第4話 メガ・ライオネル・ビルディング
俺は『柳田 良治』の足取りを掴むため、彼の住む新宿区ウェストエリアを目指してチャイナストリートを歩いた。
そしてHPT(Human Packet Transporter)の北新宿駅へと続く階段を降りる。
HPTは10年ほど前に世界的に広まった新しい交通システムだ。
日本全土の地下をまるで旧世紀のインターネット網のように、真空チューブの路線が張り巡らされておりそれらを中継ステーションが繋ぐ。
そして乗客は個人単位でパケットと呼ばれる小部屋に乗り込み、目的地まで真空チューブの中をリニアで進む。
昔のように大勢を詰め込んで決められた路線を往復する電車とは違い、個人単位で指定した目的地まで複雑な経路を通って最高速で辿り着く。
無人タクシーほど細かい場所指定は出来ないがスピードなら圧倒的に上。
鳥取から北海道まで乗っても俺が良く利用するスタンダードクラスですら1時間ちょいで到着する。
中継ステーションで最優先でルーティングされるファーストクラスに乗れば40分くらいだそうだ。
まぁ、俺のような底辺の人間がそれを使うことは滅多にないがな。
今では電車、地下鉄、バスという類の交通機関は全てこれに置き換えられている。
電車なんてのはもう特定の年代以上の人間が昔を懐かしんで語る思い出話に過ぎない。
人間は思った以上に進化に早くついていくもんだ。
昔からか、それともついていけない者は淘汰されたのか。
幸い、俺は苦労なくやっていけてる側だと自分で思う。
HPT北新宿駅、B2Fスタンダードクラス・プラットフォーム。
小汚く、壁面パネルもすす汚れてるしさらに下位クラスへ向かう階段からはすえた不快な臭いが漂ってくる。
朝の通勤時間帯とはいえ、人がまばらなのはこのエリアが汚染境界線に近いせいだ。
昔は新宿は日本で一番人が殺到する場所だったらしいが、今はこのざまで治安も良いとは言えない。
今日もまた、白装束の男が勝手に床に敷物を敷いて座り込み、大声を張り上げている。
「悪魔の呪縛に囚われた哀れな奴隷たちよ!
我が真実の言葉を聞け!
ここにいる誰もが騙されているのだ!
貴方達は悪辣なる既得権益者の独裁に気付きもせず、今日もまた自覚なく搾取されに向かい、全てを捧げて帰宅する!
騙されるな!
全てを疑え!」
こいつは天声会というカルト宗教の信者だ。
信者の勧誘というよりは、彼らの中ではこれが功徳を積んでさらなる高いステージに上がる為の修行らしい。
かかわるだけ時間の無駄だ。
信者はCM用台座の上で踊るチャイナドレス女性のホログラムを指さしてヒステリックに叫ぶ。
「見よ!
あのホログラムの淫らな女を!
性的刺激で貴方達を誘惑し、思考を奪っている!
しかし迷い人達よ、気付け!目覚めよ!
真実、あそこには何もないのだ!
おぞましき欺瞞の塊だ!
政府がやっている事も同じ!
無い物をある様に見せ、ある物を無い様に見せる!
そうして人々の心を乱し続け、無意識の奴隷に作り替えているのだ!
全てが偽りなのだ!
我らが真実の声に耳を傾けよ!」
げっ、目が合った。
「いずれこの日本には試練と滅び、そして新たな目覚めの時が訪れる!
堕落した者達、悪魔に与する者達が全て滅び去る終末の時が訪れるのだ!
迷える者よ!
我らの元へ来い!
ハルマゲドンに備えて魂のステージを高め、エバの戦士となる為の修行に励むのだ!
それが唯一の救いの道だ!
ついにオムニスさまの予言が下された!
全能神エバが近々降臨される!
全能神エバが全てを与えてくれる!
全能神エバに帰依せよ!
滅びの時にエバの信仰者達だけが救われる!
その時、信仰者達は永遠の命を授かるであろう!」
俺は無視して先へと進む。
だが今度は逆の壁際からくぐもった別の声が呼び止めた。
「そこの黒いコートのお兄さん!
貴方は今、とても大きな運命の道に足を踏み入れようとしている!」
募金キューブをもって物乞いしていたDNA汚染患者だ。
仮面で顔を隠しているが物を咥えたままのような喋り方からして、おそらく顔にも重度の障害があるのだろう。
ここ数十年で医療、美容や危ない娯楽としてDNAを弄り回す技術が発達した。
その予測不可能な副作用で本人やその子供が酷い障害を抱える事例が後を絶たない。
同情はするが、構っていたらキリがない。
目を反らして先へ進もうとするとさらに背後から話しかけてくる。
「貴方は探している人達を見つけるのに成功する!
彼らは皆生きている!
でも本当に重要なのはその過程でこれから出会う存在だよ!
