第62話 無料弁護士相談窓口
(母親視点)
時刻は16時。
いつもより数時間ほど会社を早く退社した。
向かったのは、市役所だった。
自動ドアが開き、冷えた空気が頬に触れる。
平日の夕方。
思ったより人は多い。
総合案内へ歩く。
「法律相談で16時から予約している赤岩という者ですが」
受付の女性は、慣れた手つきで名簿を確認した。
「はい、確認できました。こちらでお待ちください」
受付票を手渡される。
「はい」
短く答え、長イスに腰を下ろす。
隣には、高齢の男性が静かに座っていた。
壁の時計の秒針が、やけに耳に残る。
「赤岩様どうぞ」
名前を呼ばれる。
立ち上がる。
職員に案内され、奥へと進んだ。
通されたのは、小さな相談室だった。
机を挟み、向かいには弁護士が座っている。
簡素な部屋。
余計なものはない。
「本日はどうされましたか? 」
穏やかな声。
だが、無駄な感情は乗っていない。
事実だけを受け取るための声。
それでいい。
「息子が、学校で同級生に殴られました」
簡潔に告げる。
「怪我の程度を教えていただけますか? 」
「顔面の打撲です。鼻の出血がありました。そのため医療機関での診断書を取得しています」
封筒を差し出す。
弁護士は中身を開き、目を通した。
「……内容、確認しました」
小さく頷く。
「現時点では、傷害に該当する可能性はありますね」
「民事で、損害賠償請求を考えています」
声は、静かに定まっていた。
「承知しました」
弁護士はメモを取りながら続ける。
「まずは事実関係と証拠の整理が前提になります。現在の証拠は診断書とのことですが、他には何かありますか? 」
「現場の動画があります」
スマートフォンを取り出し、画面を示す。
「少し見せていただいてもよろしいですか? 」
頷き、再生する。
短い映像。
音。
衝撃。
弁護士は最後まで確認し、画面から目を離した。
「………これはかなり有力な証拠になりますね」
静かに言った。
「相手は未成年ですか? 」
「はい。息子の同級生で高校2年生です」
「その場合、責任は監督義務者――通常は保護者に及びます。請求先は相手方の親になるのが一般的です」
頭の中で、構図が組み上がる。
誰に、何を、どう請求するか。
「進め方についてですが」
弁護士が視線を上げる。
「いきなり訴訟ではなく、まずは内容証明郵便による請求、あるいは示談交渉から入るのが一般的です」
「……示談」
「はい。任意の解決になります。訴訟は時間や費用の負担も大きくなりますので」
数秒、沈黙する。
頭を整理する。
「示談の場合、どの程度まで請求できるものなんでしょうか? 」
「今回のような打撲であれば、数万円から数10万円程度が1つの目安になります。ただし、悪質性や証拠の内容によっては変わります」
「……分かりました」
短く頷く。
「本日はお時間も限りがありますので、概要のご説明になりますが……。具体的に進める場合は、改めて弁護士にご依頼いただく形になります」
「分かりました」
イスから立ち上がる。
進むべき線は引かれた。
これから、またやらなければいけないことがある。
そのために法律や制度に頼る。




