第1話 深夜に訪れた依頼人
カクヨムにも同時に投稿しています。
カクヨムでは挿絵を付けられないので、挿絵はありません。
西暦2110年。
科学技術は20世紀の人々の思い描くとおりの進化を遂げた。
自律AIで動くロボットが街のあらゆる場所で働く。
上位階級の乗る高級車が空を飛び交う。
だが、人類は進歩と同時に愚かさも積み上げてきた。
過剰なゲノムデザイン競争の果てに起きた”自然流出”は、海洋全体にDNA汚染を引き起こし、海は異形の生物で溢れかえった。
ロシアやヨーロッパでは現実逃避の手段が化学薬物から合成された寄生体へと移り、脳が侵食された者たちが普通の人間と変わらない姿で町を歩き回る。
アメリカ大陸では世界最強の軍用AIが暴走し、不完全で未熟な人類は対抗出来ず、大陸全体が隔離領域として封鎖された。
中国大陸では商業主義の暴走で環境汚染を止められず人の住めない土地が拡大。
新たな土地を求めた侵略戦争が周辺国へと広がり、その戦火は日本にまで及んだ。
九州は既に中国の支配下にあり、本州や四国との境界は今も局地戦が続く。
韓国は政府上層部からの浸食に抗えず北朝鮮に吸収され、中国の九州侵攻に合わせて北朝鮮も弾道ミサイルを発射。
核汚染物質をまき散らすダーティボムが東京都台東区の浅草寺辺りに着弾した。
爆心地から半径10キロは半永久的に放射能汚染で立ち入り禁止区域。
日本は首都機能を大田区と東京湾周辺へ移転し、新たな首都『ネオ東京』を形成した。
汚染エリアの外周はスラム街と化し、密入国者と訳ありの人々がひしめき合う。
そして今、日本は新たな未知の試練と向き合っていた。
科学で説明のつかない存在--幽霊や妖怪のような存在が各地で出現しはじめたのだ。
銃弾は効かない。
お札や聖水は効く。
最新鋭の高周波単分子ブレードは通らない。
ブードゥーマジックのエンチャントが施されたナックルダスターや骨とう品の吸血鬼ハンターセットが何故か通用する。
政府は認めず、メディアもオカルト番組のネタ扱い。
しかし警察だけはその実在を否定できなくなっていた。
いつしかその存在はエイドロン・アノマリー(Eidolon Anomaly)、通称EAと呼ばれるようになり、公的に非科学的武装を持てない警察に代わり、EA対処の専門『エイドロン・ハンター』が現れ始めた。
これはその一人のカムイと呼ばれる男の物語である。
***
工業地区の裏にある、倉庫に囲まれた袋小路にて。
身長2メートル程の毛むくじゃらの雪男のような怪物が作業員の男の首を片手で掴み上げていた。
そこへ通報を受けた武装警官5名が駆け付け、惨状を見て2名が即座に拳銃を構え、2名がサブマシンガンを抜いてコッキングする。
「動くな!
武器を捨てろ!」
「なんだあれは?
人間……か?」
「被り物か、DNA障害か……。
最近は面白半分で変なミックスDNAの子供を作る狂人も居る。
丸腰に見えるが撃つ時は躊躇するな!」
グジャッ
怪物は絶命した作業員を地面に投げ捨てて警官の方を振り向いた。
その怪物には頭が無かった。
ゴリラのように筋肉質で発達した太い腕と分厚い胸板、ずんぐりと長い胴に太い脚、全体が短い茶色の毛でおおわれている。
して左脇辺りに斜めの大きな亀裂が見えた。
その亀裂がぱっくり開くと血で染まった幾つもの牙がのぞく。
ウオオオォォォ――――!
辺りに響く吠え声をあげて、怪物は警官へ突進した。
「撃てぇぇ――!」
パァン! パァン!
警官たちは拳銃を撃ち、放たれた9ミリの弾丸は怪物の体に何度も命中する。
だが怪物はひるまない。
血も出ない。
なぜか全ての弾丸が完全に弾かれる。
「うわっ、とっ、止まれえぇぇ――!
くっ、来るなぁ!」
ブオン! グジャッ
あっという間に近寄った怪物が腕をひと振りし、一人の警官の首が胴から千切れて空中に飛んだ。
残りの二人が慌ててサブマシンガンを乱射する。
タタタタタタタタ!