必ず救わなければならない!」
俺は足を止めて、そのDNA障害者を振り返った。
彼はまっすぐにこちらを向いている。
口から出まかせにしては、妙に引っ掛かる。
まるで俺が受けた依頼を知っているかのような……あり得ないとは思うが。
俺はその男の前に歩み寄った。
「俺の事を言ってるのか?」
「そうだよ。貴方の事だ」
「具体的に話せ。
お前は一体、俺の何を知ってるんだ?」
男は肥大化した丸太のような右腕の脇に募金キューブを挟み込むと、指が3本しかない細く曲がった左腕を胸の前にかざした。
そしてゆっくりと円を描くように動かしながら上を見上げた。
しばらくその動作を繰り返しながら言葉を続ける。
「私には時々……断片的に見える事がある。
あなたを見て浮かんだビジョンはとてもとても強かった。
……沢山のEAを相手にして来たね?
今までも、そしてこれから先も。
貴方はエイドロン・ハンターだ」
稀に……居るらしい。
DNA汚染による肉体の変異と引き換えに特殊能力に目覚めるタイプが。
正直、俺は半信半疑だが。
男は3本の指で募金キューブを持ち直して向き直る。
「貴方の背後に……未来に多くの人々が見える。
貴方こそが本当の救済者だ。
向かいにいるまがい物と違ってね。
話が出来て私はとても光栄だ」
……うさん臭い。
だが、少なくともハッキングなどで俺の仕事の情報を知ってるわけではなさそうだ。
多少なりとも俺に協力的に振る舞ってくれた相手にはそれなりの対価を与える。
それが低層の人間が生きていくため、自分自身を守る為のルールでもある。
安い食事をとってドリンクを買う程度は与えて置こう。
俺はクレジットデバイスをポケットから取り出し、男の持つ募金キューブに近づけた。
(募金キューブ、キャプション『DNA障碍者救済基金』を検知しました)
「トランスファー、150NY」
(送金を完了しました)
男は軽くお辞儀する。
「貴方がこれから歩む道に幸運あれ」
「どうも」
俺はその場を後にした。
***
優先グレードの扉にある表示がオンラインに変わる。
重厚な駅側のセキュリティ扉が左右にスライドし、続いてパケット内部のシャッターが上へと上がった。
中には直径2メートル、高さ2メートルほどの円筒形の密室が広がっていた。
壁面には椅子が備え付けてあり、壁全周上面はCM映像が目まぐるしく流れ続けている。
これがHPT、スタンダードクラスの人間輸送パケットの内部だ。
優先グレードなので最低限の掃除は客を乗せる前に行われていて清潔感はある。
ほのかに香るのはプラスチックとオゾン臭くらいか。
以前、汚物まみれのパンツが床に残された地雷パケットを引いたことがある。
後ろに行列、時間も無いしで乗るしか無かったがあれは最悪だった。
以来、俺は多少の追加料金を払っても優先グレードを使い続けている。
俺が中に入ると自動で扉が閉じ、カシュッという与圧音が響いた。
そしてゆっくりと動き始めながら案内ガイダンスが流れる。
(Human Packet Transporterのご利用ありがとうございます。
行き先はどちらにいたしますか?
なお、音声、手話、デジタル通信の全プロトコルでの受付が可能です)
「新宿区ウェスト・エリアのメガ・ライオネルの最寄り駅で」
(新宿区ウェスト・エリアのメガ・ライオネル、メガビルディングには北口、南口、西口の3カ所のステーションが御座います。
北口周辺はメガ・ライオネル・ストリートに面して商店街となっており、東福プラザ、アルマショッピングモールなど……)
「ビルの居住エリアからの通勤客が良く使うのはどれだ?」
(メガ・ライオネル、メガビルディングは南面が居住エリアとなっている為、南口からの通勤のお客様が最も多く利用されます)
「じゃぁ南口で」
(承りました。
最適ルートを算出、中継ステーション2カ所を経由し、4分40秒ほどで到着の見込みとなります。
料金は25NYです。
送金を確認次第、発進いたします)
***
俺はメガ・ライオネル南口駅で降りて調査対象の柳田が住んでいた居住エリアへと歩く。
ここはまさに都会のど真ん中で、大通りを行きかう人は多く、左右には大型家電店や飲食チェーン店、アパレルショップなど有名どころは大体揃っている。
空中を見上げれば2階から5階までの空中歩道があちこちに見え、通信塔を含めれば高度1kmのはるか上まで続くメガ・ライオネルの黒い壁面が霞がかって見える。
そしてチャイナストリートと違い、人々は明らかに高級品で身を包み、美男・美女でモデルのようにスタイルの良い者が当たり前のように歩いている。
住む世界が違うってのは、こういう事だ。
トップとは言わずとも、この地区は日本の上級国民達が住んでいる。
彼らから見れば俺はみすぼらしい前世紀の古臭いコートに身を包んだ田舎者に見えるだろう。
俺はホログラム表示された案内に従い、通りを抜け、いくつかのエスカレーターを乗り継ぎ、メガ・ライオネルビルの居住エリア・エントランスへとたどり着いた。
エントランスはまるで国際空港のロビーのように広い空間になっており、まずその中に入るゲートのラインには腰の高さほどの小さなプレートがせり上がってずらりと並んでいる。
そして住人が出入りする瞬間だけ床下に素早くスライド格納され、通り過ぎると1秒もたたずに跳ね上がる。
俺も素知らぬ顔でそのゲートを通ろうとするが、プレートは下りず、代わりに天上から赤いスポットライトが浴びせられた。
近くにいた警備員が俺を怪訝な顔で見る。
「あなたはここ住人じゃないですね?
