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第六章 次の焦点

「……なるほど」

田所は椅子に深く腰掛けたまま、山岸の報告を聞き終えた。机の上には、聞き込みの要点が簡潔にまとめられている。

山岸は腕を組み、視線を向ける。

「どう思う?」

短い問いに、田所は間を置かずに答えた。

「妻の真理以外はアリバイ無し。動機も十分。現段階では全員怪しい。だがもっと怪しい人物がいるな」

山岸の眉がわずかに上がる。

「妻か?」

「いや。副社長の村井哲也だよ」

意外な名前に、夏野がわずかに顔を上げた。

山岸が問い返す。

「どうしてだ?」

田所は資料に軽く指を置く。

「臨時株主総会があるんだろ?」

「ああ」

「その結果どうなるか……。社長が死んだなら副社長が社長に昇格するのが普通だろ」

夏野が考えながら口を開く。

「社長になりたかった副社長が株主総会の前に社長を排除したって事ですか? 殺害の動機にまでなりますか?」

田所は視線を上げた。

「もし、社長の勝也が株主総会で副社長の哲也を排除しようとしていたとしたら?」

夏野はすぐに頷く。

「確かにそれなら動機になり得ますね」

山岸が補足する。

「社長の勝也が株式の過半数を持っていたから、勝也の判断で哲也を排除することは可能だしな」

田所は小さく頷いた。

「株主総会は十五時からだったか」

山岸は腕時計に目を落とす。

「よし。終わった頃にもう一度、村井運輸に行って村井哲也の話を聞いてくる」

そう言って立ち上がり、そのまま事務所を後にした。

扉が閉まる。

短い沈黙。

田所は視線を机の上に落としたまま言う。

「夏野君。各務を呼んでくれ」

「分かりました」

夏野はすぐに応じ、電話に手を伸ばした。


 十八時頃、村井運輸の応接室。

昼間の慌ただしさは幾分か落ち着いているが、社内にはまだ緊張が残っているようだった。

「お待たせしました」

村井哲也が入室する。

山岸と中島は立ち上がり、軽く会釈する。

「お忙しい時にお時間取らせてしまってすみません。しかし、殺人事件の捜査ですので」

「ええ、分かってます。何でも聞いて下さい」

哲也は向かいのソファに腰を下ろす。

中島が手帳を開いた。

「まず、アリバイを聞かせてください。昨日の夜から今日の朝まで、何処で何をしてましたか?」

哲也はすぐに答える。

「昨日は八時くらいに家に帰り、夕飯を食べて風呂に入り、零時くらいには寝ました。妻と子供が一緒でした」

家族が証人となる、比較的強いアリバイ。

山岸は頷きながら次に進む。

「今日の臨時株主総会はどの様なお話でしたか?」

哲也は少しだけ視線を落とす。

「元々は兄の勝也が言い出したことで、何の話をするかは聞いてませんでした。しかし、兄がこの様なことになってしまったので、次期社長を決める話し合いになりました」

「結果はどうなりました?」

「兄の持ってる株は兄の妻である真理さんに相続されることになるので、真理さんの意見で私が社長に、専務取締役の中野雄一が副社長に昇格することになりました」

山岸はその言葉を丁寧に書き留める。

「反対する方はいましたか?」

「いえ。順当な人事でしたし、決定権は兄嫁の真理さんに有りましたから、すんなり決まりました」

 “順当”。

その一言に、どこか違和感が残る。

中島が次の質問に移る。

「お兄さんを恨んでいたような方はいましたか?」

哲也は少し考え、答えた。

「今回、副社長への昇進が決まった中野雄一は、兄からいじめというか不当な扱いを受けてました」

「たとえば?」

「他の社員の前で罵倒されたり、小突かれたり、弁当を隠されたり、宴会や社員旅行の時なんかは裸踊りを強要されたり……」

中島が思わず呟く。

「酷いな……動機にはなりそうだ」

山岸がすぐに問いを重ねる。

「お話聞けますか?」

哲也は首を横に振る。

「先ほど神奈川の支社に出張に出ました。明日の夕方には帰ってきますので、その後なら」

山岸は頷く。

「分かりました。明日の夕方また伺いますので伝えておいて下さい」

「分かりました」

短い応答。

だが、情報は確実に増えている。

社長の死。

株主総会。

後継者の決定。

そして新たな名前――中野雄一。

山岸は立ち上がりながら、頭の中でそれらを並べ直した。

だが、まだ一つの線には繋がらない。

何かが足りない。

その感覚だけが、はっきりと残っていた。

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