第5話 救いの灯台教会のスタリオン神父
俺は新宿区東に戻り、スラムエリアの薄暗い通りを進んだ。
チャイナストリート周辺とはうって変わって左右の建物はみすぼらしい平屋や二階建てが並んでいる。
ここいらは放射能汚染エリアに近く、風向き次第では危険なレベルの放射性粉塵が飛んで来る。
まともな人間はとっくに逃げ出し、今は不法入国者や難民達が代わりに住み着いている。
治安はお察しで俺も銃だけでなくいくつかの護身手段をもってここに入る。
多少は緊張するが、生きていくってのはそういうもんだと俺は思っている。
もうすでに彼らが集まり始めてから世代交代が進んでいるが、やはり元々の彼らの文化や言葉の違いのせいか同じ出身地同士で固まり合う。
スタリオン神父の住む教会は、ヒスパニック系難民エリア、白人系難民エリア、アフリカ系難民エリアの丁度境界に位置している。
そして度々対立や抗争を繰り返す彼らの間を取り持つのがスタリオン神父の役割となっている。
彼がそれを望んでやっているかは俺には分からない。
各勢力に対立するマフィアメンバーが沢山いるが、皆が一様にその教会でだけは武器を抜かずに荒事を避ける。
それが彼らが必ず守る暗黙のルールだ。
人間、常に神経を尖らせて荒み続けて生きる事は出来ない。
彼らにとっての神聖な不文律は、彼ら自身が求めた不文律なのだ。
50メートル四方ほどの敷地で芝生に囲まれた小さな町教会『救いの灯台教会』。
ここにスタリオン神父が居る。
俺は一人、開け放たれた門をくぐって中へと入る。
教会の中に入ると古典的なパイプオルガンの演奏が響いていた。
これは讃美歌の曲だろう。
重く、荘厳で、どこか寂し気な旋律だ。
礼拝堂の中へ入ると2Fまである高い吹き抜けの細長い空間になっており、天井はいくつものアーチの隙間に沢山のすすけた宗教絵画が描かれている。
外のスラムとは違った神聖な空気がここには漂っている。
この曲が響く礼拝堂では、どんな素行の悪いマフィアメンバーでも背筋を伸ばして神妙な顔で襟を正す。
教会とは、人々が求めて必然的に出来上がった文化そのもの。
HPTステーションに居た天声会のようなカルトとは質が違うのだ。
礼拝堂には誰もおらず、スタリオン神父が一人でパイプオルガンの演奏を続けている。
俺は神父の背後まで歩み寄って声をかけた。
「こんにちは、スタリオン神父。
お変わりない様で安心しました」
神父はぴたりと演奏する手を止め、立ち上がって俺に向き直る。
彼の身長はおそらく2メートルちょいあるだろう。
ガタイもいいし、見上げるような黒人の巨漢だ。
黒いカソック(修道服)の首元にファンキーな内容のタトゥーがのぞいてるが、ここいらでは誰も気にしない。
もし普通の私服を着た彼に人気のない場所で出会ったら多くの人はビビるだろう。
ま、それくらいでなければここでの神父は務まらない。
「カムイさん、お待ちしてましたよ。
ご注文の品はここに」
神父は懐から古典的なペンケースサイズの黒いボックスを取り出して俺に手渡した。
箱には金の十字マークと、ラテン語の文字が両端に描かれている。
開けて確認すると、縁取り装飾のある輝く銀の弾丸が12発、赤い布の台座の上に並んでいた。
シルバーバレット。
俺が依頼するEA対策用の特注弾だ。
弾体は銀で作られ、中の空洞は神父が聖別した聖水で満たされている。
古典的な火薬で発射する方式で、今の時代こんなレトロな弾丸を使う者も製造や販売する者も居ない。
俺達を除いて。
何故これがEAに高い効果を発揮するのか?
詳しい原理は俺も分からない。
ただ、この教会の空間と空気、スタリオン神父の本物の信仰心が影響していることだけは知っている。
「いつも通りにカムイさんを思って全身全霊を込めて作っておきましたよ?
