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第3話 仕事前の屋台での食事

 (マスター。

 現在時刻7:00。

 マスターのご指定された起床時間になります)


 俺はチャビィの声で目を覚ました。

 目を擦りながら横を向いて外の景色を見る。

 今日の朝日も、いつも通り茶色い。

 深刻に砂漠化の進む中国大陸の黄砂の影響だ。

 1世紀前までは東京でも青空が広がっていたらしい。

 だがそれは今の俺達にはファンタジーのおとぎ話、記録映像でしか見たことが無い。

 体を起こして洗面台へ歩く。

 チャビィは案内嬢アバターを表示して俺に追従しながら言った。


(朝食のフードプリントマシンは準備が整っております。

 何を出力しますか?

 本日深夜にサービスプログラムの更新が入り選択メニューが増えています。

 目玉商品としてはカツパンにエッグサンド。

 値段は各50NYニューイェンとお手頃です)


 俺はレーザー髭剃りデバイスを顎に当てながら答える。


「要らない。

 どうせいつもと同じ味だろう?

 外で食うよ。

 それより仕事に関するニュースを」


(1時17分。

 シルバーバレットの購入依頼メールに対し、スタリオン神父より返信がありました。

 内容は了解、儀式の必要がある為、製造完了は10時を過ぎるとの事。

 完了すればスタリオン神父からマスターに直接コールを掛けるとの事です。

 10時過ぎに通信可能エリアから出ないようにお気を付けください)


 俺は洗った顔をタオルで拭く。


「他には?」


(新規依頼に対して断りのメールを送った件に関しては応答は有りません。

 詐欺メール25件、宗教勧誘メール18件が来ておりましたが全て削除し、ブロック登録しております)


 左腕に俺専用の探偵デバイス一式を装着し、特注の大口径拳銃をホルスターに装着する。

 今の時代、個人の銃所持は認められている――少なくともこのエリアでは。

 中国の戦争で流入した工作員によるテロが増え、自衛のためという名目で審査に通れば許可が出る。

 俺も以前、山川組絡みの危ない案件で軍用サーマルライフルを買ったが、今は資料室の奥に眠ったままだ。

 ロングコートを羽織り、事務所の出口へ向かう。


「行ってくる。

戸締まり頼むぞ」


 チャビィはアバターでお辞儀した。


(お気をつけて行ってらっしゃいませ)


 ***


 エレベーターが1Fに着き、俺は大黒ビルのエントランスをくぐった。

 このビルも結構な年代物でビルの管理人が毎朝掃除しているものの、傷や汚れ黒ずみは隠せない。

 自動ドアを抜け、外へ出る。


挿絵(By みてみん)


 このビルの入り口はチャイナストリートから1本スラム側へ入った通りに面している。

 朝の時間帯は、あちこちの屋台から立ち上る怪しげな油煙と、小粥や点心の蒸気が路地を埋め尽くす。

 行き交うのは、通勤通学前の貧相な衣服をまとった連中だ。

 ここいらは中華系の移民が多い。

 彼らの朝は昔から変わらず騒がしい。

 ま、毒親の元で孤独に育った俺には逆にそれが安心と安らぎを感じさせるのかも知れない。

 専制国家となった本国を追われた彼らの文化は、皮肉にもこのネオ東京の片隅で一番色濃く生き残っている。


 俺は顔なじみの肉夹馍(ロウジャーモー)屋台に近づいた。

 つり下がった多数の燻製肉のすだれ越しに、巨大な中華包丁を動かしながら小太りの中年店主が笑顔で声をかけてくる。


「おはよう、カムイさ――ん!

 これから仕事?」

「あぁ、いつものEA駆除だ。

 小物だから大した金にはならないが、それも気楽でいい」


 店主は包丁を止めて俺を見る。


「気を付けてよぉ――?

 で、今日はどうする?

 いつものようにふっくら生地にする?

