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第61話 幼馴染の気持ち

(赤岩陽太視点)


「待ってよ、美月!」


 声を張り上げた瞬間、俺はもう走り出していた。


 逃げる背中。

 風に揺れる、長い髪。


 ――速い。


 普段の柔らかい雰囲気からは想像できないほど、1直線に、迷いなく前へ進む足取り。


 距離が、縮まらない。


(……くそっ)


 それでも、止まれなかった。


 息が荒くなる。

 肺が焼けるみたいに痛い。


 足が重い。


 それでも――


 置いていかれるわけにはいかなかった。


「……っ!」


 ようやく届く距離。


 俺は反射的に手を伸ばし――


 美月の手首を、掴んだ。


「放して!」


 鋭い拒絶。


 パシッ、と強く弾かれる。


 その勢いのまま、美月は振り返り――


 キッ、と俺を睨みつけた。


 まるで、敵を見るみたいな目だった。


「……美月」


 名前を呼ぶ。


 それだけなのに――


 自分でも分かるくらい、情けない声だった。


「どうして!どうして、陽太君は分かってくれないの!!」


 叩きつけるような叫び。


 悲鳴に近い。


 抑えてたものが、一気に溢れたみたいだった。


「私は、こんなにも大好きなのに! こんなにも思ってるのに! どうして!!」


「……」


 何も言えなかった。


 言葉が、出てこない。


 何か返さなきゃいけないのに――


 頭が、真っ白になる。


 ただ、立ち尽くすことしかできなかった。


「元カノのことも名前呼びするし……なんで……そんなこと…するの……?」


 声が、崩れる。


 次の瞬間――


 ぽろり、と。


 涙が零れた。


 美月は慌てて袖で拭う。


 けど、追いつかない。


 次から次へと、溢れてくる。


 止めようとしても、止まらないみたいに。


「っ……」


 胸が、強く締め付けられた。


 その涙を見た瞬間――


 考えるより先に、身体が動いていた。


 ぎゅっ、と。


 美月を、抱きしめる。


「ふぇ……」


 ぴたり、と。


 美月の身体が固まる。


 驚きで、涙すら止まったみたいだった。


「ごめん」


 喉が詰まる。


「辛い思いさせて、本当にごめん」


 腕に、力を込める。


 離さないためじゃない。


 ちゃんと――届くように。


 耳元で、言葉を落とした。


「……」


 返事はない。


 でも、抵抗もしなかった。


 だから――続ける。


「もう、元カノのことも名前で呼ばない」


 1つずつ。


 逃げずに。


「美月の気持ちにも、ちゃんと応える」


 ごまかさない。


「もう、気づいてないふりはしない」


 言い切る。


 自分に、言い聞かせるみたいに。


「……信じられない」


 小さく、落とされた言葉。


 静かで――でも、はっきりと冷たい。


「……今までの陽太君の行いから、信じられない」


 刺さる。


 深く、真っ直ぐに。


(……当たり前だ)


 そう思った。


 今までの自分を考えれば――当然だ。


 信じてもらえるなんて、甘すぎる。


「だから、行動で示して」


 ふっと、耳元で囁かれる。


「へ……?」


「聞こえなかった?」


 少しだけ顔を離して。


 美月が、真っ直ぐに俺を見る。


「私に信じさせて。――行動で」


 逃げ場なんて、なかった。


 試されている。


 ――今、この瞬間。


 俺は、ゆっくりと腕を解いた。


 向き合う。


 視線が、重なる。


 逸らさない。


 逸らしたら、終わる気がした。


 お互いに、頬がわずかに熱い。


 分かるくらいに。


 少しずつ、距離を詰める。


 息が、触れ合う。


 心臓の音が、やけにうるさい。


(……もう、逃げない)


 覚悟を、決める。


 そして――


 俺は、美月に触れるように。


 そっと、唇を重ねた。

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