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第13話 幼馴染からの提案

(赤岩陽太視点)


 5時間目の終了チャイムが鳴った瞬間、俺は誰よりも早く席を立った。


 イスがガタンと音を立てる。教科書もノートも机に置いたまま、クラスメイトたちと視線を合わせないよう俯き、教室の後ろ扉へ向かう。


 ――青井に、絡まれたくない。


 ただそれだけだった。


 昼休みのように胸ぐらを掴まれたり、恫喝されたりするのはもう御免だ。


 扉に手を掛けた瞬間、背後から大きな声が飛ぶ。


「おい、赤岩――」


 聞こえないふりをして廊下へ出る。


 背後で、チッ、と舌打ちが響いた。悔しさを噛み潰すような音。振り返らなくても分かる。青井は俺が逃げたことに苛立っている。


 でもいい。絡まれるよりはマシだ。


 俺は廊下を走った。上履きが床を叩く音がやけに大きく響く。追われているわけでもないのに、胸のざわつきが止まらない。まるで教室にいる青井の存在が、今も背中に張りついているようだった。


 曲がり角を勢いよく曲がった瞬間――


「陽太君?」


 聞き馴染めのある声に反応し、俺は急ブレーキをかけた。


 目の前に立っていたのは、幼馴染の美月だった。背中まで伸びた白い髪がふわりと揺れている。


 俺は息を乱しながら立ち尽くした。


「どうしたの? 廊下なんか走って」


 真っ直ぐな瞳が俺を見つめる。


「……別に」


 俺は視線を逸らし、素っ気なく答える。


「別に、って顔してないよ」


 美月は鋭い。俺のことなどお見通しのようだ。


 逃げ場がない。俺は観念して視線を向けた。


「青井に、絡まれそうでさ。それで、逃げてきた」


 口にした途端、情けなさが胸に広がる。改めて自分が弱者だと思い知らされる。強くなれたら、どれほど楽だろうか。無いものねだりだと分かっていても、そう思ってしまう。


 一瞬、美月の眉がぴくりと動いた。


「……ちっ。あのクソ野郎……」


 小さく舌打ちし、低い声で呟く。明らかに、美月の纏う空気が変わった。美月が赤いオーラを全身に纏っているように錯覚すらしてしまう。


 しかし、すぐにそのオーラが消える。


 だが次の瞬間、ふっと表情を緩め、優しい笑顔を向ける。


「そっか。大変だったね」


 その声に、胸の奥が少しだけ軽くなる。自分を責める気持ちが和らぐ。美月の笑顔と声が、固まっていた心をほぐしていく。


「ちょっと一緒に歩こっか」


 そう言って、美月は俺の横に並んだ。


「う、うん」


 意図は分からないまま、俺も歩き出す。


 ゆっくりと廊下を進むうちに、さっきまでの焦燥が少しずつ落ち着いていった。


「ねぇ陽太君。明日から2日間、休んじゃえば?」


 隣を歩く美月が、突拍子もない提案をする。


「は?」


 思わず足が止まりかける。


「今日から3日後の木曜日、昇降口に記事が掲載されるでしょ? それまで学校を休めばいいじゃん。自宅で待機していれば安全だよ」


「でも……それ、ズル休みじゃ」


 ズル休みという言葉に、どうしても抵抗がある。悪いことをしているような罪悪感が拭えない。


「ズルじゃない。逃げるための作戦。陽太君の身を守るために休むの」


 美月は俺の言い分を否定し、きっぱりと言い切る。


 それでも俺は視線を落とした。


 学校に嘘をついて休み、青井から逃げるために木曜日まで自宅で待機する。それは男として負けを認めるみたいで、情けなくて、自分の弱さを突きつけられる気がした。


「大丈夫。2日間だけの辛抱だから。ズル休みしちゃおうよ」


 美月は優しく微笑み、そのまま歩きながら俺の手を握った。


 柔らかくて、包み込むように温かい。美月の手の温もりが、俺に安心感を与えてくれる。まるで母親のように。


「……美月」


 思わず名前を呼ぶ。


「大丈夫。私がついてるから。もう原稿は完成してるし、私も陽太君と一緒に休むから。ねっ」


 安心させるような笑顔。


 その笑顔に、胸の奥で固まっていた何かがゆっくり溶けていく。


 俺は1区切りつけるように小さく息を吐いた。


「……わかった。美月の言う通り、2日間休むよ」


「うん。それでいい」


 美月に握られた手の温もりを感じながら、俺は決めた。


 逃げじゃない。これは作戦だ。


 美月に説得され、俺の明日からの2日間は休日になった。


 幼馴染の美月と過ごす、2日間のズル休み。


 予定は何もないが、2日間の安全だけは確保された。その事実を理解し、不思議と心は安堵感に包まれていた。まるで青井に対する恐怖から解放されたかのように。


 この結果、俺が青井にどれだけ縛られてるかも認識してしまうのだった。

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