どういった御用で来られましたか?」
「いや、その……知人に会いに……」
警備員は空中で手慣れた手つきでハンドサインを切り、自分だけにしか見えないARウィンドウを操作した。
「訪問者予定の登録は無いですね。
あなた、新宿西のチャイナストリートのこれは……探偵の方?
悪いけどうちはアポなしの調査協力は出来ないし、入れる事は出来ないよ」
「は、はは……。
お、おっかしいなあいつ、登録忘れたのかなぁ。
ちょっと待たせて貰うわ」
速攻で嘘も素性もバレた。
恐らくどこかの、ひょっとすれば警備員のヘルメットのカメラで俺の体格や人相を照合されたのだろう。
この国の国民は公式には全員がそれらを登録する義務があり、俺もやっている。
しかしここでただ帰るわけにもいかない。
俺は壁にもたれかかり、警備員の死角側の左腕をコートから出すとその一つを操作する。
中からは大きさ1センチにも満たないゴキブリ型のマイクロロボットが這い出し、壁を伝って中へと侵入していく。
そして俺の視界にはそのマイクロロボットから送られた映像が映された。
このスパイロボはその気になれば下水管や水道管を通って部屋への侵入や盗聴も可能で、俺のような調査をする人間は重宝する。
内部の壁際にはカウンターがあり、コンシェルジュが並んでいる。
そのうち一人が近所のカレー料理チェーン配達員からデリバリーの箱を受け取っている。
配送関係はコンシェルジュが受け取り、後はビルの内部システムが部屋まで届けるのだろう。
天井には過度の丸い四角い蓋が何か所もある。
あのロゴマークには見覚えがある。
セキュリティタレット、緊急時にあの蓋部分が下にスライドして二連装の機銃が現れ、侵入者をハチの巣にする。
この手のメガビルではエントランスがテロリストに対する最後の砦であり、居住する数万人の人生を守る為には過激な武力行使もいとわない。
スパイロボはさらに奥へ進む。
そこには昔の駅の改札のような第二のゲートがあり、狭い通路を左から出たフラッパーが塞いでいる。
そして居住者がその前に立つとゆっくりとフラッパーは前に進み、途中でカメラによって居住者の顔、体格、体内までチェックが行われている。
その間、大きな手荷物は隣のコンベアーに載せられてゆっくりと進み、中身のチェックも厳重に行われている。
居住者のチェックが終わればそのまま前進。
フラッパーは厳密に一人ずつを通しており、後ろに友連れで侵入は不可能になっている。
かなり厳重だがメガビルではこれが当然だ。
爆発物が持ち込まれて致命的な場所で炸裂した場合、その被害はとんでもない物となるからだ。
さらに奥に進むとエレベーターの扉があり、住人がカードをかざすとこの5Fエントランス、住人の居住階、4F以下のレストランや託児所などの共有サービス階層の番号だけが点滅する。
無関係の人間が無関係の階に行くこと自体が不可能という事だ。
それだけじゃなくエレベーター前の空間にも、警備員とダチョウ型二足歩行の重武装セキュリティロボまでが壁際で張っている。
……なるほどね。
ここまでガチガチに固められてたら俺ですら侵入自体が困難だ。
拉致する事も、それを運び出す事も不可能なことが良く分かった。
ならば失踪現場はそれ以外の場所となる。
それにしてもさすがはネクサス・ダイナミクスの社員が住む家は違う。
たしか柳田が住むのは25階だったか……。
窓から見た風景はさぞかし絶景だろう。
俺はスパイロボを戻らせて左腕に回収した。
ピピッ
コール音が響き、ホログラム映像が俺の目の前に映し出された。
虹色に輝く丸眼鏡のようなバイザーを両眼に嵌めた体格の良い黒人男性。
スタリオン神父だ。
「ハロ―、ミスター・カムイ」
「待ってたぜ、スタリオン神父。
シルバーバレットの準備が出来たなら今すぐ向かう」




