第27話 警察から電話が来て、職員室の空気が変わった
(担任視点)
私は30代前半。
この西条高校で、あるクラスの担任を受け持っている。
教師になって数年が経つ。
それでも――担任という仕事は、想像以上に忙しい。
授業。
プリント作成。
保護者対応。
進路指導。
生活指導。
やることは山のようにある。
そして今日も――。
午後8時を過ぎた職員室で、私はパソコンのキーボードを叩き続けていた。
カタカタカタカタ……。
静まり返った職員室に、タイピング音だけが響く。
もちろん、残っているのは私だけではない。
周囲を見れば、他の教員たちも同じように机に向かい、書類とパソコンに追われていた。
「はぁ……」
誰かの疲れたため息が、どこからともなく漏れる。
毎日こんな感じだ。
教師という仕事は、定時で帰れる職業ではない。
――その時だった。
プルルルルッ。
突然、職員室の電話が鳴り響いた。
私は思わず眉をひそめる。
(なんだよ……こんな忙しい時に)
心の中で毒づきながらも、無視するわけにはいかない。
私は作業を止め、イスを少し引いて丁寧に受話器を取った。
「もしもし。西条高校ですが」
疲れた声を引っ込め、私は瞬時に“電話対応モード”へと口調を切り替える。
すると――。
『もしもし。警察ですが』
電話口から、落ち着いた男性の声が聞こえてきた。
一瞬、意味が理解できなかった。
そして次の瞬間。
「け、警察……!?」
思わず声が漏れ、同時にイスから飛び跳ねるように立ち上がる。
ガタッ。
カタッ。
周囲の教員たちが一斉に顔を上げた。
「え、警察?」
「どうしたの?」
「何かあったの?」
ざわ……。
職員室が一気に騒がしくなる。
(しまった……)
私は慌てて口を押さえた。
周囲の視線が一斉にこちらに向いている。
深く息を吸い、なんとか気持ちを落ち着かせる。
そして再び、電話に向き直った。
「警察の方が……こんな時間に、何かご用でしょうか?」
恐る恐る尋ねる。
すると電話の向こうから、淡々とした声が返ってきた。
『はい。そちらの学校の生徒さん――赤岩陽太君が、同級生から暴力を受けたということで、ご家族と一緒に被害届を提出されています』
一瞬。
本当に、時間が止まった気がした。
頭が真っ白になる。
「ひ、被害届!?」
思わず声が漏れる。
冷静さなど、もうどこにも残っていなかった。
(赤岩……?)
(暴力……?)
(まさか……)
脳裏に、ある名前が浮かぶ。
(青井の件か……?)
あの騒動。
クラスで起きた暴力。
あの時は――。
学校内で処理して、穏便に終わらせるつもりだった。
そのための停学処分で終わるはずだった。
それなのに。
(被害届……?)
(警察……?)
(そんな……)
頭の中がぐるぐると回る。
状況が、まったく整理できない。
『もしもし? もしもし?』
電話の向こうで、警察官の声が何度も繰り返される。
しかし――。
その声は、ほとんど耳に入ってこなかった。
それどころではない。
周囲の教員たちも、ただ事ではないと察したらしい。
「何があった?」
「警察ってどういうこと?」
「生徒のトラブル?」
ざわざわと、職員室全体に不安が広がっていく。
その時だった。
「――代わってください! 」
低く落ち着いた声が、すぐ横から聞こえた。
気づくと、私の隣に教頭先生が立っていた。
いつ近づいてきたのか分からない。
教頭先生は私の手から受話器をそっと取り上げる。
「もしもし。教頭の佐々木です」
落ち着いた声で電話対応を始めた。
その姿は、まるで修羅場に慣れている人間のようだった。
私は――。
その瞬間、全身の力が抜けた。
イスにドサッと座り込む。
手のひらは、いつの間にか汗でびっしょりだった。
(どうなるんだ……これ)
赤岩。
青井。
被害届。
警察。
頭の中で、その単語だけが何度も回り続ける。
そして――。
職員室の空気は、明らかに変わっていた。
これはもう。
学校の中だけで終わる問題ではない。
そんな予感だけが、重く沈んでいた。




