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第45話 ラブホ

(青井佑太視点)


 俺は、自宅近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。


 西に傾いた陽が、遊具の影を長く伸ばしている。

 子どもたちの声も、もうほとんど聞こえない。


 やけに、静かだ。


(……来るよな)


 ポケットからスマートフォンを取り出す。

 画面を確認する。


 時間は、約束の数分前。


 何も来ていない。


 分かっているのに――また画面を見る。


 そして、しまう。


 また取り出す。


 落ち着かない。


 鼓動が、やけにうるさい。


 自分の中で、何かが決まろうとしている気がした。


 そのとき――


「佑太君!」


 声。


 一瞬で分かる。


 顔を上げる。


 視界の先、夕焼けを背にして――


 あまねが、走ってきていた。


 息を切らしながら。

 それでも、迷いなく。


「あまね!」


 俺は、弾かれたみたいに立ち上がる。


 次の瞬間――


 あまねが、そのまま胸に飛び込んできた。


「っ……」


 衝撃。


 そして、温もり。


 反射的に腕を回す。


 細い身体が、腕の中にすっぽり収まる。


 軽い。


 柔らかい。


 ちゃんと、生きている。


 ここにいる。


 それだけで、胸の奥が満たされる。


 言葉が、出なかった。


 あまねも、何も言わない。


 ただ――抱きしめ合う。


 時間が、ゆっくり流れていく。


 あまねは完全に身体を預けていた。

 力が抜けたみたいに、俺に寄りかかっている。


 信じてる、みたいに。


「……あまね」


「……佑太君」


 少しだけ距離を取る。


 でも、近い。


 近すぎる。


 呼吸がかかる距離。


 視線が絡む。


 あまねの頬が、ほんのり赤い。


 自分も同じだと分かる。


 逃げる理由なんて、なかった。


 自然に――


 顔が近づく。


 ――触れる。


 ほんの一瞬の、軽いキス。


「ははっ」


「えへへ」


 どちらからともなく、笑いがこぼれる。


 ぎこちない。


 でも、それがいい。


 もう1度、抱きしめる。


(……まだ、俺にはあまねがいる)


 それだけで、十分だった。


 全部うまくいく気がする。


 あまねさえいれば――


 また、戻れるし取り戻せる。


 あの頃に。


 何も失っていなかった楽しい学校生活の日々に。


 しばらくして、身体を離す。


「行こっか?」


「うん!」


 自然と手を取る。


 指先が触れる。


 そのまま、公園を出る。


 住宅街へ続く道。


 最初は軽く繋いでいた手が――


 気づけば、絡まる。


 指と指が重なり合う。


 恋人繋ぎ。


 あまねの指は細くて、少し冷たかった。


 でも、すぐに温かくなる。


「こういうの……初めてだよね」


 あまねが、小さく呟く。


 照れたように、視線を逸らしながら。


「ああ」


 短く答える。


(……なんだよ)


 胸が、くすぐったい。


(かわいすぎだろ)


 言えないけど。


 言ったら、壊れそうで。


 そのまま、並んで歩く。


 会話はない。


 でも、沈黙が苦じゃない。


 むしろ、心地いい。


 繋いだ手の感触だけで、十分だった。


 ――ふと。


「なあ」


 俺は口を開く。


「他にもさ、初めて……終わらせるか?」


 軽く言ったつもりだった。


 でも、声は少しだけ低くなっていた。


 俺は前方を指す。


 あまねの視線が、その先を追う。


 そして――止まる。


 地元で有名なラブホテル。


 ネオンが、夕暮れに浮かんでいる。


「ラブホ……まだ行ったことないよな?」


 わざと、平静を装って言う。


「……う、うん」


 あまねの顔が、一気に赤くなる。


 目を逸らす。


 でも、手は離さない。


「じゃあ――デビュー、する?」


 沈黙。


 数秒。


 心臓の音が、やけに大きい。


 そして――


 コクン。


 小さく、でもはっきりと頷く。


 視線が戻る。


 恥ずかしそうに。


 でも、逃げない。


(……やばい)


 理性が、揺れる。


 全部、持っていかれる。


 あまねという存在に。


 俺は、そのまま歩き出した。


 手を引いて。


 ホテルの方へ。


 この先にあるものを、ぼんやり想像しながら。


 それが、どんな意味を持つのかも――


 深く考えないまま。


 


(クラスメイト視点)


「あれ……青井と岡じゃね?」


 思わず足を止める。


 視線の先。


 見間違いじゃない。


 夕焼けの中、2人は並んで歩いている。


「……なんで一緒に……って、おい」


 違和感が、確信に変わる。


 そのまま、2人は――


 ラブホテルの門へ向かっていく。


「は……?」


 理解が追いつかない。


 でも、状況だけははっきりしている。


「マジかよ……」


 背筋が冷える。


 これは、ただの噂じゃ終わらない。


 反射的にスマートフォンを取り出す。


 息を殺す。


 距離を保つ。


 バレない角度。


 そして――


 シャッター。


 カシャ。


 すぐに確認する。


 少し遠い。


 だが――ズームする。


 2人の顔は、はっきりと識別できた。


「……確定だな」


 喉が渇く。


 頭の中で、一気に広がる。


 クラス、噂、反応。


「これ……やばいぞ」


 指先に力が入る。


「明日にでもクラスに回すか……」


 決意が固まる。


 俺はスマホを握りしめたまま、2人の背中を見つめ続けた。


 青井と岡は俺の存在など気づく様子もなく、1直線にラブホの中に消えていった。

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