第21話 ランニング初日
(赤岩陽太視点)
ピーンポーン。
次の日の早朝。
俺の家のドアホンの音が響いた。
「は〜い」
リビングから、お母さんの声が聞こえる。
どうやらドアホンの画面を確認したらしい。
「あら! 美月ちゃんじゃない! 陽太〜、美月ちゃんよ〜」
洗面所で顔を洗っていた俺に、お母さんの声が飛んできた。
「分かった〜! すぐ行く!」
俺は顔を濡らしたまま、大きな声で返事をする。
急いでタオルで顔をゴシゴシ拭く。
すでに着替えていたスポーツウェアと短パン姿のまま、俺は足早に玄関へ向かった。
玄関では――。
「美月ちゃん、こんな早くにどうしたの?」
「実は、昨日から陽太君と早朝に一緒に走ろうって約束してまして」
お母さんと美月が楽しそうに会話していた。
そして。
「お待たせ」
俺は玄関に到着し、二人に声をかける。
「あ、陽太君。おはよう〜」
美月がニコッと笑った。
――反則だろ、それ。
100点満点どころじゃない。
朝の太陽よりまぶしい笑顔だった。
「うん。おはよう」
俺も軽く笑顔を返す。
「それじゃあ、行こっか」
美月が俺の家のドアを開ける。
外の朝日が、ぱっと玄関に差し込んだ。
「うん。お母さん、ちょっと走ってくるね」
俺はスニーカーに足を通しながら言う。
「分かった。いってらっしゃい」
お母さんがヒラヒラと手を振った。
「「いってきます」」
俺と美月は声を揃え、家を出た。
外に出ると、朝の空気がひんやりと肌に触れた。
まだ車の音もほとんどない。
静かな住宅街に、俺と美月の足音だけが響いていた。
「さあさあ。ランニング初日だね」
美月がご機嫌そうに言う。
「うん。気合いは入ってるよ」
俺は右拳をぎゅっと握った。
……まあ、気合いだけだけど。
「それじゃあ、初日は1キロくらい走ってみる?」
「それはいいけど。どうやって測るの?」
「大丈夫大丈夫。そのためにスマートウォッチ持ってきたから」
美月は右手首を見せる。
そこには黒い腕時計が装着されていた。
「これで走った距離を測れるから大丈夫だよ」
「なるほど。準備いいな」
さすが美月。
こういうところ、妙にしっかりしてる。
「じゃあ、行こうか」
俺は軽くアキレス腱を伸ばす。
足首を回し、身体をほぐす。
「うん。じゃあ――よーい、スタート」
その合図で。
俺と美月は同時に走り出した。
並んで走る。
朝の住宅街を、二人で軽く駆けていく。
走り始めて数分。
「いま300メートルだね。まだ余裕そう?」
隣を走る美月が聞いてきた。
「うん。まだ大丈夫そう。これなら1キロも余裕かも」
俺は少し息を乱しながら答える。うん。まだ全然いける。
「そうなればいいけどね。まだ分からないよ?」
美月は意味深に笑った。
……?
いや、その言い方。
なんか嫌な予感しかしないんだけど。
だが俺は、それ以上は聞かなかった。
そして。
さらに時間が経つ。
「今900メートル。あと100メートル」
美月がスマートウォッチを見ながら言う。
「はぁ……はぁ……やばい……もう……無理……はぁ……ぜぇ……」
俺はフラフラになりながら言葉を絞り出した。
ちょっと待て。
まだ900メートルだろ?
なんで俺、人生のラストスパートみたいな呼吸してるんだ。
「ほら、言ったじゃん。あと100メートルだから頑張りなよ!」
バンッ!
美月が俺の背中を叩く。
「ぐぇ……」
その瞬間、身体がぐらっとよろけた。
吐きそう。
マジで吐きそう。
「さっ。先に私、行くからね」
美月は軽い足取りで前に出る。
……え?
嘘だろ。
「ちょ……はぁ……ぜぇ……待ってくれよ……美月……」
俺は必死に手を伸ばす。
だが――。
美月は振り返らない。
そのまま軽やかに前へ進み続ける。
どんどん距離が開いていく。
いや速っ。
こいつ、なんでそんな普通に走ってるんだよ。
「はぁ……はぁ……はぁ……ぜぇ……」
結局、俺は――
ほとんど歩きに近いスピードで、最後の100メートルをなんとか走り切ったのだった。




