表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
39/66

第39話 供述調書と今後の説明

(青井佑太視点)


 コンコン。


 控えめなノックの音が、取調室のドア越しに響いた。


「どうぞ」


 向かいに座る警察官が短く答える。


 ガチャ。


 ドアが開いた。


 入ってきたのは――ばばあ(母親)だった。


 顔色が悪い。髪も少し乱れている。肩で息をしていた。

 慌ててここまで来たのが、一目で分かる。


 ばばあは部屋の中を見渡した。


 そして――


 俺を見つけた瞬間、目を見開いた。


「……佑太……」


 かすれた声で、俺の名前を呼ぶ。


 警察官が俺の横のイスを引いた。


「こちらへどうぞ」


「は、はい……」


 ばばあは慌てて頷き、俺の隣へ歩いてくる。


 カタン。


 イスに腰を落とした。


 座ったというより――崩れ落ちた、という方が近い。


 両手を膝の上に置く。


 だが落ち着かないのか、指先が小さく動いていた。


 そして――


 チラッ。


 ばばあが俺を見る。


 すぐに視線を逸らす。


 数秒後、また俺を見る。


 その視線に込められている感情は、嫌でも分かった。


 心配。


 動揺。


 そして――恐怖。


 だが俺は視線を合わせない。


 机の1点だけを見つめていた。


 取調室には、蛍光灯の白い光と、重い沈黙だけが落ちていた。


 やがて警察官が手元のバインダーを閉じた。


「今回、取調をさせていただき、仮ですが供述調書を作成しました」


 落ち着いた声だった。


 警察官はバインダーから1枚の紙を取り出す。


 机の中央へ置き、こちらから見えるようゆっくり向きを整えた。


 カサッ。


 紙の擦れる音が、やけに大きく響いた。


「こちらがその内容になります」


 ばばあは恐る恐る紙へ視線を落とす。


 数秒。


 そして――


 文字を追い始めた。


 1行ずつ。


 食い入るように。


 沈黙が流れる。


 蛍光灯が、ジジッと鳴いた気がした。


 やがて。


 ばばあの目が大きく開いた。


「……え……」


 小さな声が漏れる。


 次の瞬間。


 ばばあは片手で口元を覆った。


「……佑太……これ……」


 言葉が、続かない。


 そこに書かれているのは――


 俺が赤岩を殴ったこと。


 その場面を撮影した動画が残っていること。


 そして、それが証拠として提出されていること。


 すべてが、感情のない文字で並んでいた。


 ばばあの肩が、小さく震える。


 俺は横目でそれを見た。


 見たくなかったのに、視界に入った。


 警察官は黙ってその様子を見ていた。


 急かすことも、口を挟むこともない。


 ただ――待っている。


 やがて警察官が静かに口を開いた。


「お母さん」


 穏やかな声だった。


「今回の件ですが、今後の流れについてご説明いたします」


 ばばあはゆっくり顔を上げた。


 まだ口元を押さえたままだ。


 警察官は机の供述調書を軽く指で示す。


「まず、本日お聞きした内容は、この供述調書として事件資料にまとめます」


 そして続ける。


「この書類は、後日、検察へ送致されます」


 ばばあの目が揺れた。


「え……検察……?」


「はい」


 警察官は静かに頷く。


「佑太君は未成年ですので、最終的には家庭裁判所での判断になる可能性があります」


 取調室の空気が、さらに重くなる。


「いや……」


 ばばあは何か言おうとした。


 だが、声にならなかった。


 ただ――


 俺と供述調書を、何度も交互に見つめていた。


 やがて警察官は俺の方を見る。


「佑太君」


「……はい」


「この供述調書は、あなたが話した内容をまとめたものです」


 紙を軽く押し出す。


「内容に間違いがないか、もう1度確認してください」


 俺は紙を手に取った。


 そこには、さっき話したことがすべて書かれている。


 赤岩を殴ったこと。


 学校でのトラブル。


 動画の存在。


 全部だ。


 数10秒、目を通す。


 そして――


「……大丈夫です」


 小さく答えた。


 警察官はペンを差し出す。


「では、こちらに署名をお願いします」


 俺はペンを受け取る。


 紙の下にある署名欄。


 そこに――


 ゆっくりと名前を書く。


 青井佑太。


 カリッ、カリッ。


 ペンの音だけが部屋に響いた。


 書き終える。


 ペンを机に置く。


 警察官は調書を確認し、バインダーに挟んだ。


「ありがとうございます」


 そして、ばばあへ視線を向ける。


「本日の事情聴取は、これで終了になります」


 ばばあの肩が小さく揺れた。


 警察官は続ける。


「佑太君を逮捕する形にはなりませんので、本日はこのままご帰宅いただいて大丈夫です」


「……」


 ばばあは何も言わない。


 現実をまだ受け止めきれていない顔だった。


 警察官は静かに立ち上がる。


「それでは、お2人とも」


 取調室のドアへ向かう。


「本日はお疲れさまでした」


 ドアが開く。


 取調室の外の空気が、ゆっくり流れ込んできた。


 張り詰めていた空気が、わずかに揺れる。


 だが――


 俺の状況が変わったわけじゃない。


 むしろ。


 これから、本当の地獄が始まる気がしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