第44話 カップルの電話
(青井佑太視点)
スマートフォンの画面に表示された名前を見た瞬間、心臓が1拍遅れて強く打った。
――あまね。
さっき送ったメッセージに、返信が来ている。
親指が考えるより先に動く。
短く返して、送信。
「……よし」
呟いた直後――
テテテテテン。
部屋の静けさを割るように、着信音が鳴った。
一瞬、何が起きたのか理解が追いつかない。
(……早すぎだろ)
ポケットの中で震えるスマートフォンを取り出す。
画面には――
着信:あまね
喉の奥が、わずかに詰まる。
指が少しだけ滑って、それでもすぐに通話ボタンを押した。
「もしもし」
平静を装ったつもりだったが、声は思ったより軽かった。
『あ!? 佑太君!! よかった〜』
受話口から流れ込んできた声は、はっきりと安堵を含んでいた。
その響きだけで、胸の奥がじわっと緩む。
(……心配、してたのか)
息を吐く。
肩の力が、少し抜けた。
「あまね」
1度だけ名前を呼ぶ。
それだけで十分なはずなのに、続けてしまう。
「あまね」
間を置いて、もう一度。
『佑太君……』
今度は少しだけ落ち着いた声で返ってくる。
さっきまでの焦りが、互いに少しずつほどけていくのが分かった。
数秒、言葉が途切れる。
でも、不思議と気まずさはなかった。
通話越しでも、相手の呼吸が分かる距離。
それだけで、繋がっていると感じられた。
「……今から、会えるか?」
唐突に聞こえないように、少しだけ間を置いてから切り出す。
返事はすぐだった。
『うん。行く』
短くて、迷いのない声。
その言い方に、思わず口元が緩む。
「じゃあ……近くの公園でいいか」
『うん、分かった。すぐ行くね』
具体的な場所を説明する必要もなかった。
それが少し嬉しい。
そのあと、他愛のない言葉をいくつか交わす。
さっきのメッセージのこと。
今日のこと。
断片的で、まとまりのない会話。
でも、それでよかった。
話すこと自体が目的みたいな時間だった。
「じゃあ、あとで」
『うん。またすぐね』
通話が切れる。
耳からスマホを離すと、部屋の静けさが戻ってきた。
けど――
さっきまでとは、まるで違う。
同じ空間なのに、空気が軽い。
胸の奥だけ、妙に落ち着かない。
じっとしていられず、立ち上がる。
「……準備、するか」
誰に聞かせるでもなく呟く。
クローゼットを開ける。
服を何枚か引っ張り出して、広げて、また戻す。
(……どれでもいいだろ)
そう思いながらも、手は止まらない。
結局、いつもより少しだけ無難なシャツを選んだ。
部屋の鏡の前に立つ。
髪に手を入れる。
1度整えて、気に入らなくて、もう1度やり直す。
こんなこと、普段はしない。
自分でも少し可笑しかった。
(……すぐ来るよな)
時計を見る。
まだ数分しか経っていない。
なのに、やけに長く感じる。
スマートフォンをポケットに入れて、もう1度取り出す。
意味もなく画面を確認して、またしまう。
落ち着かない。
でも、その感じが悪くなかった。
(……早く会いてえ)
胸の奥で、静かにそう思う。
声に出すほどじゃない。
けど、確かにそこにあった。
玄関に向かいながら、靴を揃える。
ドアノブに手をかけて、少しだけ深呼吸した。
外に出れば、すぐに現実になる。
あまねに、会える。




