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第42話 退学勧告

(青井佑太視点)


 俺とばばあは、朝早く学校に呼び出された。


 まだホームルームも始まっていない時間帯。

 廊下には人の気配がほとんどなく、足音だけがやけに大きく反響する。


 昨日の夕方、担任から電話があった。


『明日の朝、保護者同伴で来てください』


 それだけだった。


 理由は、言われなかった。


 だが――聞くまでもない。


 嫌な予感しかしなかった。


 職員室に入ると、担任がすぐにこちらに気づいた。


 一瞬だけ、視線が合う。


 その目は、いつもよりわずかに硬かった。


「……こちらへ」


 短く言って、背を向ける。


 俺たちは、その後ろを無言でついていった。


 案内されたのは、会議室だった。


 長机と椅子が整然と並ぶだけの、味気ない空間。


 窓は閉め切られているのに、妙に空気が冷たい。


「少々お待ちください」


 担任はそれだけ言って、部屋を出ていった。


 ――取り残される。


 ばばあは、落ち着かない様子で手を握りしめている。


 俺は、前を向いたまま動けなかった。


 壁の時計。


 秒針の音が、やけに大きい。


 誰も、何も話さない。


 時間だけが、じわじわと流れていく。


 ――ガチャ。


 ドアが開いた。


 校長と教頭が入ってくる。


 その後ろから、担任も戻ってきた。


 自然と背筋が伸びる。


「おはようございます」


 校長が穏やかに言った。


 俺とばばあは、軽く頭を下げる。


 それだけだった。


 言葉は出ない。


 校長と教頭が向かいに座る。


 担任は少し離れた席へ。


 全員が席につく。


 ――逃げ場はない。


 短い沈黙。


 やがて、校長が口を開いた。


「青井君の件について、お話しします」


 抑揚のない、事務的な声。


「昨日、警察から学校へ連絡がありました」


 ばばあの肩が、わずかに揺れる。


「事情聴取の結果、供述調書が作成され、今後、検察へ送致される見込みとのことです」


 言葉が、1つひとつ重く落ちる。


 喉が乾く。


 俺は何も言えない。


「この状況を踏まえ、学校として協議した結果――」


 校長は、そこで1度言葉を切った。


 ほんの数秒。


 だが、その沈黙は異様に長く感じられた。


「青井君に、退学を勧告いたします」


 ――頭の中が、真っ白になる。


 意味は分かる。


 でも、理解が追いつかない。


 次の瞬間。


 ガタッ――!


 気づけば、立ち上がっていた。


「……ふざけるなよ」


 喉の奥から、声が漏れる。


「そうです! あんまりです!!」


 ばばあも声を荒げる。


 だが、校長は微動だにしない。


「落ち着いてください」


 低く、静かな声。


「これは処分ではなく、“勧告”です。最終的な判断は、ご本人とご家庭に委ねられます」


 淡々とした説明。


 逃げ道を用意しながら、追い詰めてくる。


「ただ――」


 空気が、さらに重く沈む。


「今後の学校生活は、非常に厳しいものになることが予想されます」


 心臓が、強く脈打つ。


「周囲の生徒からの視線や噂、場合によっては直接的な言動も考えられます」


 頭の中に、勝手に光景が浮かぶ。


 教室に入った瞬間、止まる会話。


 向けられる視線。


 ひそひそとした声。


 笑い。


 無視。


 ――孤立。


 俺の席だけが浮いている。


 誰も近づかない。


 誰も話しかけない。


「青井君の将来を考えての判断です」


 その1言で、全部が繋がった。


 終わりだ。


 ここに居場所はない。


 このまま残れば、ただ壊れていくだけだ。


「……くそ」


 歯を食いしばる。


 拳を握る。


 震えが止まらない。


 ――それでも。


 そのまま終わるのは、もっと嫌だった。


 顔を上げる。


 校長を、真っ直ぐに睨み返す。


「……さっき、“勧告”って言ったよな」


 声は、かすれていた。


 それでも、止めなかった。


「なら、決めるのは俺だ」


 教室の光景が、頭の中でぐしゃぐしゃに崩れる。


 それでも――


 引く気はなかった。


「俺はやめない」


 はっきりと言い切る。


「どれだけ見られようが、何言われようが――関係ねえ」


 1歩、前に踏み出す。


「俺は、ここに残る」


 静まり返る会議室。


 全員の視線が、俺に集まる。


「……取り戻してやるよ」


 低く、吐き出す。


「俺の学校生活」


 もう1度、校長を睨む。


 今度は、逸らさなかった。


 終わりじゃない。


 ここからだ。


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