第48話 ブチギレ
(岡あまね視点)
あたしは、担任の背中を追っていた。
何も言わない。
ただ歩くだけなのに――その背中が、異様に大きく見えた。
(……やだ)
胸の奥で、小さく何かが崩れる。
でも、足は止まらなかった。
やがて、職員室の隣。
会議室の前で、担任はぴたりと立ち止まる。
ゆっくりと、引き戸に手を掛けた。
――ガラッ。
静かな音。
その静けさが、逆に怖い。
「中に入れ」
低い声。
温度がない。
「……はい」
喉が引きつる。
視線を落としたまま、あたしは中へ入った。
その瞬間――
バンッ!?
背後で、戸が乱暴に閉められる。
「っ!?」
肩が大きく跳ねた。
心臓が、ドクン、と1度だけ強く鳴る。
空気が、一気に閉じた。
「青井の次は……お前が……岡……」
背後から聞こえる声は、抑えているはずなのに、震えていた。
ゆっくり振り返る。
――目が合う。
その瞬間、分かった。
(……普通じゃない)
怒っているだけじゃない。
もっと、粘つくような感情。
見たことのない顔だった。
喉の奥が、ぎゅっと締まる。
「あぁぁぁぁ〜〜!! なんでお前も青井も私の顔に泥を塗るようなバカなことをするんだ!!!」
爆発。
怒号と同時に――
バンッ!!
担任の手の平が戸に叩きつけられる。
空気が震える。
「ひっ!?」
声が勝手に漏れた。
足が後ろに動く。
止まらない。
「いいか? お前たちは未成年なんだぞ? そんな、お前たちがラブホに入る決定的な写真がある。この意味が分かるよな?」
ツカツカと近づいてくる。
1歩。
また1歩。
距離が消えていく。
(来ないで……)
思うのに、声にならない。
「いや……いや……ごめんなさい……」
言葉が崩れる。
涙が、視界を歪ませる。
後ずさる。
さらに、後ろへ。
――コツン。
背中が壁に当たった。いつの間にか会議室の奥まで来てしまった。
(……終わった)
逃げ場が、なくなる。
「お前たちは学校から重い処分を受けることになるぞ!! 」
目の前で、怒鳴られる。
空気が押し潰してくるみたいだった。
耳がキーンと鳴る。
何も考えられない。
ただ――怖い。
「お前ら2人揃って私の顔に泥を塗りやがって。いいか? お前も青井もタダじゃ済まないからな? 停学以上の処分は確実だからな? 覚えとけよ?」
言葉が、突き刺さる。
1つ1つが、逃げ道を塞いでいく。
飛んだ唾が、頬に当たる。
でも――動けない。
「……は……はい……」
やっと出た声は、自分のものじゃないみたいだった。
首を縦に振る。
それしかできない。
それ以外、許されない気がした。
「ちっ。今すぐに教頭に共有してくるから、ここで一旦、待ってろ」
吐き捨てるように言うと、担任は背を向けた。
視線すら、もうこちらに向けない。
足音だけが、近づいて――遠ざかる。
引き戸に手が掛かる。
そして――
バンッ!!
また、叩きつけるような音。
会議室が揺れる。
……静かになる。
あまりにも、静かだった。
さっきまでの怒号が、嘘みたいに。
あたしは、その場に立ち尽くしたまま動けない。
膝が震えている。
呼吸が、うまくできない。
(……どうしよう)
考えようとすると、涙が溢れる。
止まらない。
拭くことすら、できなかった。
ただ――
あたしは、その場に寂しく取り残されていた。