クックククク……」
「そ、そうか。
ありがとう。
いつも助かってるよ」
スタリオン神父は丸眼鏡のような虹色メタリックの両眼バイザーをつけている。
ちょっとギラついた視線を感じて戸惑う事はあるが……、気にし過ぎだろう。
「今度はどんな獲物を仕留めにいくんです?」
「なぁに、犬か猫サイズの小さなEAらしい。
大したことはないさ。
報酬も知れてるけどな」
「それは良かった。
危険が少ないという事だからね。
そうそう、このシルバーバレットの料金ですが……」
「そうだった、悪い悪い」
俺が懐からクレジットデバイスを取り出すと、スタリオン神父は片手で俺の手をそっと止めて押し戻した。
「料金は頂きません」
「いやっ、そういう訳にはいかないだろう。
ただでさえ高価な素材を使ってるんだからさ」
スタリオン神父は首を振った。
「カムイさんに以前、調査して捕まえて貰いましたよね。
ここらの農場を荒らしまわっていた窃盗団」
「あぁ、あいつらか。
でもあの時の報酬は既に受け取ったはずだ」
神父は微笑む。
「あの時、警察に相談しても相手にすらされませんでした。
危険を承知で対応してくれたのはカムイさんだけです」
「仕方がないさ。
ネオ東京には無数の危険な犯罪者が居る。
警察も人員が足りずに手一杯だったんだろう」
多くの警官は貴重な時間と労力を割き、危険に向き合って犯罪を解決しても追加報酬が出るでも昇進するわけでも無い。
それなら平穏に多少の犯罪は見て見ぬふりしてドーナツでも食って固定給を貰って過ごすのが公務員として正解だ。
その構造的問題に対する対抗策として俺のようなバウンティハンター業が法的に承認される事となった。
警察と違い、私的に活動する俺達は問題を解決すれば報酬がある。
賞金首になるほどの指名手配犯なら捕えたり始末すれば賞金が振り込まれるし、大規模詐欺や盗難事件の犯人を捕まえれば取り戻した被害額の一定割合が合法的に報酬として与えられる。
エイドロン・ハンターや探偵を兼ねる俺のようなタイプは珍しいが、バウンティハンターの専業で精力的に活動して儲けてる奴も……人知れず死んでいく奴も多数居る。
「窃盗団が消えた事でこのエリアの多くの人々が希望を持ち、精力的に農作業に励むようになりました。
そして今年は大豊作だそうです。
おすそ分けとしてパープルコーンやメガ・ピーナッツを頂いているのでカムイさんもあそこの箱からご自由にお持ちいただいて構いません。
カムイさんが行った仕事は、カムイさんが思っている以上に。
当時受けとられた報酬以上に。
このエリアの多くの人々の心を救済したのです。
なので今回のシルバーバレットに関しては、私の気持ちとして受け取って頂きたいのです」
「いっ、いやっ、でもっ」
俺が再びクレジットデバイスを取り出そうとするが、スタリオン神父は笑顔で表情を変えずに力強く押し戻す。
あぁ、そうだった。
彼は言葉こそ丁寧だが、一度こうと決めたら絶対に曲げない強情な男だった。
「分かった。
有難く受け取っておくよ。
ところであの当時、ここの住民に引き渡した窃盗団のメンバー達はどうなったんだ?」
スタリオン神父は答えず、白い歯を見せてニカッと笑った。
「ははっ、聞かないでおくよ。
ところで最近シティの大企業社員を大勢誘拐してどこかに運んでいるような奴の噂とか知らないか?」
神父の笑みは消える。
「新たに受けられた事件ですか。
大勢とはどのくらいです?」
「15人。
男11人に女4人。
全員がAI開発のトップ技術者たちだ。
目的はその技術だとしか考えられない」
「心の痛む話です。
ネオ東京でそういう事件に巻き込まれた被害者は大抵過酷な運命を辿ります。
もし私の手の届く場所で起こっていたならば必ず救済を試みるでしょう。
しかしその規模の技術者集団というのは私も聞いた事がありません。
このエリアの様々な場所を日々訪問していますがね」
「……そうか。
ありがとう。
しかしまいったな……これは困難な捜索になりそうだ」
神父はカムイの方を向いたまま手を組んで祈り始めた。
「カムイさんならば必ず辿り着ける。
私も貴方の為に祈っておきましょう。
神のご加護がありますように」
***
スラムエリアを出てストリートの物陰に移動し、俺は左腕のデバイスの一部を操作する。
(携帯型統合情報システム『Book Of Sage』起動。
音声は双方向サイレントモードです)
「今、受けてる小動物タイプEA駆除依頼の情報確認」
(依頼番号:EA0062。
EA推定レベル:小動物タイプ、クラス1
依頼主:南川 悦子。 78歳。
ロケーション:南池袋C12レイヤー1
最寄りHPTステーション:南池袋8
特記事項:駆除前に一度会って説明をしたいのでコールして頂きたいです。日中はいつでも対応できます。
更新情報:孫がEAに襲われた際に助けようとして怪我を負い、三つ葉病院に入院中との追加メールを受信しています。
その他詳細情報……)
「これは……急いだほうがいいかもしれんな。
三つ葉病院へのアクセスは?」
(三つ葉病院。
小規模の外科クリニック。
最寄りHPTステーション:南池袋B3。
ネオ東京環状商業地区第82セクターレイヤー3。
アクセス制限エリア:ソサイエティ・グレード6)
「ドレスコードのないエリアで助かったぜ」




