第24話 殴られたことを母に話したら「まず救急、その次は被害届ね」と言われた
(赤岩陽太視点)
「ただいま〜」
午後7時。
玄関のドアが開いた。
帰ってきたのは――スーツ姿のお母さんだ。
いかにも仕事帰りのキャリアウーマンという雰囲気で、少しだけ疲れた声をしている。
その声を聞いた瞬間。
俺と美月は、同時に立ち上がった。
お母さんだ!
そして――玄関へ向かう。
「あら、美月ちゃん? どうしてこんな時間に家に?」
玄関に出てきたお母さんは、俺の隣に立つ美月を見て首を傾げた。
「お母さん、帰ってきたばかりで悪いんだけど……伝えたいことがあるの」
「おばさん。すごく大事な話なんです」
俺と美月は、真剣な顔でお母さんを見つめる。
その空気を感じ取ったのか。
「どうしたの? 二人揃って。何か変よ」
お母さんはそう言いながら、玄関でハイヒールを脱ぎ始めた。
カツン、とヒールの音が床に響く。
俺は小さく息を吸う。
そして――言った。
「お母さん。俺、昨日……同級生に殴られたんだ」
「……は?」
お母さんの動きが、ぴたりと止まった。
まだハイヒールを脱ぐ途中だった。
玄関に、数秒の沈黙が落ちる。
ゆっくりと、お母さんの視線が俺に向いた。
「陽太。それ、どういうこと?」
「昨日さ……同級生の悪行をバラしたらさ」
俺は自分の顔を指差す。
「ブチギレて、怒りに任せて顔を殴られた」
「ほら。まだ鼻とか赤いでしょ?」
昨日のことを思い出しながら説明する。
すると――。
「そうなんです」
すぐ横で、美月が口を開いた。
「陽太君は何も悪いことしてないのに、その人が自分の悪行をバラされた腹いせに暴力を奮ったんです」
美月の声は、怒りを必死に抑えているように震えていた。
「だから私、陽太君に言ったんです。暴力は犯罪だから、被害届を出すべきだって」
「それで……お母さんに相談しようと思って」
俺がそう言うと。
「……そう」
お母さんは、淡白に答えた。
そして――。
もう一度、しゃがんだ。
脱いだはずのハイヒールを。
――履き直し始めた。
「……何してるの?」
俺は思わず聞いた。
正直、意味が分からなかった。
すると――。
カツン。
ハイヒールを履き終えたお母さんが、ゆっくり顔を上げた。
その目は――
めちゃくちゃ怖かった。
「何って」
低い声。
「まず病院よ」
一歩踏み出す。
カツン。
「救急で診てもらって、診断書をもらう」
カツン。
ヒールの音が、玄関に鋭く響く。
「それから――被害届」
お母さんの目が、ギラリと光った。
そして、はっきりと言った。
「私の可愛い息子の顔を殴って傷つけた奴を――」
一拍。
「社会的に潰して、地獄に叩き落としてあげるわ」
玄関の空気が、一瞬で凍った。
「「……」」
俺と美月は、無言で顔を見合わせる。
数秒後。
「どうしたの?」
お母さんはもうドアノブに手をかけていた。
ガチャッ。
勢いよくドアが開く。
「早く行くわよ」
その背中は――完全に戦闘モードだった。
俺と美月は、もう一度顔を見合わせる。
そして。
ぷっ。
同時に笑った。
「うん!」
「はい!」
俺たちは元気よく返事をする。
玄関に並んだスニーカーに、急いで足を通す。
「準備はいい?」
お母さんが振り返る。
「行くわよ!」
その声に背中を押されるように――
お母さんを先頭に、俺と美月は夜の外へ飛び出した。
――まずは病院。
そして。
あいつを終わらせる、その一歩を踏み出す。




