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第二章 調査開始

「失礼します」

扉が開き、棚田が入ってきた。続いて平井、各務もそれぞれ定位置に着く。簡素な事務所に、わずかな緊張感が満ちる。

田所は椅子に腰掛けたまま三人を見渡した。

「よし、全員揃ったな。それじゃ依頼内容を伝える」

短く区切り、視線を一人ひとりに配る。

「今回は行方調査だ。対象は村井勝也、四十五歳。村井運輸の社長。依頼主は妻の村井真理さんだ」

三人は黙って頷く。

「行動範囲は職場と自宅以外は行きつけのバーくらいらしい。あとは愛人、広瀬陽菜の所だ」

その言葉に、わずかに空気が動く。だが誰も口には出さない。

「職場には知られたくないらしい。平井はバーで聞き込み。棚田は愛人の行動を追え。各務は会社周辺を外から調べられる範囲で調査しろ」

三人はほぼ同時に頷いた。

「了解しました」

短く応じ、それぞれが立ち上がる。無駄な言葉は無い。三人はそのまま事務所を後にし、散るようにして調査へ向かった。

扉が閉まり、再び静寂が戻る。

 ややあって、夏野が立ち上がり、コーヒーを淹れ始めた。ポットの湯気がゆっくりと立ち上り、事務所の空気に溶けていく。

カップを二つ持って戻り、一つを田所の前に置く。

「今回の依頼、どう思います?」

田所はカップを手に取り、しばらくそのまま口をつけずにいた。

「早すぎるな。いい年の大人の男が一日帰ってこなかったくらいで捜索依頼を出しに行くか?」

夏野は少し考え、視線を落とす。

「確かに……でも奥さんには何か感じるものがあったのかも。虫の知らせ的な……」

「そうかも知れんな」

田所は一口コーヒーを飲む。甘さが舌に広がる。

「だが、今回の件、ただの行方調査では終わらない気がする」

静かな口調だった。

夏野が顔を上げる。

「直感ですか?」

「そうだ」

それだけ言って、田所はカップを置いた。

その言葉には、根拠のない軽さはなかった。


 二日後。

再び、臨時調査員が田所探偵事務所に集まっていた。

それぞれが席に着き、報告の空気が整う。

最初に口を開いたのは棚田だった。

「愛人のところへは一度も現れていませんし、連絡も無いようです」

続いて平井が報告する。

「バーの従業員や常連客に聞いても、ここ数日は見ていないという証言くらいで、行方の手掛かりは有りません」

各務が資料に目を落としながら口を開く。

「取引先等も不審な点は無いですし、個人的な金の動きも見当たりません」

田所は軽く頷いた。

「そうか」

短い相槌。それ以上は言わない。

各務が続ける。

「調べた内容ですが、村井運輸は非上場の同族経営の運送会社で、主に食品の運送をしています。通常の倉庫と冷蔵の倉庫と冷凍の倉庫の三つの倉庫を持っています」

そこで一度、言葉を切る。

「副社長は対象の実弟で村井哲也、四十三歳。明日、臨時の株主総会があるようです」

その一言に、わずかに空気が変わる。

田所の視線が上がる。

「総会の議題は分かるか?」

「まだ、そこまでは……」

「そうか」

田所は小さく頷いた。

「分かった。皆、引き続き調査してくれ」

三人は揃って応じる。

「了解しました」

報告はそれで終わりだった。だが、得られた情報が少ないわけではない。

むしろ――

動きが無さすぎる。

それが、逆に不自然だった。

 調査員たちが退出し、再び事務所に静けさが戻る。

田所は椅子に体を預け、天井を見上げた。

行方不明。

手掛かりなし。

金の動きもなし。

愛人とも接触なし。

そして――臨時株主総会。

断片は揃い始めている。

だが、まだ繋がらない。

田所は目を閉じた。

「……妙だな」

誰に聞かせるでもなく、呟く。

夏野は何も言わなかった。ただ、その言葉の意味を考えていた。

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