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第十二章 崩壊

 村井真理は、田所に呼ばれ田所探偵事務所を訪れていた。

扉を開けた瞬間から、どこか張り詰めた空気が漂っている。だが真理の表情は崩れない。黒のスーツに身を包み、姿勢も視線も整っている。

いつも通りの、隙のない顔。

「依頼の件という事ですがどの様なことでしょう? 夫は既に遺体で発見されて、もう依頼は終わってると思いますが?」

静かな口調だった。

田所は椅子に座ったまま、軽く手を上げる。

「まぁまぁ。貴女の為になる話ですから先ずは話を聞いて下さい」

その言い方に、わずかな違和感が混じる。

田所は立ち上がり、ノートPCを持ってくると、机の上で向きを変え、真理の方へ画面を向けた。

「先ずはこれを見てください」

再生された映像には、夜の倉庫街が映っている。

 人気のない通路。街灯の白い光。その中で、一台の車と、トランクから何かを引きずり出す人物の影。

真理は一瞬だけ目を細めた。

「お宅の倉庫の隣にある倉庫の防犯カメラの映像です」

田所は淡々と説明する。

真理はすぐに言い返した。

「この、車のトランクから遺体を出して引きずっている女性が私だと?」

田所がわずかに首を傾げる。

「そうなんですか?」

その返しに、真理の表情が一瞬だけ止まる。

「この画像じゃ、これが私だというのは無理があると思いますけど」

落ち着きを取り戻し、そう言った。

田所は小さく頷く。

「確かに。でもこちらの画像なら?」

画面を切り替える。

別の映像。今度は明るい場所。ビルの入口に設置されたカメラ。

「これは向かいのオフィスビルの入口にある防犯カメラの映像です」

そこには、車を停めて降りてくる真理の姿がはっきりと映っていた。

ただし、トランク側はフレームの外だ。

真理はすぐに応じる。

「これは確かに私ですが、自分の会社の倉庫の前に車を止めただけです」

田所はその言葉を受けて、ゆっくりと口を開いた。

「まだお気づきになられてないようですね。タイムスタンプとカメラの位置関係から言って、貴女が車を倉庫の前に止めてトランクから遺体を運び出している証拠になります。それに誰もトランクから運び出しているのが“遺体”だとは言ってないにも関わらず、貴女は“遺体”だと断定しました」

空気が変わる。

「……!」

真理の呼吸がわずかに乱れる。

だが、すぐに反論する。

「トランクから人型の物を出して引きずっているのだから遺体だと思うのが普通でしょう?」

田所は首を横に振る。

「それはトランクに遺体を乗せて運んだことのある人の発想ですよ。マネキンかもしれないし大きな人形かも知れないし」

言葉は穏やかだが、逃げ道を一つずつ潰していく。

「そんなの、こじつけじゃないですか!?」

真理の声がわずかに強くなる。

だが田所は気にしない。

「まあ、それは良いですよ。冷蔵倉庫の温度変化のログから遺体を入れたと思われる時間を特定し、その時間の倉庫周辺のカメラの映像を警察で徹底的に検証した結果、この映像が見つかりました」

論点を戻す。

逃げ道を塞ぐ。

真理は歯を食いしばるように言う。

「これだけじゃ、この運んでいる者が夫かどうかも分からないし、私が殺した証拠にはなりませんよ」

田所は静かに続ける。

「この映像から逆算したんですよ。車が来た方向のカメラを検証、ガソリンスタンドのカメラ、銀行のATMのカメラ、コンビニのカメラ、自治体の設置している街灯のカメラ、マンションの入り口のカメラ、そして、貴女の家の隣りの家の車庫前のカメラ……」

淡々と、しかし確実に積み上げる。

「辿っていった結果、あの遺体は貴女の家から貴女が運び出したものだという事が分かりました。まぁ車に乗せるところは映っていませんが、警察の鑑識が車のトランクを調べれば何か証拠が出るでしょう」

真理は黙る。

初めて、言葉が止まった。

田所はさらに続ける。

「同じように、遺体発見の日の深夜二時過ぎからの防犯カメラの映像から、貴女が倉庫から遺体を運び出して公園に輸送するまでの映像が繋がりました。実際に公園に遺棄するところはカメラの死角で映ってませんでしたが」

真理は最後の抵抗を試みる。

「それじゃあ、まだ証拠不十分ですね」

だが、その声には先ほどまでの強さはない。

田所はICレコーダーを出すと、各務が入手した真理と哲也の密談の音声を聞かせる。

「こ、これは……!?」

「この内容を聞く限り、勝也さんが亡くなった時点では弟の哲也さんは自分がクビにされることを知らなかった。すなわち哲也さんにはお兄さんを殺す動機が無かったんです」

田所は一拍空けて続ける。

「防犯カメラの映像を消せるのは勝也さん、哲也さんの他は貴女だけだそうですね。勝也さんは亡くなっている。哲也さんには動機がない。という事は貴女しかいないんですよ」

「だからって……」

真理は苦し紛れに反論するが田所は動じない。

「貴女が遺体を運び入れるところが映っていたから、貴女が消した。それ以外に考えられないんです」

田所は静かに言った。

「これだけ揃えば状況証拠としては十分で、警察はこの証拠を基に、貴女の家、会社、倉庫、車等の家宅捜索の令状を取っています。警察が捜索すれば何かしらの物証を得られるでしょう」

 そして、決定的な一言を置く。

「貴女が今ここで罪を認め、全ての証拠を差し出せば会社は守られるでしょう。ですが貴女が罪を認めなければ一斉に家宅捜索され、会社の信用は失われ、会社は潰れて哲也さんをはじめ社員たちは路頭に迷う事になるでしょう」

言葉は静かだ。

だが、その重みは逃げ場を完全に塞ぐ。

「貴女が哲也さんや社員たちの今後の人生を握ってるんです。どうしますか?」

沈黙。

長く、重い沈黙。

やがて――

「……分かりました……認めます。私が夫を殺して遺棄しました……」

その言葉は、ほとんど崩れ落ちるように吐き出された。

田所はわずかに視線を横に向ける。

「聞こえたか?」

机の上のスマートフォンから声が返る。

『ああ、聞こえたぞ。今行く』

スピーカーフォンの向こうで、山岸の声がはっきりと響く。

次の瞬間。

事務所の扉が勢いよく開いた。

山岸と中島が駆け込んでくる。

山岸は真理の前に立ち、はっきりと告げた。

「村井真理さん。村井勝也さんの殺害及び遺体遺棄の疑いで逮捕します」

その言葉は、静かに、しかし確実にすべてを終わらせた。

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