第20話 殴られた日、俺は強くなると決めた
(赤岩陽太視点)
――殴られた。
しかも、クラス全員の前で。
1時間目終了後の休み時間。
俺は保健室のイスに座っていた。
さっきまで流れていた鼻血は止まったものの、鼻の奥がズキズキと痛む。鏡で見なくても分かる。目の周りも鼻も、きっと赤く腫れているはずだ。
青井の拳は――思った以上に重かった。
……情けない。
そう思いながら、俺は視線を床に落とした。
ガラッ。
「陽太君! 大丈夫!!」
保健室のドアが勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、幼馴染の美月だった。
白のロングヘアを揺らしながら、一直線に俺のところへ駆け寄ってくる。
「ああ。なんとか」
俺は無理やり口角を上げ、作り笑いを浮かべた。
本当は――めちゃくちゃ痛い。
顔も鼻も、触れるだけでジンと痺れる。
「鼻血も止まってるし、特に出血もないわ。とりあえず安静って感じね」
黒髪ロングヘアの美人な保健室の先生が、白衣のポケットに手を入れながら落ち着いた声で言った。
その言葉を聞いた美月が、ほっとしたように肩の力を抜く。
「そうですか……」
小さく息を吐いた。
「ちょっと私はこれから職員室に用事があるから、少し留守にするわね。大丈夫?」
保健室の先生が、入り口を指す。
「はい」
「大丈夫です」
俺と美月は同時に頷く。
「じゃあ、すぐ戻るわ」
先生はそのまま保健室を出ていった。
扉が閉まる。
――静かになった。
保健室には、俺と美月の2人だけ。
その沈黙を破るように、美月の声が低くなる。
「それにしても――」
「陽太君を殴った青井って奴、許せない!」
ドンッ。
怒りをぶつけるように床を踏みつけた。
「自分の悪行がバレただけなのに、まさか陽太君に当たるなんて。本当に最低!!」
その顔は、今まで見たことがないくらい不機嫌だった。
「……美月」
俺は静かに名前を呼ぶ。
「美月。今回のことで俺、分かったんだ」
「分かったって。何が?」
美月が真っ直ぐ俺を見る。
でも――その視線を受け止められなかった。
「なんていうかさ……」
喉が詰まる。
「青井に彼女を寝取られたのも、元カノに別れを切り出されたのも、クラスメイト達に笑いものにされたのも……」
拳をぎゅっと握る。
「今日、顔を殴られたのも」
声が震える。
「全部、俺が弱いからなのかなって」
俯いたまま言った。
自分の弱さを口にしているんだ。
目なんて合わせられない。
「そんなことないよ!」
美月が即座に否定する。
「悪いのは寝取った奴も、笑った奴も、暴力を振るった奴も全部そいつらだよ! 陽太君に非なんてない!!」
「下手なフォローはいいよ」
俺は小さく首を振った。
「俺、このままでいいのかなって思ってさ」
胸の奥から言葉が溢れる。
「このまま弱いままだと、大学に行っても、社会に出ても……同じ扱いを受けるのかなって」
床を見つめたまま呟いた。
沈黙。
美月も言葉を失う。
そして。
「俺、今までみたいな扱いを、これからも受けるのは嫌だ」
ゆっくり顔を上げる。
「だから――」
真っ直ぐ、美月を見る。
「俺、強くなるよ」
言葉に力を込めた。
「青井に負けない男になる」
数秒。
無言で見つめ合う。
そして。
「はぁぁ〜〜」
美月が大きく息を吐いた。
「陽太君」
「これからどうするか、計画してるの?」
「そ、それは……えっと」
視線が右へ左へ泳ぐ。
――何も考えてない。
1ミリも。
完全に勢いだった。
それを察したのか、美月が大きく溜め息を吐く。
「ま・ず・!!」
俺の二の腕をぎゅっと摘んだ。
「いてっ」
「筋肉ふにゃふにゃ」
ぐにぐに触る。
「頼りない」
「さ・ら・に——」
今度は腹を摘まむ。
「ちょっ!?」
「脂肪ついてる。お腹でかけ」
ぷに。
「だらしない! 」
美月は手を離し、ビシッと指を立てた。
「明日からランニングと筋トレだね!」
急に指を差されてドキッとする。
「私も付き合うよ!」
ニコッと笑う。
「打倒、青井だね!!」
その笑顔を見て。
胸の奥が、少し軽くなった。
「うん。ありがとう」
「大丈夫!」
美月は力強く頷く。
「陽太君なら絶対できる!!」
その言葉に背中を押される。
「うん!」
俺はイスから立ち上がった。
「今後の未来のためにも、絶対に強くなる!」
拳を握る。
「その意気だよ! 陽太君!!」
美月が笑う。
――この時の俺は、まだ知らなかった。
この決意が。
俺の学校生活を、本当に大きく変えることになるなんて。




