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第52話 青井の退学がクラスに拡がる

(赤岩陽太視点)


 1日の授業がすべて終わり、帰りのホームルームも終わりに差し掛かっていた。


 窓の外は、もう夕方の色だ。

 西日が斜めに差し込み、教室の床に長い影を落としている。


 誰もが気を抜いている時間だった。


 机に突っ伏して寝ているやつ。

 スマホを膝の下でいじっているやつ。

 小声で笑っているやつ。


 ――いつもの、どうでもいい放課後前の空気。


 その空気を、担任が断ち切った。


 バンッ。


 出席簿を閉じる音が、やけに大きく響く。


「……最後に、連絡がある」


 教室のざわめきが、一瞬だけ薄くなる。


 担任は1度、教室全体を見渡したあと――


 わずかに間を置いて、口を開いた。


「青井についてだ」


 心臓が、ドクンと跳ねた。


「本日までの調査の結果、赤岩への暴行、及び未成年での不適切なラブホテルという施設の利用が確認された」


 言い方が、やけに事務的だった。


 感情を消している。


 ――だから余計に重い。


「これを受けて、学校としては――」


 ほんの1拍。


 その“間”が、異様に長く感じた。


「退学処分とする」


 音が、消えた。


 一瞬、本当に無音になった気がした。


 そして――


 ザワッ……!


 一気に空気が崩れる。


「は? マジで?」

「退学ってガチ?」

「やば……」


 小声のはずなのに、全部がはっきり聞こえる。


 視線が、一斉に集まる。


 刺さる。


 逃げ場がない。


(……は?)


 頭が、追いつかない。


(退学……?)


 そんな話、聞いてない。


(勧告は……あったらしいけど)


 それでも、実際に――決まるなんて。


 現実味が、ない。


「それから」


 担任の声が、さらに上から押しつけてくる。


「同様に関係していた岡については、本日、帰宅措置を取り、自宅待機とした」


 ざわめきが、さらに膨らむ。


「今後、処分を検討する。内容としては、軽いものにはならないだろう」


 淡々。


 本当に、淡々としている。


 まるで誰かの人生の話じゃないみたいに。


「お前たちも、ルールを破って軽率な行動がどういう結果を招くか、よく考えろ」


 言葉が、教室の空気に沈む。


 ――だが。


 もう誰も、ちゃんと聞いていない。


「岡も終わったな」

「ラブホって……」

「普通にヤバすぎだろ」


 ヒソヒソ声が、波みたいに広がる。


 止まらない。


 止まる気配もない。


 そのとき――


 キーンコーンカーンコーン。


 帰りのホームルーム終了のチャイムが鳴った。


 場違いなくらい、軽い音だった。


 この空気と、まるで噛み合っていない。


「……以上だ。解散」


 担任はそれだけ言うと、教壇を降りた。


 こちらを見ることは、最後まで1度もなかった。


 ガラッ。


 教室のドアが開く。


 そして――閉まる。


 残されたのは、ざわめきだけ。


「おい青井、マジ?」

「どうすんのこれ」

「人生詰みじゃね?」


 笑い。


 興味。


 軽い同情。


 全部が混ざって、濁った音になる。


(……はは)


 笑おうとした。


 でも、上手く出なかった。


 喉の奥で、引っかかる。


 青井とあまね。


 ――終わった。


 完全に、地獄に落ちた。


 ここから先、どうなるかなんて知らない。多くの不幸を経験するんだろう。


 でも1つだけは分かる。


(……ざまぁ、だな)


 そう思った。


 確かに、思ったはずなのに――


 胸の奥が、妙に重い。


 スッとしない。


 むしろ、詰まる。


(……なんだよ、これ)


 息が浅くなる。


 胸の内側に、何かが引っ掛かっている。


 勝ったはずだ。


 望んでいた結末のはずだ。


 なのに――


 どうしてか。


 苦しかった。

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