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第43話 会いたい

(岡あまね視点)


 朝のホームルーム。


 窓の外は、いつもと変わらない朝の光。

 グラウンドでは運動部が声を張り上げていて、廊下からは別のクラスの笑い声も聞こえてくる。


 ――なのに。


 この教室だけ、空気が沈んでいた。


 誰も騒がないわけじゃない。

 小声で話してるやつはいる。


 でも、その声には妙な遠慮があった。


 ちら、ちら、と視線が動く。


 どこを見るでもなく――

 ただ、何かを共有しているような、落ち着かない空気。


(……なんでこんな感じなの)


 嫌な予感が、じわっと広がる。


 担任が教壇に立った。


 出席簿を閉じる。


 バン、という音が、やけに硬く響いた。


 一瞬、教室のざわめきが止まる。


 担任は、少しだけ間を置いてから口を開いた。


「今日の早朝に、暴行事件を起こした青井に、学校側から退学勧告をした」


 その言葉だけで、教室の空気が凍る。


 担任は続ける。


「だが――本人はこれを拒否した。このまま在籍を続ける意思を示している」


 1拍。


 誰もすぐには反応できなかった。


 理解が追いつかない。


 そして――


 ザワッ。


 小さな揺れが、すぐに教室全体へ広がる。


「え、残るの?」

「普通辞めるだろ……」

「いや、怖すぎ」


 抑えきれなくなった声が、あちこちから漏れ出す。


 名前は出さなくても分かる。


 その中心にいるのは――佑太君。


 担任が両手を軽く叩いた。


「静かに」


 今度は手は叩かない。


 低く押さえた声。


 それだけで、教室はすっと静まった。


 完全に黙るわけじゃない。

 でも、誰も大きな声は出さない。


 空気が締め付けられる。


「繰り返すが、青井には不用意に関わるな。何か言われたり、お願いされたり、トラブルがあった場合は、すぐに教員へ報告しろ。いいな? 」


 淡々としている。


 感情を乗せていない分、余計に重い。


 それは“指示”じゃない。


 距離を取れ、という明確な線引きだった。


 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。


 チャイムが鳴る。


 やけに大きく聞こえる。


「以上だ」


 担任はそれだけ言うと、出席簿を抱え、振り返りもせず教室を出て行った。


 ドアが閉まる。


 ――その瞬間。


「青井、終わってね?」

「いや普通に無理だろ」

「赤岩殴ったんでしょ? それで残るって……」「退学勧告って辞めろって学校側から言われてるもんだろ」


 抑えられていたものが、一気に噴き出した。


 さっきまでの“遠慮”が消えている。


「てか前からヤバかったよな」

「わかる。ちょっと機嫌悪いだけで空気最悪だったし」

「なんで今まで誰も言わなかったんだろ」


 笑い混じりの声まで混ざる。


 軽い。


 あまりにも、軽い。


(……なに、それ)


 あたしは、机の上に置いたままの手を見つめた。


 指先が、少し震えている。


 前まで。


 誰も、佑太君に逆らわなかった。


 むしろ、顔色を窺って、笑って、持ち上げて。


 ――それなのに。


 今は、いないところで平気で笑う。


 切り替えが早すぎる。


(なにこれ……)


 怖い。


 人が、こんなに簡単に変わるのが。


 それとも――


 最初から、こうだったのか。


 あたしは、唇を軽く噛む。


 胸の奥に、別の感情が混ざる。


 不安じゃない。


 もっと、重くて、粘つくもの。


 ――後悔。


(……違う)


 首を振る。


 そんなの、今さらだ。


 あたしは選んだ。


 あいつを裏切って。


 浮気して全部壊して。


 それでも、佑太君を選んだ。


 だから――


 今さら、引けるわけがない。


 ポケットの中のスマートフォンを握る。


 画面は見なくても、どこを押すか分かる。


(……会いたい)


 このままじゃダメだ。


 直接、顔を見て話したい。


 今、どうなってるのか。


 どう思ってるのか。


 確かめたい。


 親指が、わずかに震える。


 それでも――止めない。


(あたしだけは)


 誰が何を言っても。


 どんな目で見られても。


 あたしだけは――


 佑太君の側にいる。

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