第35話 処分の悪化だけでは終わらない
(青井佑太視点)
「佑太! 佑太!!」
身体を激しく揺さぶられる。
意識の底から、無理やり引きずり上げられるような感覚だった。
俺は停学処分中だ。
だから学校も関係ない。目覚ましもかけず、最近は昼近くまでベッドで爆睡していた。
「うぅ……ん……」
重たい瞼をゆっくり持ち上げる。
ぼやけた視界の中に浮かんだのは――
スマートフォンを握りしめ、焦った顔をしたばばあ(母親)だった。
(……なんだよ。ばばあかよ)
それだけで一気に機嫌が悪くなる。
せっかく気持ちよく寝ていたのに、最悪だ。
「ったく……なんだよ。無理やり起こすなよ! 」
俺は両目を擦りながら上体を起こし、不機嫌を隠そうともせず吐き捨てる。
すると、ばばあは慌てた様子でスマートフォンを差し出してきた。
「あなた宛に電話があったのよ! ほら、担任の先生から! 」
(は?)
胸の奥で舌打ちする。
(なんだよ……こんな朝から)
ばばあも担任も、ろくなもんじゃない。
俺は苛立ちながらスマートフォンを雑に奪い取った。
「もしもし」
寝ぼけた声のまま電話に出る。
すぐに聞き慣れた声が返ってきた。
『ああ。青井か。その声……今起きたばかりだな』
担任だった。
「そっすよ。それで要件はなんすか?」
俺は遠慮なく欠伸をする。
「早く終わらせてください。2度寝するんで。ふあぁぁ〜」
あくびがそのまま電話越しに漏れる。
その時だった。
ピーンポーン。
玄関のドアフォンが鳴った。
「は、は〜い」
ばばあが慌てて部屋を出ていく。
階段をバタバタと降りていく足音が聞こえた。
(担任から電話に、訪問者かよ)
(朝から騒がしい日だな……)
そう思っていると、担任が静かに言った。
『それなら、遠慮なく単刀直入に言う』
1拍。
妙な間が空く。
俺は違和感を覚える。
そして――
『明日から、お前は自宅待機になる』
「……は?」
思考が止まった。
『停学処分も、当初の予定だった1学期までではなくなる。解除時期は未定だ』
一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
頭が完全に覚醒した。
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は思わず声を荒げた。
「どういうことだよ!!」
飛び跳ねるようにベッドから立ち上がる。
「なんで俺の停学が延びるんだよ!?」
担任は淡々と言った。
『赤岩への暴力の件だ。学校として正式に確認された』
一瞬の沈黙。
そして――
『それに、殴った証拠動画も確認された』
胸の奥がドクンと跳ねた。
(……動画?)
誰だ。
誰が撮った?
あの時、周りにそんな奴いたか――?
『その2つを踏まえて、学校としての判断だ』
声は冷静だった。
まるで感情のない機械みたいに。
「は? 意味わかんねぇだろ!」
怒りが一気に噴き出す。
「納得できるかよ!」
「冗談じゃねぇ!」
俺は叫ぶ。
「なんでこれ以上、この俺の停学が延びる必要があるんだよ!!」
「十分罰は受けただろ!!」
「まだやるつもりかよ!!」
電話の向こうで、担任が一瞬黙った。
そして静かに言った。
『詳しくは――これからお前の家に来る人たちに聞くといい。もう到着してるかもしれんがな』
俺の眉が歪む。
これから家に来る人たち?
担任は少しだけ声のトーンを落とした。
『……学校だけの問題では、もう済まないところまで来ているんだ。嫌でも分かるはずだ』
「は?」
その瞬間だった。
「大変! 大変!!」
ばばあの慌てた声が階段の下から響いた。
ドタドタドタッ——
激しい足音。
バンッ!!
勢いよく俺の部屋のドアが開く。
「なんだよ! うるせぇなぁ!!」
俺は苛立ちをそのままぶつける。
だが――
次の瞬間。
言葉が止まった。
ばばあの顔が、青ざめていた。
明らかに様子がおかしい。
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないわよ!」
声が震えている。
「け、警察の人が……」
俺の心臓が跳ねた。
「佑太に話があるって……」
「……は?」
一瞬、意味が理解できなかった。
「け……警察……?」
頭の中が真っ白になる。
手の力が抜けた。
ポロッ――
電話中にも関わらずスマートフォンが指から滑り落ちる。
ガンッ。
床に落ちたスマートフォンが、乾いた音を立てた。
その音だけが――
やけに大きく、部屋の中に響いていた。




