第50話 再び届く電話
(青井佑太視点)
「佑太! 佑太〜!!」
ドタドタと、階段を駆け上がる音。
その足音は、いつもより明らかに荒かった。
バンッ!!
ドアが、ノックもなしに叩き開けられた。
「あん? なんだよ!」
反射的に怒鳴る。
視線は画面から外さない。
今はボス戦の終盤。
あと数秒、判断を誤れば終わる局面だった。
なんとか運良く画面を一時的に止めることができた。
集中を乱された苛立ちが、そのまま声に乗る。
「せ……先生から……」
ばばあの声は、途中で細くなった。
さっきまでの慌て方が嘘みたいに、急に勢いを失う。
俺の顔を見た瞬間――怯んだ。
肩が、すとん、と落ちる。
それでも何とか、震える手で固定電話の子機を差し出してくる。
……情けねぇ。
「ちっ。なんだよ。いい時なのによ〜!」
舌打ちと同時に、強引に奪い取る。
指はまだコントローラーのボタンに掛かっている。
視線も戻さない。
完全に、ゲーム優先。
「なんすか? 今、いいとこなんすけど。それとも、ようやく自宅待機、解けそうっすか?」
軽く笑いながら対応する。
半分は冗談。
半分は、本気の皮肉。
『お前の担任だが。今、まさかゲームをしながら電話してるのか?』
低い声。
温度のない確認。
(ああ、担任か……)
その瞬間、やる気が一気に削がれた。
めんどくせぇ。
ただそれだけが頭に浮かぶ。
「そうっすけど。なにか問題っすか?」
あえて、言い切る。
少しだけ強めに。
『お前……』
短い間。
だが、その沈黙には、はっきりとした苛立ちが混じっていた。
『……まぁいい』
切り替え。
そして、声が1段低くなる。
『お前に大事な話がある。今後のことについてだ。今から保護者と一緒に来れるか?』
――今後のこと。
その言葉だけが、わずかに引っかかった。
だが、すぐにどうでもよくなる。
(呼び出し? しかも保護者同伴?)
最悪の組み合わせだ。
「はぁ!? 今、忙しいんすけど」
即答。
隠す気もない。
顔も、思いっきりしかめる。
どうせ見えない?
関係ねぇ。
イラついてるのは事実だ。
(冗談じゃねぇだろ……)
今、このタイミングで。
今はゲームのクライマックスなのに。
それを中断されるとか、意味が分からない。
『これは校長からの指示でもある』
空気が変わる。
さっきまでとは違う、重さ。
『お前の今後の未来に影響することだ。すぐに来るんだぞ。分かったな?』
命令だった。
確認じゃない。
拒否を前提にしていない声。
そして――
プツッ。
一方的に切れた。
「……は?」
耳に残るのは、無機質な電子音だけ。
ツー、ツー、ツー……。
やけに耳障りだ。
神経を逆なでするように、一定のリズムで鳴り続ける。
「ちっ!!」
苛立ちのまま、腕を振る。
ガシャンッ!!
固定電話が床に叩きつけられた。
硬い音が部屋に響き、子機が転がる。
ばばあが、びくっと肩を震わせる。
視界の端で分かる。
……どうでもいい。
「おい、ばばあ!! 」
立ち上がりながら叫ぶ。
キッとばばあを睨み付ける。
「学校から呼び出しだ。保護者同伴。車出せ」
命令。
確認じゃない。
「……う、うん……」
か細い返事。
それだけ。
俺はもう見ない。
視線を画面に戻す。
キャラはまだ動いている。
戦闘も、続いている。
けど――
「……はぁぁぁ〜〜」
深く、長い溜め息が漏れた。
もうどうでもいい。
流れは完全に切れた。
ゲーム機の電源を落とす。
画面が暗くなる。
静かになる。
クローゼットを開ける。
学校の制服を掴む。
(……“今後のこと”って、なんだよ)
一瞬だけ、頭に残る。
さっきの言葉。
妙に引っかかる響き。
だが――
すぐに、苛立ちに押し潰される。
(まじでうぜえ! )
そう吐き捨てるように思いながら、
俺は無言で着替えを始めた。




