第36話 警察が家に来た
(青井佑太視点)
「警察署の鷲尾です。そちらが青井佑太君ですか?」
2人のうち1人の警察官が警察手帳を示しながら、俺と一緒に階段を降りてきたばばあ――母親に尋ねた。
「は、はい。私の息子の佑太です」
ばばあは明らかに動揺しながら答える。
警察官が今度は俺を見る。
「青井佑太さんで間違いありませんね」
俺は戸惑いながら、小さく頷いた。
「分かりました。玄関先ですと外に話が漏れてしまうかもしれません。よろしければ、リビングでお話しさせていただけますか?」
落ち着いた声だった。
「……分かりました」
ばばあは頷く。
「ありがとうございます」
警察官は軽く頭を下げ、靴を脱いで家に上がった。
もう1人の警察官もそれに続く。
「……こっちです」
ばばあが2人をリビングへ案内する。
俺も状況が理解できないまま、重い足取りで後を追った。
警察官2人は来客用のイスに腰を下ろす。
「い、今からお茶を……」
ばばあは慌ててキッチンへ向かおうとする。
「いえ、お気遣いなく」
警察官が静かに言った。
「お茶をいただくようなお話ではありませんので」
その言葉で、部屋の空気が一気に重くなる。
ばばあの足が止まる。
「……そうですか」
震える声でそう言うと、席へ戻ってきた。
ばばあの手は小さく震えていた。
俺とばばあは、警察官と向かい合う形でイスに座る。
沈黙が数秒続いた。
やがて警察官がカバンを開く。
「まずですが」
1枚の書類を取り出し、机に置いた。
「赤岩陽太君から、青井佑太君に対する暴行または傷害の被害届が出ています」
机の上の紙には――
被害届
そう書かれていた。
「ひ、被害届!?」
ばばあの声が裏返る。
身体がふらつき、イスに手をついて何とか踏みとどまった。
「診断書も提出されています」
警察官は続けてクリアファイルを取り出し、机に並べた。
(……は?)
俺の頭が真っ白になる。
(どういうことだよ……)
被害届。
それって――
ドラマとかで見るやつだろ。
なんで赤岩がそんなもの出してんだよ。
「それと」
警察官がスマートフォンを取り出す。
「学校関係者から提供された映像です」
画面に動画が表示される。
「流しますね? 」
再生ボタンが押された。
『はあぁぁ〜〜〜!!?』
『お前、言葉の使い方には気を付けろよ!! こらあぁぁぁ!!』
俺の声。
そして――
俺の拳。
赤岩の顔面を殴る瞬間が、はっきり映っていた。
数10秒。
それだけで十分だった。
動画が止まる。
警察官が俺を見る。
「この映像で赤岩陽太君を殴っているのは、あなたで間違いありませんね?」
淡々とした声だった。
「え……」
喉が詰まる。
「あの……その……」
頭が回らない。
言葉が出ない。
「いつ頃の出来事ですか?」
警察官は続けて聞く。
「……」
俺は答えられなかった。
沈黙。
数秒。
警察官2人が察したようなゆっくり立ち上がる。
「少し落ち着かないようですね」
鷲尾という警察官が言った。
「ここからは署で事情を聞かせてもらえますか」
俺に立ち上がるよう促す。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ばばあが立ち上がる。
「佑太はこれからどうなるんですか!!」
ほとんど悲鳴だった。
「その件も含めて署で説明します」
警察官は落ち着いた声のまま言う。
「まずは息子さんから事情を聞く必要があります。お母さんも同行していただけますか」
「……そんな……」
ばばあの顔から血の気が引く。
警察官に腕を掴まれ、俺は引っ張られてリビングを後にする。
玄関で靴を履き、外へ出る。
家の前にはパトカーが止まっていた。
「後ろにどうぞ」
ドアが開けられる。
俺は無言で後部座席に座った。
ばばあも隣に乗り込む。
警察官2人は前席に座り、シートベルトを締める。
「それでは署まで向かいます」
エンジン音。
パトカーがゆっくり動き出す。
サイレンは鳴っていない。
ただ――
赤い回転灯だけが、静かに住宅街を照らしていた。
(……なんでだよ)
窓の外を流れる夜の街を見ながら思う。
(ただ殴っただけじゃねぇか……)
(なんでこんな大事になるんだよ……)
パトカーは交差点を曲がる。
そして――
俺とばばあを乗せたまま、警察署へ向かって走り続けた。




