第五章 外部の影
山岸と中島は、丸長食品の社屋を訪れていた。
建物は年季が入っているが、手入れは行き届いている。入口付近には出荷用のトラックが数台停まっており、社員たちが慌ただしく動いていた。
応接室に通され、ほどなくして社長の長谷川隆が姿を現す。
がっしりとした体格に、鋭い目つき。いかにも叩き上げといった雰囲気の男だった。
山岸は前置きを省き、単刀直入に切り出す。
「村井運輸の社長、村井勝也さんが亡くなりました」
長谷川は一瞬、動きを止めた。
そして、低く吐き捨てるように言う。
「あいつ……死んだのか」
その声音には、驚きよりも別の感情が滲んでいた。
山岸はその反応を見逃さない。
「あなたと村井さんの間に何があったんですか?」
長谷川は椅子に深く腰を下ろし、腕を組む。
「二ケ月ほど前だ。ウチの冷凍の魚介類の配送を頼んだんだが、向こうのミスで常温で配送しやがったんだ。積み荷は全部ダメになり急遽再送する羽目に。それなのにあいつは書類を偽造したり、社員に偽証させたりして非を一切認めなかったんだ。おかげで、こっちは数百万円の被害が出た上に会社の信用も失った。俺が殺してやりたかったよ」
怒りはまだ冷めていない。言葉の端々にそのまま表れている。
山岸はわずかに眉を動かす。
「それは自白ですか?」
長谷川は鼻で笑った。
「まさか。殺してやりたかったが殺しちゃいないよ」
中島がメモを取りながら口を開く。
「昨晩から今日にかけて、何処で何をしてましたか?」
「昨日は一人で飲んでたよ。」
「どこで?」
「思い出横丁の店だが初めて行く店だったし適当に入ったから店の名前は覚えてない」
「支払いは?」
「現金だったがレシートも捨てちまったよ」
中島はペンを止め、山岸と目を合わせる。
アリバイとしては弱い。
山岸は立ち上がる。
「分かりました。ありがとうございました。」
長谷川は何も言わず、ただ椅子に深く座り直した。
丸長食品を出た二人は、建物の外で足を止める。
中島が小声で言った。
「警部。どう思います?」
山岸はしばらく考え、視線を前に向けたまま答える。
「犯人ではなさそうだが、動機もあるしアリバイも無い。容疑者からは外せんな」
「そうですね」
中島は頷く。
山岸は歩き出す。
「次は佐久間不動産にいくぞ」
「はい」
佐久間不動産の応接室は、丸長食品とは対照的に整然としていた。壁には不動産の案内資料が並び、机の上も無駄なく整理されている。
やがて、社長の佐久間が入ってくる。
年齢は五十前後。落ち着いた物腰だが、目の奥には油断のない光があった。
山岸は同じく簡潔に切り出す。
「村井運輸の社長、村井勝也さんが亡くなりました」
佐久間は顔をしかめる。
「あの野郎……借金も返さずに死にやがったのか」
その言葉に、中島がすぐ反応する。
「借金があったんですか?」
佐久間はため息をつく。
「ああ。数年前に資金繰りが厳しく銀行からも借りられないからと泣きついてきたから個人的に三百万、貸してやったんだよ。それから一銭も返さずにのらりくらりと返済しなかった上に、ついこの前、ウチの社員をはした金で買収して借用書を盗ませて処分しやがったんだ。恩を仇で返しやがって……」
声は抑えられているが、怒りは明らかだった。
山岸は静かに言う。
「では、あなたは被害者を恨んでいたんですね」
佐久間は首を横に振る。
「恨んではいたが殺しはしないよ。殺したって三百万は返ってこないんだからな」
中島が続ける。
「昨晩から今朝にかけて、何処で何をしてました?」
「昨日は仕事が終わった後、家に帰って夕飯食べてTV見てから十一時ごろには寝たよ」
「ご家族は?」
「妻とはその三百万の件で揉めて別居中だ。昨日は一人だったよ」
中島はメモを取り終え、顔を上げる。
こちらもアリバイは無い。
山岸は立ち上がった。
「そうですか……お時間取って頂き、ありがとうございました。」
佐久間は軽く頷くだけだった。
建物を出て、二人はしばらく無言で歩いた。
やがて中島が口を開く。
「こっちも動機があってアリバイが無いですね」
「そうだな」
山岸は短く答える。
「三百万円と妻との不仲……動機としては十分だな」
中島は少し迷うように言う。
「二人のうちのどちらかが犯人でしょうか……?」
山岸は首を横に振った。
「まだ、何とも言えん」
足を止める。
「中島。俺は寄るところがあるから一人で署に戻っててくれ」
「分かりました」
中島は敬礼し、そのまま駅の方へ向かう。
山岸は一人、別の方向へ歩き出した。
向かう先は決まっている。
新宿三丁目――田所探偵事務所。
外部の人間は揃った。
だが、どれも決定打にはならない。
だからこそ、あの男の意見を聞く必要がある。