 それともサクサクのパイ生地?」


 俺は調理台に金属容器に入れて並べられた様々な食材を見ながら答えた。


「パイ生地で。

 羊肉と卵焼き、酸菜(サンツァイ)入りで頼む」

「辛さは?」


「ピリ辛で……」

「了解!」


 店主が肉を刻んで炒め始める。

 その時、背後から大声が響いた。


「だから私はちゃんと許可取ったよぉ――!」

「許可を取っただぁっ!?

 白々しい嘘をつくなっ!」

「まぁまぁ。

 で、兄さん。

 あなたが取った許可ってのはなんの(・・・)許可?

 正式名称で(・・・・・)言ってごらん?」


 振り向くと沢山の衣類をハンガーで吊るして並べたアパレル屋台の店主が2人の警官と言い争っている。

 

「それは……(急に小さくなった声で)路上販売許可証取ったよぉ……」

「残念!ハズレ!

 惜しいなぁ。

 道路使用許可を警察に申請しないといけないんだわ」

「おやおや、この古着、商品チップが付いたままだねぇ。

 どれどれ?」


 警官は専用のマルチツールを取り出してスキャンする。


「東友マートから万引きされた商品と確認。

 確保!」


 アパレル屋台の店主は衣類を投げて逃走を図る。


「うあぁぁあ!」

「無駄な抵抗をするなっ!」


 警察は大股でアパレル屋台に入り込み、その店主を取り押さえている。

 俺はそれを眺めていたが、後ろから再び声が掛かった。


「カムイさん。

 出来たよ。

 今日はオマケでちょっと増量しといたからね」

「ありがとう。

 それにしてもあっちの屋台騒がしいな」


「よくある無許可営業だね。

 私が通報したよ。

 あいつ、評判悪い。

 悪い事いっぱいしてる危険人物だからね。

 ストリートの治安は自分達で守らなきゃ」

「そ、そうか……そうだな」


 俺は出来上がったばかりの肉夹馍(ロウジャーモー)を受け取った。

 次にストリートの反対側で商売をしているデータ屋台へと立ち寄る。

 そこの小柄な店主は背を丸めて椅子に座り、暇そうにVR映像を見ていた。

 彼は黄砂のアレルギーが酷いらしく、ガスマスクに両手手袋、フード付きコートというフル装備がいつものスタイルだ。

 だが俺が近寄るのに気付いて立ち上がり、商品棚の透明テーブルに両手を置いて俺と向き合う。


「おはよう旦那。

 何をお探しで?」


 ここで扱っている商品はあらゆるジャンルのデータチップだ。

 ポルノVR、違法コピーソフト、デジタル雑誌やニュースから誰が何に使うのか不明な機密情報まで雑然と並べている。

 割とグレーゾーンの商品を取り扱ってるが、さっきのアパレル屋台と違ってここの店主はスキルと立ち回りに長けてるためか、警察の摘発は逃れ続けている。

 情報屋とまではいかないが、地域の噂程度であれば稀に役に立つ情報が入る事もある。

 俺は片手で肉夹馍(ロウジャーモー)を齧りながら尋ねた。


「一流企業の社員の拉致や誘拐に関連した情報とか入ってるか?」

「一流企業の美人OL、拉致監禁調教もののポルノVRなら12作品揃えてるねぇ」


 違う違うと手を振った。


「いやっ、ポルノVRじゃなくてさ……」

「ははっ、分かってるよバウンティハンターのカムイさん。

 今探してる」


 店主は彼の視界でVR表示されているUIを手で操作し続ける。


「うーん。

 一流企業社員の拉致や誘拐なんて定期的にどこでも起こってるからねぇ。

 今時、どの界隈でも大ニュースにすらならないよ。

 もうみんな陰鬱なニュースを見るのに嫌気がさして、ニュースサイトもそういうのをシャットアウトしてる。

 平和で微笑ましい日常の幻想を見せるのが今の流行さ。

 闇サイトのマリオネット・コントロールチップを埋め込まれた奴隷カタログでも見るかい?」


 恐らく今回の事件は性や特殊な趣味、人身売買が目的じゃない。

 求められているのはAIエンジニアリングの技術、そしてそこらの犯罪者どころじゃない大きなバックが付いてる。

 その奴隷カタログは見るまでもなく、失踪者は誰もヒットしないだろう。

 そもそも見て気持ちのいいもんじゃない。


「それは遠慮しとくよ」

「トランスポーター(運び屋)の名刺リストなんてどうだ?

