第2話 依頼人の直感と巨大過ぎる敵の疑惑
カムイが空中のホロパネルを操作すると、机の右側から10センチ角ほどの直方体のタワーがせり上がった。
そして佐藤が置いたデータチップを摘まみ上げ、タワーの側面に空いた沢山のスロットのうち形式の合う場所へ挿入する。
データのロードが終わると空中にホログラムで多数のファイル群が表示され、自動で次々と開きながらAIが解析していく。
10秒もしないうちに合成音声が解析結果を報告する。
(情報の解析と整理を完了しました。
これはネクサス・ダイナミクス社の2109年下半期における人事評価報告情報です。
ソフトウェア、ミドルウェア、ハードウェアの開発部門に所属するチームメンバーの詳細な情報が含まれています。
これは個人情報と機密情報、さらには非正規ルートで収集されたと思われるプライベート情報を含みます。
メール情報を抜き取った物と思われ、各ファイルに含まれているトラッキング情報から入手経路は以下と推測されます。
2110年04月8日 20:13:27にソフトウェア部門の部長から人事部へ。
2110年04月9日 11:50:28にハードウェア部門の部長から人事部へ。
2110年04月9日 17:30:15にミドルウェア部門の部長から人事部へ送信。
2110年04月10日 21:28:25に人事部からそれらを纏めてセキュリティ本部長の大島忠司へ送付されています。
2110年09月25日 23:30:15にネクサス・ダイナミクス社内メールサーバーの履歴データベースからコピーしてダウンロードされたのが最後となります)
佐藤の額に冷や汗が浮かんだ。
カムイは紅茶を一口含み、静かに目を伏せる。
「佐藤さん、ご存知が知りませんが今の共通OSではファイルに追跡情報が埋め込まれています。
通ってきた経路も、抜かれた場所も調べれば分かる。
もしも会社に見つかればあなたは重大な情報インシデントを起こしたとして解雇どころか最悪、刑事事件ですよ?」
「そっ、そんなことまで分かるとは……。
でも多分大丈夫でしょう。
うちの情報セキュリティ部門なんて、大声では言えませんが正直まともに機能してませんから。
椅子に定時間座って雑談してるだけの方々がほとんどで。
パスワードもずっと一つを使い回してあちこちにメモとして残されてる有様ですし……。
ただ、今後は気を付けます」
「それで、佐藤さんが私に見せたかったのはどれです?」
「一緒に格納しているファイルに、現在失踪中のメンバーの名前と失踪時期のリストがあるはずです。
それと照合して貰えませんか?」
「チャビィ、照合を」
短い間を置いて、合成音声が答えた。
(該当ファイルを確認。
失踪中メンバーと人事評価報告情報を照合した結果、以下の傾向がみられます。
失踪しているのは長期間開発に携わっており、開発のコアメンバーとして重要度がS評価を受けた者ばかりです。
例外としては在籍期間は2、3年と短くても、2109年下半期に富士大東仁王会向けにリリースされたAI『ブッダ・ネクスト』の主要開発者も含まれています。
傾向として同格であれば独身者や人間関係が希薄な者が狙われています)
カムイは椅子の背もたれに体を預けた。
「失踪者は選別されて狙われている。
そしてその選別材料となる情報を持っていたのは大島忠司だと」
「ええ……あくまでも状況証拠ですが。
だからこそ、カムイさんに調べて頂きたいんです」
カムイは紅茶のカップを置いた。
「佐藤さんがここまで危ない橋を渡った理由は?
