第22話 1キロ走っただけで倒れた俺、幼馴染にひざまくらで介抱される
(赤岩陽太視点)
「はぁ…ぜぇ…はぁ…」
肺が焼けるみたいに熱い。胸が激しく上下し、息がまったく整わない。
「もぅ! バテすぎだよ」
隣で美月が呆れた声を出した。
俺と美月は、ようやく自宅に到着した。
俺はフラフラになりながら、1キロ先からここまで走ってきた。
足は鉛みたいに重い。視界もわずかに揺れている。
一方で――。
美月はピンピンしていた。
息もほとんど乱れていない。
軽くストレッチを終えたばかり、みたいな余裕の顔をしている。
体力差がひどすぎる。
「あれ。鍵が閉まってる」
美月がドアノブを捻る。
しかし――。
ガチャガチャと音が鳴るだけで、ドアは開かなかった。
「ああ。多分、はぁ……ここにある……と思う」
俺は荒い息のまま、玄関横のポストに手を突っ込む。
中をゴソゴソと探る。
すると――。
指先に、冷たい金属の感触が触れた。
「あった……」
それをポストから取り出す。
予想通り、自宅の鍵だった。
「はぁ……はぁ……」
震える手で鍵をドアに差し込み、ゆっくり回す。
ガチャ。
ようやく鍵が開いた。
俺と美月は、そのまま自宅に入る。
「疲れたぁ〜〜」
俺は靴を履いたまま、その場で玄関に倒れ込んだ。
床のひんやりした冷たさが気持ちいい。
「もぅ。まだ初日だよ?」
美月は呆れた顔でそう言いながら、スニーカーを脱いだ。
「はぁ〜……まじでやばかった。1キロってこんなにしんどいんだな」
俺は玄関に寝転がったまま動けない。
全身の力が抜けて、なかなか立ち上がれそうにない。
すると――。
「そんな頑張った陽太君に、ご褒美だよ!」
美月がにこっと笑った。
次の瞬間、玄関にも関わらず正座する。
そして俺の頭をそっと持ち上げた。
「え?」
そのまま――。
俺の頭は、美月の太ももの上に乗せられた。
「ふわっ!?」
柔らかくて温かい感触が、後頭部に広がる。
俺は驚いて顔を上げた。
美月と目が合う。
「えへへ〜。私のひざまくらだよ〜〜」
美月は嬉しそうに破顔した。
上から見下ろすその顔は、どこか色っぽくて。
そして、眩しいくらいの笑顔だった。
「い、いいの?」
俺は戸惑いながら尋ねる。
「もちろん! 陽太君なら大歓迎だよ〜。それとも嫌だったりする?」
美月は少し意地悪そうな、魅惑的な笑みを浮かべる。
「い、いや。全然いやじゃない。全然だから!」
俺は慌てて首を左右に振った。
美月はクスッと笑う。
そして――。
優しく俺の髪を撫で始めた。
柔らかい太もも。
ほんのり伝わる体温。
指が髪を撫でる、くすぐったいような感触。
まるで、全身の疲れがゆっくり溶けていくみたいだった。
俺はしばらくの間――。
美月の、男をダメにするひざまくらを堪能した。
さっきまで荒れていた呼吸も、少しずつ落ち着いていく。
「はぁ……生き返る……」
俺は天井を見つめながら、小さく呟いた。
後頭部には、ふんわりとした柔らかい感触。
そして――。
どこからか、ほんのりとシャンプーの匂いが漂ってくる。
……なんというか。
落ち着く。
「でしょ〜?」
美月は楽しそうに笑いながら、俺の前髪を指で整えた。
「陽太君、顔真っ赤だよ」
「え!? う、嘘だろ!?」
俺は慌てて顔を手で覆う。
すると美月はクスクス笑った。
「うそだよ」
「おい!」
俺は思わず抗議する。
だが、美月は楽しそうに肩を揺らしていた。
「でも本当に頑張ったね。いきなり1キロ走るの大変だったでしょ?」
「大変どころじゃない……」
俺は力なく答える。
「途中で3回くらい死ぬかと思った」
「大袈裟だよ」
「いや本当だから!」
俺がそう言うと、美月はまた笑った。
そして――。
ぽんぽん。
優しく俺の頭を撫でる。
頭を撫でられることで不思議と落ち着く。両目を瞑る。
「でもさ」
美月の声が、少しだけ真面目になる。
「こうやって毎日走れば、絶対体力つくし、強くなるよ」
「……そうかな」
「うん。私が保証するよ」
美月はニコッと破顔した。
たしかに――。
今日の1キロは地獄だった。
でも。
もしこれが楽に走れるようになったら。
ちょっとカッコいいかもしれない。
それに、美月の言う通り強くもなれるだろう。
「……じゃあ」
俺は小さく呟く。やる気が湧いてくる。
「明日も走るか」
「おっ!」
美月の顔がパッと明るくなる。
「いいね! その調子!」
そして美月は、また俺の頭を優しく撫でた。
「陽太君、頑張ろうね」
その声は、どこか嬉しそうだった。
俺は天井を見上げながら思う。
……まあ。
こんなご褒美があるなら。
早朝ランニングも――。
悪くないかもしれない。




