第37話 警察署へ
(青井佑太視点)
俺とばばあを乗せたパトカーは、サイレンを鳴らすこともなく、静かに地元の警察署へと入っていった。
敷地に入ると、警察官は慣れた手つきでハンドルを切り、庁舎脇の駐車スペースへ車体を滑り込ませる。
ブレーキ。
エンジンが止まる。
ガコン、と小さな音が車内に響いた。
「着きましたよ」
運転席の警察官がバックミラー越しにこちらを見る。
前の席に座っていた警察官2人が、ほぼ同時にドアを開けた。
バタン。
バタン。
乾いた音が続く。
だが――
俺は動けなかった。
(……は?)
ここが警察署。
俺が今いる場所。
その現実が、どうしても頭の中で繋がらない。
さっきまで家にいたはずなのに。
ほんの数時間前まで、普通の日常だったはずなのに。
身体が座席に貼り付いたみたいに、動かなかった。
「佑太? ほら、降りなさい」
隣で母親が焦った声を上げ、俺の肩を揺する。
「……ちっ……」
俺は小さく舌打ちし、重たい身体を動かしてドアを開けた。
外の空気が、やけに冷たく感じた。
地面に足を下ろす。
母親も動揺した様子で、反対側から降りてきた。
「こちらへお願いします」
先に降りていた警察官が短く言う。
俺たちはそのまま警察署の建物へ向かった。
自動ドアが開く。
中へ入ると、想像していたよりずっと地味な空間だった。
受付カウンター。
壁に貼られた交通安全のポスター。
古いベンチが数脚並んでいる。
制服の警察官が事務机で書類を整理していた。
テレビで見るような派手な場所じゃない。
ただの役所みたいな場所だった。
案内していた警察官が受付へ声を掛ける。
「生活安全の任意同行です」
受付の警察官がこちらを一度見て、軽く頷いた。
「はい」
短いやり取りだった。
俺はただ立っているしかなかった。
「お母さんは、こちらで少しお待ちください」
警察官が母親に言う。
「どうしてですか!? 佑太はどうなるんですか!?」
母親の声が裏返った。
周囲の警察官が一瞬こちらを見る。
だが、すぐに視線を戻した。
警察官は落ち着いた口調で説明する。
「青井佑太君から色々と事情を聞く必要があります。そこで今から私と一緒に取調室に移動します。供述に影響が出ないよう、関係者の方には別室でお待ちいただいています」
「……取調……室……?」
母親の顔から血の気が引いた。
次の瞬間、身体がぐらりと揺れる。
「大丈夫ですか」
警察官がすぐ腕を支えた。
どうやらまた目眩を起こしたらしい。
俺はその様子を、ぼんやりと見ていた。
「青井君、こちらへ」
警察官が廊下の奥を指す。
庁舎の奥へ続く廊下だった。
蛍光灯の白い光が、床に1直線に伸びている。
廊下の両側には小さな部屋のドアが並んでいた。
俺は何も言わなかった。
ただ黙って警察官の後ろを歩く。
(……抵抗しても無駄だ)
そう思ったからだ。
ここで暴れても、どうせ取り押さえられる。
言い返しても、淡々と処理されるだけだ。
それなら――
黙って従った方がまだマシだ。
「佑太! 佑太!!」
後ろから母親の叫び声が響く。
振り返らなくても分かった。
追い掛けようとしている。
だが。
「申し訳ありません。こちらでお待ちください」
別の警察官が前に立ち、母親を止めた。
「佑太ぁぁ!!」
叫び声だけが廊下まで響く。
俺は振り返らなかった。
母親の声を背中で聞きながら――
俺は警察官に連れられて、取調室のある廊下の奥へ歩いていった。




