第51話 とうとう退学
(青井佑太視点)
俺とばばあは、担任に連れられて会議室に入った。
――前と同じ部屋。
白い蛍光灯。無機質な長机。整然と並ぶイス。
「少しお待ちください」
担任はそれだけ言い残し、静かに部屋を出ていった。
ガチャ。
扉が閉まる。
その音だけが、やけに大きく響いた。
残されたのは、俺とばばあだけ。
会話はない。
時計の秒針だけが、規則的に刻まれている。
カチ、カチ、カチ――。
(……はあ)
自然と舌打ちが出そうになるのを、ギリギリで抑える。
こんなところに呼び出される意味が分からない。
さっきまでやってたゲームの続きの方がよっぽど大事だ。
(マジで時間の無駄だろ……)
足が勝手に揺れる。
止めようとしても止まらない。
イライラだけが、じわじわと膨らんでいく。
そのとき――
コン、コン。
控えめなノック。
間を置かず、ドアが開いた。
入ってきたのは、校長。
続いて教頭。
最後に担任。
3人が入った瞬間、空気が1段と重くなる。
「お座りください」
校長が短く言う。
命令に近い、無駄のない声。
俺はわざと音を立ててイスに腰を下ろした。
ドカッ。
そして足を組む。
ばばあは、小さく頭を下げてから、静かに座る。
向かい側に、校長、教頭、担任が並んだ。
逃げ場のない配置。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
校長がまず、ばばあに向けて言う。
形式的な挨拶。
だが、声には一切の柔らかさがない。
「いきなりのご連絡となり申し訳ありません。ただ、学校として看過できない事案が確認されましたので、本日お越しいただきました」
淡々とした説明。
感情は乗っていない。
だからこそ、重い。
「ほんとそうっすよ。俺、用事あったんすけど」
俺は割り込むように言った。
空気を壊すつもりで。
だが――
誰も反応しない。
一瞬、完全に無視された。
その沈黙が、逆に居心地悪い。
「……申し訳ありません」
校長は一応、そう言った。
だがそれ以上は何も触れない。
話を戻す。
「では、本題に入ります」
そう言って、校長は手元のクリアファイルを開いた。
中から、1枚の紙を取り出す。
そして――
無言で、机の中央に滑らせる。
俺と、ばばあの前に。
視線が、そこに吸い寄せられる。
「……は?」
声が漏れた。
そこに写っていたのは――
俺と、あまね。
ラブホテルの門をくぐる瞬間。
顔も、姿も、はっきりと分かる。
言い逃れができない。
決定的な写真。
ばばあが隣で息を呑む。
小さく、「え……」と声が震えた。
「こちらの写真について、説明を求めます」
校長の声は低い。
だが、強くもない。
ただ、逃げ道を塞ぐような言い方だった。
教頭と担任の視線が、同時に向けられる。
逃げ場がない。
「え、いや……その……」
言葉が出ない。
喉が詰まる。
(なんでだよ……)
頭の中が一気に混乱する。
(なんでこんなもんがあるんだよ……)
誰かに撮られてた?
気づかなかった?
そんなはず――
でも、現実として目の前にある。
逃げられない。
額から汗がにじむ。
首筋に伝う。
止まらない。
「なお、確認ですが」
校長は資料から目を落としたまま続ける。
「君は現在、自宅待機中の措置下にあり、また未成年であると認識しています」
1拍。
「その状態でこのような行動に及んだことについて、学校としては極めて問題が大きいと判断しています」
責める口調ではない。
“事実の確認”として処理している。
それが逆に重い。
「ゆ……佑太……」
ばばあの声。
震えている。
「これ……本当なの……?」
横から見られる。
だが、視線を返す余裕がない。
何も言えない。
「……前回、学校としては退学勧告という形で指導を行いました」
校長が続ける。
言葉を選びながら、区切るように。
「しかしながら、今回の件を踏まえ、再度の指導では改善が見込めないと判断しました」
空気が、さらに冷える。
そして――
「協議の結果、学校としては正式な処分として“退学”とすることを決定いたしました」
静かに告げられる。
感情はない。
決定事項として、ただ伝えられる。
――退学。
頭の中で、その言葉だけが反響する。
(……は?)
理解が追いつかない。
退学勧告じゃない。
退学。
決定。
終わり。
俺の以前の楽しい学校生活を取り戻す目的は?
もはや学校にすら通えない?
その瞬間――
力が抜けた。
身体が支えきれない。
イスから滑り落ちる。
床に膝がつく。
音がやけに遠い。
何も考えられない。
視界が揺れる。
「今回の件は教育委員会に私から報告します。今後の家庭裁判でも影響があるかもしれませんね」
誰かが何か言っている。
校長か、教頭か、ばばあか。
分からない。
言葉として入ってこない。
(……終わった)
頭の奥で、はっきりとした声がする。
(もう、終わりだ)
戻れない。
取り返しがつかない。
完全に――詰んだ。