タタタタタタタ!
無数の弾丸が怪物の胴や胸に命中し続ける。
だが怪物は何のダメージも受けることなく、サブマシンガンを撃つ警官達に平然とした態度でゆっくり向き直った。
「畜生お前らちゃんと狙って撃てっ!
状況更新!
レベル5脅威対象!
射殺しろ!」
「当ててる!
ちゃんと当ててるんだよぉっ!」
警官の震える手に握られたサブマシンガンは無感情な指向性の合成音声で警官にアナウンスを流す。
(残弾、残り20……10……0。
カートリッジを交換して下さい)
「くっくそっ」
一人の警官は震える手で内ポケットから予備のカートリッジを取り出すが、そのまま地面へと落っことした。
しゃがんで拾おうと手を伸ばすが、それと同時に後頭部を押されてぐんと地面が目の前に迫り、意識が途絶する。
グジャッ
「嘘だろこいつっ!
やめっ、やめろぉぉ――!」
ゴリリッ グジャァッ!
また一人、警官が怪物に頭を掴まれてそのまま千切られる。
残された一人の警官は残数10発のサブマシンガンを怪物に向けたまま、ライブカメラ越しに報告を続ける。
「四宮も殺された!
怪物に頭を素手で千切られた……。
こんなの、あり得ない、あり得ないだろう?
何発当てても血の一滴も流してない。
俺達の使ってるのはサイボーグ向けの徹甲弾だ。
俺は幻覚を見てるのか?
これは現実なのか?
……そっ、そうだこれがひょっとして例のEA……」
ウオオオォォォ――――ッ!
怪物は大股で素早く警官に迫る。
そして次の瞬間最後の警官の首ライブ映像を流し続けながら、胴体を離れて空中高く飛んだ。
***
プツッ
映像が途切れ、情報収集AIの合成音声が響く。
「以上が警察のデータベースにEAというタグで新たに登録された事件の映像になります。
私には作業員が勝手に浮き上がって絶命し、壁に発砲を続けた警官の頭が突然地面にぶつかって潰れた映像にしか見えません。
やはりマスターには別なものが見えておられますか?
お聞かせいただければ幸いです」
女性の目の前の空間には大きな立方体の”石柱”のようなホログラムが浮かんでいた。
表面には光る文字がびっしりと刻まれ、中央には無表情な”人の顔”のような物がついて喋っている。
マスターと呼ばれた女性は空中にホログラム表示されたメニューからメイドロボットに紅茶と茶菓子を要求しながら答えた。
「バーサーカータイプ、クラス3のコードネーム:ウェンディゴ」
「2109年に港区のベイエリアで特殊部隊のチーム6人を壊滅させた雪男型EAですね?
同一の個体でしょうか?」
女性はソファーに背を預け、軽く伸びをする。
「同種だけど別個体。
体型も毛の色も違う。
いや、そもそも安定して存在し続ける個体なんてものがあるのかすら現時点では分からないわね。
もっと情報を集めないと」
「ご必要とあれば専用タスクAIを5000ほど増やして情報収集を強化いたします」
「それもいいけど……。
私としては実際に現地に行って調べてくれる人が欲しいな。
まっ、ただの興味本位なんだけどね。
別に私はオカルトマニアでも無いんだけど、情報屋に分からない事があるなんてちょっと癪じゃない?」
「理解はいたします。
危険地帯に乗り込んで調査を行う。
それに該当するのはバウンティハンターが適切と思われます。
……マスター、オーナーが廊下から歩いてきます。
私は姿を消した方が良いでしょうか?」
女性はホロパネルを操作しながら、ニューストピックを流し見する。
「いいわよ。
ヴェーダ、どうせあなたの姿はオーナーには見えないでしょ?
あのオーナーも毎度挨拶に来てくれるのは律儀で礼儀正しくて大変素晴らしい事ですけど?
こっちは面倒臭いだけなんだよねぇ……」
「必要であればオーナーのインプラント・アイにハッキングをかけて、私を”見えるように”することも可能です。
あるいは、マインド・プロトコルAIのサラスワティを呼んでオーナーの気分を害さないように断る方法を算出させてはどうでしょう?」
「私を誰だと思ってるの?