何か他に根拠があったんでしょう?」
「失踪事件の件で大島本部長とのやり取りは何度もありましたが、彼と相対して話している間、胸騒ぎがして仕方がなかったのです。
私も長く生きてきて多くの人を見て来ました。
会社、家庭、近所や親戚、友人関係、それだけでなく、出向先での沢山のお客様の企業、そこで薄々感じ取れる人間関係。
そうすればおおよそ相手の人となりや、感情や行動の動機は推測が付くようになります。
そして『何か変だ』というあやふやな感覚は、やがて『絶対に何かある』という確信にまで研ぎ澄まされるようになる。
何かとんでもない事が水面下で起こってる、そんな確かな直感があったのです」
カムイは佐藤を値踏みするような目で見た。
「しかし仮に優秀な技術者が組織的に拉致されているとして……。
それを大島忠司と紐付けるのは飛躍し過ぎではないですか?
有能な人物を見定める手段などいくつかあるでしょう」
「私にはこのファイルを元に拉致が行われた確信があるのです。
ミドルウェアチームの情報を表示して頂けますか?
重要度の評価スコアと一緒に」
「チャビィ」
(ミドルウェアチームのメンバーを表示します。
そして失踪したメンバーを強調します)
ホログラムでミドルウェアチームの顔写真とメンバー名、評価スコアが一覧化して表示され、失踪者が強調表示される。
佐藤は身を乗り出して一人一人の名前を確認しながら指をさす。
「もし、私がこのチームの重要メンバーを選別するならば、彼と彼と彼女、それから彼を選びます」
失踪者の評価スコアが95以上、平均が50~70で並ぶ中、佐藤が指さしたメンバーは20や30、中には10という最低スコアの者も居た。
カムイは身を乗り出し、首をかしげながらそれらを凝視する。
「どういう事ですか?
実際に失踪したのは評価スコアが高いメンバーばかり。
なのにあなたはむしろ評価スコアが低いメンバーばかり選んでる」
佐藤は自嘲気味に首を振った。
「大企業病というやつです。
評価資料上の優秀さと実態は決して一致するとは限らない。
この理不尽な状況を生み出した原因は加藤部長にあります。
彼は自分より優秀な人間を嫌います」
「分かりやすく教えて頂けません?」
「問題の根本は中間管理職という難しい立場にあります。
人を選び、評価する時はもちろん有能な人間を選び、評価するのが理想です。
私もそれを心がけています。
しかし有能な人間を選び、評価すればいずれ彼らは私達の立場を脅かす存在となります。
だからあえて自分よりも無能で従順な者を引き立て、有能で”私達にとって安全でない”タイプの人間を悪く評価したり、排除して自分から辞めるように誘導する者が居る。
加藤部長はそのタイプです。
お陰で部内でモラルハザードまで巻き起こし、最近のミドルウェアチームは成果物の品質低下が著しいと社内で問題になっております」
「チャビィ、彼らの評価の根拠の情報を追加表示」
(ミドルウェアチームメンバーの評価スコア、その根拠の詳細を追加表示します)
納得出来ないカムイは佐藤が高く評価したスコア10の若者の詳細を確認して示しながら言った。
「彼なんて勤務時間が極めて長いにも拘らず成果物がほとんどありません。
逆に失踪者のスコア95の女性は短い時間で多数の成果を上げている」
「美人な方ですよね。
まるで映画女優だ。
でもその女性の成果物として報告されたプログラム群の6割、加藤部長の報告資料の3割はこの若者が作った物です。
納品時に成果物の作成者の名前が書き換えられているのです。
もちろんそれを認識しているのは加藤部長と私のみでしょう。
同じような手口で加藤部長は次々と優秀な人材を排除していき、自分の王国を作り上げました。
会社の利益なんてはなから考えません。
結果、組織として今、ガタガタの状態です。
白々しく人材不足と責任転嫁して、何年も継続的に”優秀な人材”を求め続けています」
「どうしてあなたは成果物の事を知ってるんです?」
「プログラムには作成者の個性が出ます。
彼のコードはとても洗練されていて綺麗だ。