 グレーな奴から真っ黒な奴までずらりと並んでる。

 人を誘拐したんなら運ぶ必要があるだろう?」


 ま、何かの役に立つかも知れん。


「じゃぁ、一応それを貰っとくか。

 いくらだ?」

「10万NYニューイェン


 おれは肉夹馍(ロウジャーモー)を吹き出した。


「いやちょっと待て。

 そりゃ高すぎるだろミドルクラスのモーターサイクル一台買えちまうぞ」

「金はあるだろう?

 あんたはあそこのでっかい城の主なんだからさ」


 俺は後ろのボロビルを指さした。


「あれが?

 4分の1フロア借りてるだけだ。

 あのボロビル、見た目に反してテナント料がバカ高くてな、こっちは火の車なんだよ。

 何もしなくても毎月ゴリゴリ口座からNYが削られていく。

 最近はEAの小遣い稼ぎばかりで、マジで笑えないんだ」

「あなた今、大企業の社員の誘拐について調べようとしてたね?

 大型案件じゃないの?」


「いやっ、個人依頼だよ個人依頼。

 企業依頼と個人依頼は天と地ほど報酬が違うの。

 頼むよ俺達結構長い間柄だよなぁ?」

「……8万NYニューイェン


 俺は身を乗り出して店主の顔を覗き込む。


「お前まだ俺が金を隠し持ってると思ってる?

 見て見ろよこの服装、コートに靴。

 靴の裏なんてすり減ってツルツルだよホラ。

 金持ちがこんななりしてるか?」

「あんたが左手につけてるデバイス、多分トータル10万NYニューイェンするね」


「これは商売道具だから仕方がないの!

 今後もあんたを贔屓にするからさぁ、3万NYニューイェンで頼むよぉ」

「これは合法に手に入る代物じゃない。

 まぁ、あんたはこの先もデカイ事やりそうだからなぁ。

 その先行投資として限界まで泣いて5万NYニューイェンだ」


 俺はため息をついた。


「分かった。

 それで売ってくれ」

「毎度あり!」


 店主は満面の笑みでデータチップを俺に差し出した。

 ああ……。

 ぼったくられた。

 役に立つかどうかも分からない木っ端情報で。

 俺は朝からうんざりしながら元の屋台に戻って隣に並べられた小さな椅子に座る。

 そして気持ちを切り替え、肉夹馍(ロウジャーモー)を齧りながら左手首の情報端末をONにする。

 インプラントされた俺の視界にだけスクリーンがホログラム表示され、チャビィよりさらに機械的で無感情な音声が響く。


(携帯型統合情報システム『Book Of Sage』起動。

 音声は双方向サイレントモードです)


 仕事に関連する情報はこの端末に移してある。

 これはネットワークから独立した仕事専用端末だ。

 逆位相音波による指向性ノイズキャンセラーを備えており、端末の音声も俺の指示も周囲には漏れない。

 俺はさっそく先ほど購入したデータチップを適合するスロットに差し込んだ。


(セキュリティチェック完了。

 解析完了。

 『アンダーグラウンド・トランスポーター・リスト』として保存しました)


「ネクサス・ダイナミクスの失踪者リストの中から適合する情報を出せ。

 条件指定。

 この地点から最も近く、生活圏・通勤経路・交友関係が判明していて拉致現場を特定しやすい失踪者を抽出」


 ホログラムディスプレイは一瞬ウェイト表示になったがすぐに画面を更新する。


(該当する最適な対象は『柳田 良治』。

 独身。

 外部交友関係なし。

 住所:新宿区ウェストエリア502セクター015、メガ・ライオネルF25 17号室。

 通勤経路:HPT(Human Packet Transporter)システムを利用)


 神父から連絡が来るまで時間はある。

 まずは柳田の足取りを追う。

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