不要よ」
「マスターのご意志は時々私にも分かりかねます。
……駐車場にいくつかのホバーカーが着陸しようとしています。
識別コードは山岸様、谷村様、服部様。
いきなり忙しくなりそうですね。
お仕事頑張ってくださいマスター。
アルコールはほどほどに」
***
ネオ東京の新宿区。
その半分が放射能汚染警戒の隔離エリアとなり、生き残った繁華街との境界は密入国者や訳ありの人々が住むスラム街と化していた。
その境界に位置する中華街――チャイナストリート。
そこから路地に入った先にある10階建ての雑居ビルの5階に神威特異案件調査室事務所があった。
エレベーターのドアが開き、グレーのコートで身を覆い、つばの広い帽子を被った男が降り立つ。
周囲を不安げに見回し、ホロ看板を確認して自動ドアをくぐる。
待合室に入ると、上半身だけの受付アバターがホログラムで現れた。
抽象化された女性型ロボットの姿で、胸のネームプレートだけは『神威特異案件調査室』と書かれている。
「神威特異案件調査室へようこそ。
ご用件をお伺いいたします」
男は周囲を気にしながら答える。
「予約をした佐藤です」
「本日22時30分にご予約の佐藤 慎一郎様ですね?
先に武装や危険物をお持ちでないかスキャンをさせて頂きます」
佐藤が天井を見上げると、いくつかのカメラやセンサーがゆっくりと彼に焦点を合わせて動くのが見えた。
いくつかの種類の光の筋が全身を通り抜けたあと、アバターは横に移動して佐藤を扉に誘導する。
「スキャンを完了しました。
どうぞお通り下さい。
マスターがお待ちしております」
ピンッ
シュカ――
小さな電子音の後に自動ドアが開き、佐藤は中へと入る。
中へ入ってすぐ正面には大きな机があり、その向こうで黒髪ウルフカットの男が座っていた。
年齢は30代後半ほど。
その男は無表情のまま素早く佐藤の足先から頭まで目をやってから話しかける。
「はじめまして。
私がカムイです。
ここは安全ですので、その変装用の帽子も取って頂いて大丈夫です」
佐藤が帽子を取ると、ホログラムで偽装していた顔が消えて白髪交じりの短髪、40代の男の素顔が現れた。
「すいませんねぇ。
私もちょっと警戒せざるを得ない事情がありまして。
あっ、ちょっとコートを脱がせて貰いますね」
佐藤がグレーのコートを脱ぐと、企業のロゴデザインがされた一体成型のスーツが姿を現す。
カムイは無感情に言った。
「そのコートと帽子で変装をしてきたのは正解です。
ネクサス・ダイナミクスのような超大手AI企業の制服で治安のよくないチャイナストリートを歩いてたら、強盗や身代金目的の誘拐のターゲットにされかねません」
「こわっ。
本当にそんなに危険なのですか?」
カムイは机のティーポットからカップに紅茶を注ぎながら答える。
「強盗なら小さなものを含めれば週に3件は起きています。
その被害者達は皆、”まさか自分が”と思っていた人達です。
日中であればまだマシですがね。
今は22時過ぎ。
用心し過ぎるという事はありません。
例え貴方が何も金品は持ってなくとも、体温や湿度調整機能付きのそのスーツだけでも欲しがる者は居るでしょう。
あなたが腰の裏に隠してるスタンガンも絶縁タイトスーツ着てるチンピラには通用しません。
帰り道は十分に注意して下さい」
「ははは……」
カムイは椅子に座った佐藤に紅茶を差し出してから姿勢を正す。
「少なくともここはある程度安全ですよ。
全てをお教えする事は出来ませんが、ありとあらゆる対策を取ってますからね。
狭い事務所で申し訳ないですが、おくつろぎください」
「ありがとうございます。
頂きます」
佐藤はカップを手に取って口に運ぶ。
「このテナントエリアは私の住居や資料室も兼ねてるのでどうしても事務所に取れるスペースが制限されるんです。
でもまぁ、私の実際の仕事の大部分は外での活動だから十分なんですよ。
ではご依頼内容を伺いましょう」
佐藤は飲みかけたカップを机に置くと周囲を再び見回す。
警戒を察したカムイが言った。
「ご安心下さい。
盗聴や盗撮機器は日頃から重点的にチェックしてますが、仕掛けられてた事は一度もありません。
セキュリティシステムも物理的にこのフロア内は物理的に独立して構築しています。
むろん私も依頼者の秘密は厳守します。
