第9話 一緒にご飯
(赤岩陽太視点)
「よし! 終わった!! 」
美月はノートパソコンを閉じる。パタンッと折り畳まれる音が生まれる。
「陽太君、記事は完成したから。3日後には記事を昇降口前に掲載できると思う。こんなに早く終わったのも、陽太君が貴重な証拠を持ってたおかげだよ。これでヒヤリング内容も少なくて済んだし」
美月は席から立ち上がり、俺の近くまで移動する。達成感と嬉しさを感じる表情を浮かべる。
「よかった。これで青井や元カノに地獄を見せられるかもしれないんだね? 」
「うん。高い確率で」
美月は安心させるようにニコッと笑みを浮かべ、右手で〇を作る。
「そうなって欲しいよ。俺はやられたままだと嫌だから」
俺は腹の内に潜む本音を口にする。青井と元カノの不幸を願う俺の感情が垣間見える。
「そうだね。陽太君のためにも必ず成功させようね」
美月は豊満な胸の前で両手をギュッとガッツポーズする。
「うん」
俺は首を縦に振って頷く。
「さあさあ、記事も完成したことだし、そろそろお昼にしない? 」
美月が昼食の提案をする。
「うん。俺、お腹ペコペコだよ」
俺は腹を手で押さえる。そろそろ空腹の限界を迎えていた。
「それじゃあ、ここで食べちゃおっか。陽太君もあそこの作業机で一緒に、お昼食べようよ」
美月は傍の四角の机を指差す。机には先程、美月が作業に浸かっていたノートパソコンが置いてある。
「うん。そうするよ」
俺はイスを引きずりながら、机まで移動する。
その間に、美月は先程のイスまで戻る。ノートパソコンは少し机の外側に移動させる。
俺は事前に持参した弁当袋を机に置き、開けて弁当箱を取り出す。
弁当箱を包んだ赤の風呂敷を解く。2段式の弁当箱が露わになる。
俺は重なった弁当箱を分けて、それぞれの蓋を順番に開ける。
1つの弁当箱には、生姜焼き、タコさんウインナー、卵焼き、ブロッコリー、ミニトマトが詰まっていた。もう1つの弁当箱には、しゃけのふりかけの掛かった白米が入っていた。
「わぁ~〜。美味しそう〜~。これ、いただき〜~! 」
向かい側で同じく弁当箱を開いていた美月が、隙を狙って俺のタコさんウインナーを自身の箸で奪い取る。
「あ、ちょっと!? 」
「えへへっ。このタコさんウインナー可愛い~〜。いただきま~〜す!! 」
美月は楽しそうに笑みを浮かべ、大きく口を開けて、俺から奪い取ったタコさんウインナーを口に運ぶ。
口内に入れてから食べることを楽しむように咀嚼する。
モグモグ。
無言で咀嚼を続ける美月。
モグモグ。ゴクンッ。
よく噛んで飲み込む。
「美味しい~!! 何これ〜~。最高なんだけど〜!!! 」
美月は頬に左手を添え、目を輝かせながら、感想を大きな声で口にする。
お母さん。お母さんのタコさんウインナーは美月の舌に合ったみたい。お母さんの料理はやっぱり凄いね。もちろん俺も美味しいと思ってるから。
まあ、お母さんへのメッセージは、ここまでにして。
「俺のおかずだぞ! 勝手に取らないでよ~」
俺は美月に不満を口にする。
「ごめん。ごめん。私の弁当から1つあげるからさ。それで許してよ」
美月は自身の箸で弁当箱から卵焼きを取り出す。そのまま俺の方へ運ぶ。
「ほら! あ~〜ん」
美月は俺の口の前まで箸で卵焼きを運び、甘い声で誘惑する。
「…」
俺は黙り込んでしまう。すぐに食べる訳には行かなかった。
卵焼きを運ぶ箸の先端には、液体で濡れた跡があった。外の光? それとも教室の電気のせいか分からないけど、光が当たって僅かな部分が輝く。その上、先程この箸は美月の口内と接触した。
もう、お分かりだろう?
このままだと間接キスになる。
したくないといえば嘘になる。でも、幼馴染とはいえ、付き合ってもいないのに、本当に間接キスのようなプレイなどしていいのだろうか?
その葛藤に挟まれ、口を開けられずにいる。
「ねぇねぇ。ボーッとしてないで。早く食べてよ~。このままだと私だけ貰って等価交換になってないじゃん! 」
美月は頬を膨らませながら、俺の口元に箸で卵焼きを軽く押し付ける。卵焼きの柔らかい感触が口元に伝わり、匂いが俺の鼻腔を刺激する。
ここまで来たら断ろうにも断れない。
「はむっ」
俺は口元に押し付けられた卵焼きを顔を動かして口に運ぶ。
美月の唾液の付いた箸に口を付ける。
俺の唾液と美月の唾液が混ざった、よな?
「あ! やっと食べてくれた! 」
美月は俺の行動に頬を綻ばせる。俺が咀嚼し始めたタイミングで箸を引く。箸が俺の口内から退く。
モグモグ。モグモグ。
俺は下を向きながら咀嚼を続ける。
流石に俺と美月の混ざった唾液で濡れた箸の先端を視界に収めながら咀嚼など出来ない。
「どう? 美味しい? 」
美月は感想を求める。
「…美味しい」
俺は卵焼きを良く噛んでから飲み込んで、美月と目を合わせずに感想を伝える。
「どうしたの? 何で目を合わせないの? もしかして嘘ついてる? 美味しくなかった? 」
美月は前のめりになる。
「…美月。今、何したか分かってる? 」
俺はゆっくり顔を上げる。
「え…。分からないけど」
美月は不思議そうに首を傾げる。
本当に事の重大さに気付いてないみたいだ。
「その箸、さっき美月も使ってたよね? 俺のタコさんウインナー食べたときにも」
俺は美月の箸を指差す。
「え…。あ…。…本当だ…」
美月は言葉を失う。左手で口元を隠しながら、ボッと爆発するように顔を真っ赤にする。耳まで赤くなる。
「あ、その…えっと。たまたまだからね? わ、私が気づいてなかっただけだから!! 本当に他意はないから。嫌らしい気持ちとか下心とか絶対ないから!!! 」
美月はようやくことの重大さに気づき、顔が真っ赤な状態で必死に弁解する。
「お、おう」
俺は頷いて相槌を打つことしかできない。適切な返す言葉も見つけられない。
「い、いい? 今回のことは無かったことにして! 忘れてね? 絶対に忘れてよね? うん。忘れよう! 分かった? 」
美月は顔を真っ赤なまま、立ち上がって前のめりで俺に要求する。いつもと様子が大きく違い、動揺を隠さず、必死さも見られる。
「お、おう」
俺は再び首を縦に振る。
「言ったからね! 言質取ったからね!! 」
美月は俺から距離を取り、再びイスに腰を下ろす。
落ち着かない様子で、箸に付着した俺の唾液を拭かずに、弁当箱のおかずに手をつけ始める。
俺は俺で昼食が進まず、美月に言われた通りに、先程の出来事を忘れるように努めた。




