第25話 病院へ行ったら「これは犯罪です」と言われ、診断書を書いてもらうことになった
(赤岩陽太視点)
「赤岩さん。赤岩陽太さん。どうぞ〜」
市民病院の待合室に、看護師の呼び出し声が響いた。
俺とお母さんは顔を見合わせ、長イスから同時に立ち上がる。
一方で――。
美月は立ち上がらず、長イスに腰掛けたままだった。
「美月は来ないの?」
違和感を覚えて振り返る。
すると、美月は少し困ったように笑い、首を横に振った。
「うん。残念ながら、まだ私は家族じゃないから。入らないかな」
その目は、どこか寂しそうだった。
「いってらっしゃい」
美月は立ち上がり、ひらひらと手を振る。
「分かった。待っててね」
俺も軽く手を振り返した。
その表情を見ていると、少しだけ胸がチクッとした。
「陽太、行くわよ」
「うん」
お母さんと俺は、看護師の立つ診察室へ足を踏み入れた。
診察室の中は、白い蛍光灯の光に満ちている。
机の奥には白衣姿の医者が座っていた。
30代くらいだろうか。
細いフレームの眼鏡をかけた、真面目そうな男だった。
「今回はどうされましたか?」
医者はイスに座ったまま、落ち着いた声で尋ねる。
俺は医者と向かい合う形でイスに座った。
その隣に、お母さんも腰を下ろす。
「先生、この子。私の息子が同級生に顔を殴られたんです」
お母さんが迷いなく口を開いた。
「そこで被害届を出そうと思っているのですが、そのための診断書をいただけませんか?」
医者の眉がピクリと動いた。
「暴力……? 顔面を殴られた?」
さっきまで穏やかだった目つきが、一瞬で鋭くなる。
診察室の空気が、ぴんと張り詰めた。
「ちょっといいですか? 顔の辺りを見せてもらっても」
「は、はい。どうぞ」
医者はイスを少し前に寄せ、俺の顔をじっと観察する。
指先で鼻の周りや頬を軽く触れた。
「痛っ」
思わず小さく声が漏れた。
「あ、ごめん」
医者は軽く謝りながら、真剣な表情で頷く。
「完全に殴られた痕がありますね。症状としては重い打撲です」
そして俺の目をまっすぐ見た。
「他に、精神的なショックはありますか?」
俺は一瞬、言葉に詰まる。
でも――。
ここで曖昧にするわけにはいかない。
「……顔面を殴られて、恐怖を覚えました」
ゆっくりと言葉を選びながら答える。
「殴った相手は今でも怖いですし……時々、殴られた時のことを思い出してしまいます。その度にゾワッとします」
医者は静かに頷いた。
「そうなんですね。分かりました」
そして机に手を置き、力強く言った。
「被害届のための診断書を書きましょう」
「先生、ありがとうございます」
お母さんが深く頭を下げる。
俺もそれに倣った。
「当然のことです」
医者は少し身を乗り出した。
「暴力は犯罪です。学生であろうと、誰であろうと許されるものではありません」
その声には、はっきりと怒りが込められていた。
「実は僕も学生時代に何度か暴力を受けたことがあるんです」
医者は苦笑いを浮かべる。
「だからこういう事例は……本当に許せないんですよ」
そして強く言った。
「ぜひ診断書を書かせてください」
「ありがとうございます」
お母さんは再び小さく頭を下げた。
「診断書を提出して、被害届も出して、警察に捜査してもらって……」
医者はキーボードを叩きながら続ける。
「殴った相手には、痛い目に遭って貰いましょう」
カタカタカタ。
診断内容の入力が終わる。
医者はイスから立ち上がった。
「今から診断書を作成します。準備お願いします」
「はい」
看護師がすぐに動き出す。
張り詰めていた診察室の空気が、少しだけ緩んだ。
俺は隣のお母さんを見る。
お母さんも俺を見ていた。
そして――。
お互い、同時に小さく笑った。
物事は順調に進んでいる。
まずは――第一関門突破だ。
あいつ。
青井を社会的に潰すための、最初の一歩。
確実に前に進んでいた。
そして俺は思った。
(待ってろよ、青井)
これは――まだ始まりにすぎない。