ここでの会話が外部に漏れる事は決してないですよ」
「カムイさんが一目見て看破されたように、私は『ネクサス・ダイナミクス』に所属する社員です。
ご存知だと思いますが大手企業向けのAIシステム構築をする会社です。
私は社員や派遣社員を含む100名くらいのソフトウェア開発部の部長をやております」
佐藤が胸に手を当てると、ホログラムで名札が表示された。
「ここ3ヶ月の間に私のチームのメンバーが3名、突然失踪しました。
3人とも真面目な若者でして、ここ最近納品に向けたデスマーチが続いてたとは言え、怠けたり仕事を投げて逃げるような人間では有りません。
自宅は家財もキャッシュデバイスも置いたまま。
何の連絡もなく、警察にも通報して捜索して貰っている最中です。
そして同じ様な事が社内のミドルウェア開発チームやハードウェア開発チームでも起きています」
「そこまでなら警察の仕事ですね。
ネクサス・ダイナミクスほどの大企業であれば、警視庁も本気で動くでしょう」
「はい、確かに警視庁の捜査一課と組織犯罪対策部といってましたか、そこが調査を進めてくれています。
ただ……誘拐の可能性があるため、大島本部長からの直命で社員全員に緘口令がしかれています。
犯人を刺激しない為という説明ですが、本音としては事件が公になるとネクサス社の株価に影響が出る事を懸念して静かに処理しようとしているのでしょう。
大島本部長の事をご説明しますと、本名は大島忠司。
元警視庁に勤めていた方で退職後にネクサス・ダイナミクスのセキュリティ本部長となっています」
カムイはハンドサインでホログラム表示のディスプレイを操作して眺めながら言った。
「警視庁の大島忠司。
元副総監ですか。
なるほど、典型的な“転籍組”というやつですね」
「その通りです。
ご存知かも知れませんが警視庁の統合情報制御AIはうちが納品した製品です。
当時副総監だった大島本部長のお力も大きかったと聞いております」
「ではそろそろ教えて頂けませんか?
佐藤さんがあえてここへ来た理由を」
「……」
しばらく沈黙した佐藤は、すがるような目でカムイに尋ねた。
「私の友人から聞きました。
カムイさんは過去にタイヨー・ホールディングスと関東最大の反社会組織『山川組』との衝突を仲裁されたと。
表沙汰になれば日本全国で大ニュースになるような危険な情報ややり取りが飛び交っていたとも。
それが出来たのはカムイさんの絶大な信頼があったからとも。
これは本当ですか?」
「あれはまぁ、大変でしたね。
危ない橋は数え切れないくらい渡りました」
「この情報について決して外部に漏らさず、解決すれば破棄して頂くと約束して頂けますか?」
「ふぅ……。
正直に言いましょう。
よっぽどのことが無ければ秘密はお守りいたします。
一つ言える事は、私は節操のない人間では無いという事です。
私は法律よりも自分の正義を優先するタイプの人間です。
もしその情報が私にとって看過出来ず、私の正義に反するものであったなら、場合によっては貴方を警察に突き出すでしょう」
佐藤の表情が強張り、しばらくしてゆっくりと頷いた。
佐藤はかすかに震える手を持ってきた鞄につこみ、指先サイズの透明ケースに格納されたデータチップを取り出して机に置いた。
「噂通りの誠実なお方とお見受けしました。
カムイさん。
私は貴方を信頼いたします」
「その前に一つ。
佐藤さん。
あなたがそこまで決意された動機は何です?」
「私はどこにでもいる中間管理職です。
必死に勉強して不相応な帝都大学に入り、大企業に入社後は次々と生まれる最新技術や本物の天才達についていくのもやっとの状態。
上司へのおべんちゃらと飲み会、仮想空間でのゴルフの付き合いで頑張ってようやく今の地位を得ました。
見栄を張って大田区外縁のタワマンの35年ローンで購入し、TOKUDAのホバーカーもローンで購入し、3人の子供も学費の高い私立に通わせ、家計は火の車です。
そんな私でも……私なりの正義があるのです。
失った部下は、ただの他人では無かった。
……とても大切な仲間だったということです」
2115年、アンドロイドの救世主とは、世界観を共有してますが物語としての世界線は若干違い、こちらはカムイ主人公で展開する予定です。