頻繁にミドルウェアの問題が発生し、私のようにソースや仕様書の調査を繰り返していればおのずと見分けられるようになります。
なので第三者が本当に優秀な者を選んでいれば、ミドルウェアチームの失踪者はこの資料でスコア95の彼女でなく、スコア10の彼となったはずです。
こんなに的の外れた評価資料は他には存在しない。
つまり間違いなく、このファイルが失踪者の選別に使われたという事です」
カムイは佐藤の目を見ながらポツリと言った。
「大島忠司に疑惑を持たれているという事は、警視庁とその配下組織もグルで、彼らを敵に回すかも知れない。
……そういう事ですね?」
佐藤はゴクリと唾をのみ込んで答えた。
「その通りです。
こんな途轍もない存在相手に立ち回れそうな人物など、カムイさんを置いて他に考えられなかったのです。
……どうか受けて頂けないでしょうか?」
カムイはハンドサインでホログラムの情報を消した。
そして足を組みながら椅子に背を倒し、電子タバコを吸いながら目を閉じてしばらく沈黙する。
佐藤はその間、死刑宣告をまつ被告のように緊張した面持ちで身を固くしながら返答を待ち続けた。
「分かりました。
このデータチップはしばらく預からせて頂きます。
警察に気取られない手段で、別のルートを何か考えて探りを入れて見ましょう」
佐藤は姿勢を正し、カムイに深々と頭を下げた。
「引き受けて下さり、本当にありがとうございます!
どうか何の罪もなく事件に巻き込まれてしまったメンバーを見つけ出して救い出してください。
私のチームのみならず、他のチームのメンバーの事も含めて、どうかよろしくお願いいたします!」
***
俺は寝室のベランダに出ると胸ほどの高さにある、錆びついた金属柵に手をかける。
地上を見下ろすと、元来た時のように変装をした佐藤がそそくさとチャイナストリートの方へ帰っていくのが見えた。
彼が姿を消すと同時に俺は電子タバコをポケットから取り出し、スイッチを入れながら吸い込む。
そしてしばらく後にため息のように吐き出した。
隣に女性型受付アバターのホログラム『チャビィ』が現れ、営業スマイルの表情のまま語り掛ける。
「マスター、佐藤様のご依頼の件について差し出がましいと思いますが言わせてください。
警視庁を敵に回すかも知れず、佐藤様の不正の証拠までお預かりになりました。
極めてリスクの高い行動です。
本当によろしかったのですか?」
「余計なお世話だ。
お前は黙って俺のプロンプトに従って働いてればいい」
「割に合うお仕事とは思えませんが……なぜマスターはそこまでの決意で受けられたのですか?」
「佐藤さんは自分の人生が破綻するリスクも全て覚悟して、部下の為に自分で全てを被るつもりで俺にすがって来た。
その意気に感じて受けたんだ」
「今までの行動パターンからして、マスターがそれだけで行動するとは思えません」
「気に食わないんだよ。
圧倒的に優位な立場に胡坐をかいて他人の人生を玩具のように弄ぶ。
そういう性根の腐ったイキリ野郎どもがな。
絶対的な安全圏に居ると信じて、まさか逆らってくるとは思ってない奴らに吠え面をかかせてやるのが趣味なのさ」
「今までの行動パターンと合致。
完全に理解しました。
スケジュールはどうしますか?
現在、1件のクラス1、小動物タイプのEA駆除依頼を受け付けておられます。
また、同じクラスのEA駆除依頼が2件。
浮気調査依頼が1件申し込まれています」
「明日先に軽く片付きそうなクラス1EAの駆除を終わらせる。
他の依頼受付はしばらくストップしておいてくれ」
「かしこまりました。
では残りの依頼は断りの返信を行い、サイトステータスは期間未定での受付停止状態に変更しておきます」
「それとスタリオン神父にシルバーバレット1ダースほど購入依頼のメールを送っておいてくれ」
「了解しました」
チャビィは無表情のまま数秒、動きを止めて沈黙する。
「……ただいま全てのタスクを終了いたしました。
返信等が有れば明朝ご報告いたします」
受付アバターのホログラムはお辞儀してから消滅した。




