とか、元々誰の手元にあったか分からない中古品とか」
江利は泣きそうな表情で答える。
「EAが出るようになった前後では何も買い与えてません。
食事だってここの所忙しくてフードプリントしたものばかりで、それは私も食べてましたし……」
天井のLEDライトがチカッ、チカッと点滅する。
それを見上げた江利は両手を胸の前で組んで少し震えながら言った。
「関係無いですが天井のライトが点滅するなんて、ここの施設老朽化し過ぎかも知れないですね。
ちょっと冷房が効きすぎな気もするし。
寒い」
普通、現代のLEDライトがまたたくなんて耐久年数をはるかに超えた状態だ。
突如、りくはびっくりしたように背後を振り返った。
俺もその視線の先を追ったが何もない。
「どうしたんだい?
りく君」
「ううん。何でもない」
パチッ、パンッ!
俺の左腕、コートで隠れた二の腕から小さな破裂音が響いた。
江利が怯えた目で俺を見る。
「今、何か弾けた音がしましたよ?」
俺は黙って左腕のコートの裾をまくり上げた。
手首から腕の付け根までびっしりとまとわりつくように装着された仕事道具類。
二の腕にあったのは腕利きのジャンク屋に組ませた自家製の探知センサー。
その基板上には一般人が見れば意味不明な機械やレトロ電子部品がびっしりと装着されている。
いくつかのコンデンサが破裂して液漏れしている。
さっきのはこの音だ。
小さなガラス管の中のヒューズが飛んで線が切れている。
小型のオシロスコープは狂ったようなスパイク波型が走り続けている。
電子回路の赤いLEDが点滅状態。
そして数世紀前の技術の機械式時計の針は5分前を示したまま停止している。
古来より世界各地でEAと似た存在のゴーストに出会った人々は、その直前に起こった事として同じような証言をしてきた。
空気が冷たくなる。
電灯が切れたり、電化製品が壊れる。
何者かの気配を感じる。
機械式時計が壊れる。
その特徴はなぜかEAにも当てはまる。
それを検知するためにあえてそういったレトロ部品で組んで貰ったセンサーだ。
間違いない。
これは出る予兆だ。
俺は懐からボディカメラを取り出すと自分の側頭部に押し当てた。
自動的に細いフレームが飛び出してハチマキのように固定される。
これはバウンティ・ハンター、そしてエイドロン・ハンターが制圧行動に出る際、裁判時の証明用として装着が義務付けられている。
立ち上がり、懐から大口径ハンドガン『P99ナイトバースト』を抜きながら周囲の人々に叫んだ。
「皆さん!
危険ですのでここから今すぐ離れて下さい!
最低でも半径300メートル以上!
銃撃戦が始まります!」
すぐにパニック状態となった。
周囲の大人は子供を引っ張ったり抱っこして我先にと出口へ走る。
狼狽えた江利もりくの手を引こうとしたが俺が静止する。
「なっ、何をっ」
「りく君はここに置いて江利さんは一人で退避して下さい。
りく君は私が保護します」
江利は驚いた顔で抗議する。
「ちょっと待ってくださいなんでっ!?
銃撃戦をするんでしょうっ!?
そんな場所にりくを置いていけないっ!」
「EAはりく君を中心に出現する。
発生源のりく君を連れて逃げても無駄、逃げられません。
むしろ他の一般人を巻き込んで犠牲者が出る」
江利ははっとした表情で冷静になり、りくを強く抱きしめる。
「りく、こんな怖い目に合わせちゃってごめんね。
ママは邪魔をしないように少し離れてるけどすぐにまた会えるからね!?
このおじさんが助けてくれるから!
このおじさんの言う事をちゃんと聞くのよ?
カムイさん、お願いしますね?
絶対にりくを助けて下さいね!?」
「お任せください」
江利は何度も振り返りながら走って託児所の外へ退避した。
りくもただならぬ気配を感じているのだろう。
俺の隣で立ち、震えながらお守りを握り締めていた。




